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恋人気分のレエゾンデエトル  作者: 棒王 円
〈十指編・誰かの為に戦う君を〉
8/31

ミサちゃんの過去




ミサちゃんは硯を出すと、居間で正座をして墨をすり出した。

俺は相向かいに座り、ミサちゃんを眺めている。

しかし、此処は無駄に広いなあ。

墨をする音が響いているだけで、あと聞こえるのは柱の時計の秒針を刻む音だけだ。


ミサちゃんと年配の女中さんしか見た事がないけど。

こんな大きな家なのに、家人って他にいないのだろうか?


「…ミサちゃんって一人暮らし?」


俺が聞くとミサちゃんは俺を見た。


「何や。そんな事が気になるん?」

「ああ。変かな?」


「別に。変やないよ。」


ミサちゃんの手元から、シュッシュッと音がする。

それは乱れることなく等間隔で聞こえた。


「…うちねえ。生まれてからすぐにキツネ憑きになったんよ。」


ミサちゃんがそう話し出す。

俺は黙って聞いている。


「家の人が怖がってしもうてね。隔離されたんよ。実家の小さな離れの小屋に。」


ミサちゃんの手はやまない。


「体中毛だらけやし、爪もすぐに鋭く伸びるしなあ。…人の言葉も分かるけど喋れなかったんよ。」


少し自嘲気味にミサちゃんが笑う。


「小屋に閉じ込められてから、何で生まれて来たんやろうって、子供やったけど毎日考えて。」


墨を少しかき混ぜて色を見る。

それからまた手を動かし始めた。


「考えても考えても答えは見つからんし。家の人はご飯をくれる時しか来ん様になったし。きっと次に生まれた弟を可愛がっていたんやろうね。」


俺が肯いたのを見て、ミサちゃんはちょっと笑う。


「泣いても喚いても、誰も来ん。暴れても怪我しても、誰も来ん。遠くたって聞こえているはずやけど、誰一人来んかった。」


俺はただ、頷くしか出来ない。

幼い少女を、外に立てた小屋に閉じ込める。その事自体が信じられない。


「うちね、それで諦めたんよ。もう、生きておっても仕方ないなあって。…暴れる体力も無くなってもうて、床でじっと横になっておったんよ。…空は綺麗だなあとか、草木は綺麗だなあとか、そんな事しか見えへんかった。」


ミサちゃんが笑って言っている事が、信じられないほど酷い話だ。









「…そこに、夜行が来たんよ。」

「…夜行が?」


ミサちゃんが嬉しそうに微笑みながら肯く。


「うん。床に倒れてたうちに話しかけたん。人間の話なんて分からないって思われていたうちに。…大丈夫だよって。すぐにそれを取るからねって。」


那岐なら言いそうだと俺は思う。


「術を行使されて何だかわからん苦しさに、うちは夜行に飛びかかって傷つけたんやけど、夜行はうちを抱っこして、怖がらなくていいよって何度も言って。」


ミサちゃんが俺を見て笑う。


「うち、抱っこされたの夜行が初めてやったの。それまでは誰も傍に来なくて。…暖かった。とっても。」


少し涙ぐんでミサちゃんは話を続ける。


「狐さんが取れてもなあ、うちに話すんよ。この狐さんは悪い狐さんやないから、うちの守護神にしたらいいって。」

「え。その狐さんを?」


「うん。少し悩んだけど良いって言ったら。夜行はうちの言葉が分かってなあ。すぐにそうしてくれてん。」


ミサちゃんがまた硯を掻き回す。丁寧に。


「その狐さんが守護神になってから、うちは神呼びが出来るようになってなあ。それがこの国でも珍しい力って分かると、家の人が急にうちを大事に扱って。」

「…うん。」


ミサちゃんの口調を聞かなくても、それは分かる。

そんな風に手のひらを返されたら、人間不信になるだろう。

ましてやそれが家族なら。


「…その後も、夜行はよくうちの所に来てなあ。いろいろ言っていくんや。説教臭い事をたくさん言うもんだから、嫌な時もあったけど。」


ミサちゃんがまた笑う。


「その全部がうちのためやって気付いたら、夜行が来るのが楽しみになって。夜行がいつ来ても良いように此処に一人で住むようになったんよ。」

「え?夜行のためなんだ?」


ビックリしている俺を、ミサちゃんは気にしないで話し続ける。


「そう。だって親は夜行を利用しようとするん。だからそれを阻むにはうち一人がいいって思って。」

「…寂しくないの?」


「全然。…夜行が一回リタイヤした時は、うちはこれを止めようと思ったけど。帰って来るって信じて腕を磨いてたんよ。再会した時には凄い褒めて貰って嬉しかったわ。」









リタイヤ。


ああ、そうか。

那岐は彼女のために。


ミサちゃんが俺をちろっと見る。


「なに?」

「…NEEDさん。夜行がリタイヤした理由、知ってはるん?」


「…本人に聞きなよ。さすがに俺の口からは言えないよ。」

「そっかあ。友達って伊達やないんやねえ。」


感心したようにミサちゃんが言う。


いや。

那岐は結構書き散らしていますから。


友人じゃなくても知っている人結構いますよ?

