1.
田中くんは変わっている。
「ねぇ、佐藤さん。今日も一緒に帰らない?」
輝かんばかりの笑顔で私に話しかけてくるのは、学校一――いや、下手したら県内一の美少年、田中くんだ。
「やだよ。田中くんと一緒に帰ったら、ずるずる他の子たちも付いてくるじゃん」
まるでレトロゲームの主人公のように、田中くんの横や後ろから彼目当ての女の子たちが付いてくるのだ。煩いし、鬱陶しいし、恥ずかしいことこの上ない。
「佐藤さんが冷たい……」
しょんぼりと項垂れるだけで、映画のワンシーンのように絵になる田中くんに、クラスの他の女子の視線が私に突き刺さる。美形は何やっても得なんだと痛感する。
「誤解を招くような言い方やめてよ。田中くんと一緒に帰りたい子なら山ほどいるでしょ。その子たちと帰ればいいじゃん」
「俺は佐藤さんと帰りたいんだよ!」
どこからその熱意が来るのか、力説する田中くんにクラスがざわめく。もう本当に勘弁して欲しい。
「……じゃあ、勝手にすれば」
妥協案を示すと、田中くんがパッと顔を上げる。その表情には嬉しさが満ち溢れていた。ちなみに、一緒に帰るつもりはないけど、付いてきたければ付いてきてもいいよという、どっちつかずな意味である。
「うん、そうする! じゃあ、放課後待っててね」
「用事あるから待てない」
「え。そ、それじゃあ、すぐに来るから」
用事なんてまったくない。今日の予定はどこにも寄り道せず、まっすぐ家に帰るだけだ。そして家に帰ったら、夕飯時まで昼寝するのだ。
とにかく授業が終わったら、速攻で帰宅しようと画策していると、田中くんが輝く笑顔で私に言った。
「それじゃあ、俺教室に帰るね。直ぐに迎えに来るからね」
「へいへい」
教室を出て行く際に田中くんがさり気なく手を振った。それが余計に、クラスの女子たちを刺激するなどと知らずに。きっと彼は、自分が去った後の私の気持ちなど知りはしないのだ。
「沙羽、ガンバ!」
後ろの席から私を無責任に応援してくるのは、友人の由里子である。彼女は田中くんが来ている間、まるで自分は部外者ですと言わんばかりに、読んでもいない教科書で顔を隠していた。なんて薄情な友人だ。
妙な緊張感のある教室内で、私がつらつらと考え込んでいると、凛とした声が響いた。
「佐藤さん、ちょっといい?」
よくないです、と言いかけて飲み込んだ。恐る恐る振り返ると、そこに居たのはクラスメイトの伊集院さんだった。彼女も田中くんに負けず劣らずの美形である。そして田中くんに負けないほど生徒たち――主に男子――に人気が有ることでも有名だ。
「えっと……なに、かな」
内心ビクつきながら答えると、伊集院は同性でも見惚れるほどの美しい微笑みをその顔に浮かべた。
「最近ずっと気になっていたんだけど、佐藤さんって田中くんと付き合っているの?」
教室内に激震が走った。伊集院さんのあまりにもの豪速球に、私まで唖然とする。
だけどふと思い出すことがあり、私は急に冷静になった。
「いや、違うけど」
田中くんと付き合う? ないね。絶対にありえないよ。
「そうなの? だけど凄く仲がいいように見えるけど」
納得していないという顔をする伊集院さんに、私は小さなうめき声を上げた。事実、私と田中くんは付き合っていないのだけど、彼のあの意味ありげな態度のせいで、私と彼は凄く誤解されているのだ。
「あー……そんなことないと思うけど。ほら、田中くんって誰にでもあんな感じじゃん」
知らないけど、多分そんな気がする。こうなるまでは、彼を何度か目にしたことがあるけれど、遠目に見た彼はいつも誰かに囲まれて、仲よさげに女の子たちと話していた気がする。だから私だけが特別なのではないと、伊集院さんに分かってもらおうと思ったのに、彼女は片眉だけ器用に顰めて私を見下ろした。
「だけど彼があんなに誰か一人にだけ話しかけるのって、見たことないんだけど」
意外と伊集院さんはこだわる人のようだ。正直面倒くさいことこの上ない。
仕方なく次の言い訳を考えていると、救いのチャイムが鳴った。
「あっ、授業始まっちゃうよ。あー、しまった、私教科書忘れちゃったー。由里子、見せてよ」
「えっ!」
私の驚くほどの棒読みで唐突に話しかけられた由里子が、笑えるほど大げさに肩をすくめた。伊集院さんの視線が私から由里子に移る。由里子よ、さっき私を田中くんに捧げた罰だ。
結局伊集院さんは、渋々といった様子で自分の席に戻っていった。教室内に張り詰めていた空気も緩み、みんながいつものように騒がしくなる。
「もー、急に私に振らないでよ沙羽ってば」
教科書で口元を隠しながら、由里子が声を潜めて言った。
「私を田中くんに売った罰だよ」
「売るって失礼な! 田中くんが沙羽を探してるんだけどって言ってきたから、答えただけじゃん」
「そのせいで私は今こうして、男女共に刺さるような視線と注目を浴びてるんだよ」
「私のせいじゃないー!」
嘆く由里子を道連れに、私は皆の視線に耐えながら授業を受ける羽目になるのだった。
あぁ、どうしてこうなったのだろう。




