左近家の人々・1
中に入ってさらに驚く。
これって国宝級な建物なんじゃないかなあ。
大きな上り階段が正面にある玄関というか、ロビーというか、そこを抜けてリビングに案内される。
高級そうな調度品の数々に、俺は少し腰が引ける。
うかつに何かに触ったら絶対壊しそうだ。俺には絶対返せる金額じゃなさそう。高価な骨董品ぽい調度品の数々に怯えながらも、言われたソファに座って紅茶を貰う。
俺の隣で小夜子ちゃんもカップを手に取っていた。
相向かいに座ったお姉さんが小夜子ちゃんに話しかける。
「で?どうだった?」
なんだか、ちょっと顔が赤い。
「ん?カッコよかったよ?」
「ああっやっぱり!?と、隣に素敵なダーリンとかいなかった!?」
え。大興奮!?
お姉さん、どうしましたか?
俺が驚いている事なんて全く関係がないように、二人は話し続ける。
「夜行の隣?身体の大きな男の人がいたよ?」
「はうっ!?彼氏かしら!?」
ブッと紅茶を吹いた。
幸いお姉さんに紅茶は掛からなかったが、俺は盛大にむせている。
器官に入ったっ!
二人は激しく咳き込んでいる俺を心配そうに見ている。
な、何で夜行?
どうにか落ち着いた俺を見て二人とも、ちょっと変な顔をしている。
俺も複雑な気分だ。何で君たちが夜行を知っているんですか?
「あの、冴羽さんって夜行の関係者?」
「……友達。」
「えっ!?と、友達!?」
なんだか別の意味で聞かれたような気がする。
「…お姉さん、もしかして、ふ」
「あああああっ!?言わないでください!?」
真っ赤な顔を両手で挟んで、焦りながらお姉さんが叫ぶ。
「そ、それに、年上の方にお姉さんとか呼ばれるのもあれなので、わたし、左近人美って言います。人美って呼んでください!?」
最後の自己紹介まで、そんなハイテンションで言わなくてもいいと思うが。
「お、おう。じゃあ人美ちゃん。…夜行のこと知っているの?」
「冴羽さんが夜行を知ってる方が、びっくりだよ。」
隣の小夜子ちゃんが、本当に驚いたように言う。
え、なんで。
「だって、冴羽さん術者じゃないじゃん?」
術者なのね、君たち。
俺はがっくりとうなだれながら、小夜子ちゃんのマインドアタックに耐える。
…気配もないって事ですよね、それ。
「え。術者なんですか?」
人美ちゃんが、でかい疑問符を頭の上に浮かべたまま聞いてくる。
うん。泣きそう。
「…たまご、だけどね。」
「そうなんだあ。」
小夜子ちゃんが、悪戯っぽく笑う。
「で?どんな術式が出来るの?」
「…にも。」
「え?」
俺は上を向いて、はあっと溜め息を吐いた。
「何にもできない。」
「え?」
「あら。」
二人がきょとんとした顔を俺に向ける。
可愛い顔も、こういう時はちょっと辛い。
「…頑張ってるけど、何一つできないんだ。」
なんでこんな年下の女の子たちに愚痴ってんだろう。
俺、情けないなあ。
でも本当に行き詰っていて、苦しいんだ。
かといって、夜行に愚痴を漏らすわけにもいかない。
きっと情けない顔をしているだろう俺を見てから、人美ちゃんがにこりと笑った。
「…どれを、練習されています?」
リビングの壁に在った扉付きの本棚から、人美ちゃんが何冊かの本を持って来る。
その中には、いま俺が修練している「原始綱躁術大系」もあった。
「これ、の、最初のやつ。」
「え、この本ですか?」
「うん。」
小夜子ちゃんと人美ちゃんが顔を見合わせる。
「冴羽さん、初心者だよね?」
「ああ。バリバリの初心者。」
「初心者にこれはどうかなって、あたしは思うけど。」
「へ?」
俺が間抜けな声を出すと、人美ちゃんも肯いた。
「わたしも、最初からこの本は厳しいと思いますけど。」
人美ちゃんが小夜子ちゃんに同意してそう言った時。
「……それが教えている者のやり方なら、お前たちが口出しする事じゃないだろう。」
「あ、お帰りあたる兄さん。そして、ただいま☆」
「小夜子。自力で帰れるなら手間かけさせるな。」
「へへへ。」
「あたる…そうだけど…。」
学生服に何故か時期外れのマフラーを巻いている、眼鏡男子が俺の隣に立った。
「あんたが教わっている人に聞いたらいい。…もっと初心者向けはないのかって。」
「ええと。その本って初心者向けじゃないのか?」
俺はてっきり、そう思っていたのだが。あたると呼ばれた少年は、首を横に降った。小夜子ちゃんはクッキー食べながら俺を見ているし、人美ちゃんは困った顔をしているが、それは同意という事なのだろう。
「あら、あたる。薬丸は?」
「…ゲーセンに行った。」
「もう。お父様に怒られるのに。」
…家の人が帰って来たみたいだなあ。俺はそろそろお暇しようかなあ。
俺が立ち上がると、小夜子ちゃんが見上げてくる。
「帰るの?冴羽さん。」
「ああ。長居してもあれだし。」
「あの、もっとお話して居て下さってもいいですよ?…その、夜行とはどんな関係なのかとか。」
ふ〇○〇の餌食は嫌です、人美ちゃん。
「あんた、夜行の関係者なのか?」
「夜行の友人なんだって。あたしもびっくりだよ。」
「…そうか。あれの友人なら…きついだろう。」
「え?」
あたるくんが、俺をじっと見てそんな事を言った。
きついって。
友人としてきつい事なんて何もない。むしろ好待遇だと思う。
居候させてもらって、衣食住なんの心配もなくて。教えてくれる夜行はすぐ近くに居て。
俺はソファにどさっと腰を落としてしまう。
でも、術者として何一つできない俺が。
あのまま傍に居てもいいんだろうか。
「…あんた、根詰め過ぎだろ。」
あたるくんが、苦笑しながら言ってくる。
顔を上げると三人とも、心配そうな顔をしていた。
ああ。そうか、俺。
術者としての知り合いが誰もいないから、こんな簡単な事さえ思いつかなくて分からなかったんだ。
多分術者なら大体の人は、夜行が教えている本が難しい初心者向けじゃないなんて、知っているのだろう。
「そう、かな。」
「そうさ。」
あたるくんが肩を竦める。
俺、根詰め過ぎているのかな。