あ。でも事情を知らないと、それを推測は出来ないか。


那岐は少し露出癖があるからなあ。

俺でも知っている訳で。


…本当の気持ちはわからないけど。


書いてあることは、事実として認識は出来るけど。

その時どう思っていたかなんて。


きっと本人しか知らない。




ミサちゃんが手を止める。


「…少し話せんけど、いい?」

「どうぞどうぞ。」


真剣な顔をしてミサちゃんは白い紙に何かを書いていく。

それは護符の様だった。


この家は那岐のために。

その護符は那岐に言われたから。


…俺にそこまで出来るかな。


軍配は最初から、君に傾いている気がするよ。

ミサちゃん。








何やら何枚ものお札を書き終わると、ミサちゃんは立ち上がり。

それを片手に、俺を見た。


「NEEDさん。一緒について来るん?」

「ああ。ミサちゃんが嫌じゃ無ければね?」


俺がそう言うと、ミサちゃんはころころと笑った。

可愛らしい鈴の様な声。


玄関へ向かうミサちゃんの後を追う。


外に出て道路との境にある外壁に、一枚ぺたりと護符を貼った。

少し光った気がするが、俺はそういう現象にまだ慣れない。


外壁に四枚の札を貼る。


角に貼るのかと思っていたのだが。

それはまるで決められた位置のように、ぶれる事なく貼られていって。


不思議がっている俺の顔を見て、ミサちゃんが解説をしてくれる。



「方角があるんよ。お札を貼って効果のある方向に貼らんと、あんまり意味がないもんやから。」


成る程。


東西南北その間。

それから鬼門遁甲とか、そういう事ですね?


納得している俺の顔を不思議そうに、ミサちゃんが見てくる。

俺はその顔に少しドキドキして。


「こんな話をしても、変やって思わんのやね?」

「…そりゃあ、夜行の友達ですから。」


「そやね。」


また、ミサちゃんが笑う。


こんな美少女が屈託なく俺の前で笑うなんて、どんなご褒美だろうな?


笑っているミサちゃんの手元の札が、また少し光っている気がする。

俺がじっと見ると、ミサちゃんも自分の手元を見降ろした。

それから、その札を俺の眼の前に持ち上げて、俺の眼を見る。


「これ。何に見えるん?」

「え?…札だろう?」


「ほんま?」


え?


そう言われて、ミサちゃんの白い指先に挟まれている札をじっと見てみる。


別段、変わった様子には見えないのだが。

目を凝らして、もっとよく見てみる。


書かれている文字が揺らいで、少し形を変えていった気がした。


ん?


揺らぎは強くなり。

焦っている俺の眼の前で、書かれている文字が変化をしていく。


それは黒い墨の色から段々と変化をしていき。

ミサちゃんの指の下で蠢く、金色の動物になっていく。


「う。」


俺が怯むと、ミサちゃんがにっこりと笑った。


「NEEDさん、見えるんやね?」

「え。あ、いや。」


そうは言っても、俺の顔で見えている事は分かられているだろう。


自慢ではないが。


不思議な話や怪奇的な事象が好きだと言っても、こんな事が見えた事は今迄に一度もない。

那岐に会って、夜行の起こす不思議を見るまでは俺にこんな体験はなかった。


ミサちゃんは俺を微笑んで見ている。

まるで子供を見るように。嬉しそうに。

年下のこんな美少女に、そんな表情をされて恥ずかしいやら身の置き所がないやら。


「あのね、NEEDさん。…縁があるっていうのは。」

「え?」


ミサちゃんの言葉が上手く耳で拾えなくて、俺は彼女に聞き返す。

にっこりと笑ってから少しゆっくりした声で、ミサちゃんが言った。








「あんさんと夜行が縁を結んだというのは、偶然ではないんよ?」

「…。」


それは。

それは一体どういう意味だろう。


俺はミサちゃんをじっと見据える。

その俺の目線を、ミサちゃんは微笑んだまま受け止めた。



「あんさんが夜行と会ったのは、きっと必然や。」

「必然?」


「そうや。うちには偶然やない縁が見える。しっかりと太い絡み合った縁の糸が。…羨ましいぐらいの強い縁やね。」

「俺と、夜行に?」


本当に?

俺の心臓がバクバクと音を立てる。


那岐と俺が出会ったのは、運命だとでもいうのか?



ミサちゃんはそこまで言った後、ニヤリと意地悪そうに笑った。


え?



「でも残念やね、NEEDさん。夜行は男の人は好きではないんよ?」


ええ?

そこが残念な個所ですか?ミサちゃん?


まあ、確かに。

男が好きとは聞いた事はないけど。


でも。

男には好きにされて。

だから余計に。

那岐は男が嫌いなのだろうか。




何だか勝ち誇った様な顔のミサちゃんに、何も言わずにいると。

俺の顔を見ているのに飽きたのか、残りの札を持ったまま。ミサちゃんが家に戻っていく。


慌てて後を追いかけて、俺も再び家の中に入る。

ミサちゃんが玄関の登り口で俺を待っていてくれた。



ああ。


ミサちゃんは本当に美少女だ。


少し見上げながら、俺は改めてそう思う。

長い艶やかな黒髪も、微笑んでいるその薄桃色の形の良い唇も。

豊かな睫毛に彩られたその大きな瞳も、陶磁器の様な白い肌も。


完璧な美少女が、こんな近くで俺を待っていて。


何だよ、この状況は。








「どうしたん?NEEDさん?」

「う。あ、いや。何でもないよ。…それ、家の中にも貼るのか?」


「せや。結界は何重にでもしとかんと。…相手は<指>やしね。」


<十指>。


俺はその単語を語るなと、那岐に口止めされているから。

ミサちゃんの言葉にも肯くだけだけど。



「もちろん、こんなものが通用するかは、うちにも分からないのやけど。…夜行が言ったのだから効果はあるんだと思う。」

「そうか。」



ミサちゃんのその那岐に対する信頼を、ちょっと妬ましく思いながら、俺は肯いて玄関を上がった。



家の中を取り囲むように渡されている廊下の二か所。

風呂場。トイレ。


それから、居間と書斎らしき部屋。


ミサちゃんの手の届かない所では、俺がミサちゃんを抱えて持ち上げた。

うわ。

腰細い。柔らかい。いい匂いがする。


俺はドキドキいっている心臓が気付かれないようにと願いながら、それを繰り返した。

当のミサちゃんは平気な顔をしていて。

…おじさんは悔しいぞ?一人で舞い上がっているみたいじゃないか。



「これで、いいやろ。」


ミサちゃんは札を貼り終わるとパンパンと手をはたき、俺を振り返った。


「なあ、NEEDさん。お腹空かへん?」

「ん?」


俺は自分の腹を擦ってみる。


「そういやあ、空いて来たかなあ。」

「そう?じゃあ、うちがご飯作るわ。」


え。

美少女の手料理ですか?

これ、なんて言うギャルゲー?









台所に行き、ミサちゃんは可愛らしいエプロンを身につけると、何やら冷蔵庫を見ながら、悩んでいる御様子。


「NEEDさん。和食と中華。どっちがええの?」

「ん?俺は何でも食べるよ?」


ミサちゃんが俺をちろりと見る。


「ほんま?好き嫌いはないの?」

「…いや、有るにはあるけど。」


そう言うと、ミサちゃんの頬がぷっと膨らんだ。

か、かわいい。


「あるんやないの。…なに?」

「え?……野菜。」


ミサちゃんがピタリと動きを止めて、俺をじっと見る。

いや。何でしょうか。


「それは、随分と沢山やね?」

「え?そう?俺は肉さえあればいいんだけど。あ。あと、卵とか。」


「うちは料理の話をしているんよ?材料の話やないの。」

「えー…。」


俺を見ながら腰に手を当てて睨んでいるミサちゃんは、やっぱり可愛い。


うん。

俺は相当な変態さんかな。

何しても可愛いなんて、やばいだろ?


「あ。大丈夫だよ。食べられるから。」

「…ほんま?うちは野菜が好きだから、分量が多くなるよ?」


「いいよ。」

「ほな、作るから。待っててな?」


俺は台所が見えるリビングのソファで、携帯をいじりながらミサちゃんの料理姿を眺めている。

…おいおい。新婚さんじゃないんだから。


て。


俺、何の目的で此処に来たんだっけ?




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