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恋人気分のレエゾンデエトル  作者: 棒王 円
〈十指編・術者誕生〉
21/31

左近家の人々・1




中に入ってさらに驚く。

これって国宝級な建物なんじゃないかなあ。

大きな上り階段が正面にある玄関というか、ロビーというか、そこを抜けてリビングに案内される。


高級そうな調度品の数々に、俺は少し腰が引ける。

うかつに何かに触ったら絶対壊しそうだ。俺には絶対返せる金額じゃなさそう。高価な骨董品アンティークぽい調度品の数々に怯えながらも、言われたソファに座って紅茶を貰う。


俺の隣で小夜子ちゃんもカップを手に取っていた。

相向かいに座ったお姉さんが小夜子ちゃんに話しかける。


「で?どうだった?」


なんだか、ちょっと顔が赤い。


「ん?カッコよかったよ?」

「ああっやっぱり!?と、隣に素敵なダーリンとかいなかった!?」


え。大興奮!?

お姉さん、どうしましたか?

俺が驚いている事なんて全く関係がないように、二人は話し続ける。


「夜行の隣?身体の大きな男の人がいたよ?」

「はうっ!?彼氏かしら!?」


ブッと紅茶を吹いた。

幸いお姉さんに紅茶は掛からなかったが、俺は盛大にむせている。

器官に入ったっ!

二人は激しく咳き込んでいる俺を心配そうに見ている。


な、何で夜行?

どうにか落ち着いた俺を見て二人とも、ちょっと変な顔をしている。

俺も複雑な気分だ。何で君たちが夜行を知っているんですか?


「あの、冴羽さんって夜行の関係者?」

「……友達。」

「えっ!?と、友達!?」


なんだか別の意味で聞かれたような気がする。


「…お姉さん、もしかして、ふ」

「あああああっ!?言わないでください!?」


真っ赤な顔を両手で挟んで、焦りながらお姉さんが叫ぶ。


「そ、それに、年上の方にお姉さんとか呼ばれるのもあれなので、わたし、左近人美さこんひとみって言います。人美って呼んでください!?」


最後の自己紹介まで、そんなハイテンションで言わなくてもいいと思うが。


「お、おう。じゃあ人美ちゃん。…夜行のこと知っているの?」

「冴羽さんが夜行を知ってる方が、びっくりだよ。」


隣の小夜子ちゃんが、本当に驚いたように言う。

え、なんで。


「だって、冴羽さん術者じゃないじゃん?」


術者なのね、君たち。

俺はがっくりとうなだれながら、小夜子ちゃんのマインドアタックに耐える。

…気配もないって事ですよね、それ。


「え。術者なんですか?」


人美ちゃんが、でかい疑問符を頭の上に浮かべたまま聞いてくる。

うん。泣きそう。


「…たまご、だけどね。」

「そうなんだあ。」


小夜子ちゃんが、悪戯っぽく笑う。


「で?どんな術式が出来るの?」

「…にも。」

「え?」


俺は上を向いて、はあっと溜め息を吐いた。


「何にもできない。」

「え?」

「あら。」


二人がきょとんとした顔を俺に向ける。

可愛い顔も、こういう時はちょっと辛い。


「…頑張ってるけど、何一つできないんだ。」


なんでこんな年下の女の子たちに愚痴ってんだろう。

俺、情けないなあ。


でも本当に行き詰っていて、苦しいんだ。

かといって、夜行に愚痴を漏らすわけにもいかない。

きっと情けない顔をしているだろう俺を見てから、人美ちゃんがにこりと笑った。


「…どれを、練習されています?」


リビングの壁に在った扉付きの本棚から、人美ちゃんが何冊かの本を持って来る。

その中には、いま俺が修練している「原始綱躁術大系」もあった。


「これ、の、最初のやつ。」

「え、この本ですか?」

「うん。」


小夜子ちゃんと人美ちゃんが顔を見合わせる。


「冴羽さん、初心者だよね?」

「ああ。バリバリの初心者。」

「初心者にこれはどうかなって、あたしは思うけど。」

「へ?」


俺が間抜けな声を出すと、人美ちゃんも肯いた。


「わたしも、最初からこの本は厳しいと思いますけど。」


人美ちゃんが小夜子ちゃんに同意してそう言った時。



「……それが教えている者のやり方なら、お前たちが口出しする事じゃないだろう。」

「あ、お帰りあたる兄さん。そして、ただいま☆」

「小夜子。自力で帰れるなら手間かけさせるな。」

「へへへ。」

「あたる…そうだけど…。」


学生服に何故か時期外れのマフラーを巻いている、眼鏡男子が俺の隣に立った。


「あんたが教わっている人に聞いたらいい。…もっと初心者向けはないのかって。」

「ええと。その本って初心者向けじゃないのか?」


俺はてっきり、そう思っていたのだが。あたると呼ばれた少年は、首を横に降った。小夜子ちゃんはクッキー食べながら俺を見ているし、人美ちゃんは困った顔をしているが、それは同意という事なのだろう。


「あら、あたる。薬丸は?」

「…ゲーセンに行った。」

「もう。お父様に怒られるのに。」


…家の人が帰って来たみたいだなあ。俺はそろそろお暇しようかなあ。

俺が立ち上がると、小夜子ちゃんが見上げてくる。


「帰るの?冴羽さん。」

「ああ。長居してもあれだし。」

「あの、もっとお話して居て下さってもいいですよ?…その、夜行とはどんな関係なのかとか。」


ふ〇○〇の餌食は嫌です、人美ちゃん。


「あんた、夜行の関係者なのか?」

「夜行の友人なんだって。あたしもびっくりだよ。」

「…そうか。あれの友人なら…きついだろう。」

「え?」


あたるくんが、俺をじっと見てそんな事を言った。

きついって。

友人としてきつい事なんて何もない。むしろ好待遇だと思う。

居候させてもらって、衣食住なんの心配もなくて。教えてくれる夜行はすぐ近くに居て。


俺はソファにどさっと腰を落としてしまう。


でも、術者として何一つできない俺が。

あのまま傍に居てもいいんだろうか。



「…あんた、根詰め過ぎだろ。」


あたるくんが、苦笑しながら言ってくる。

顔を上げると三人とも、心配そうな顔をしていた。


ああ。そうか、俺。

術者としての知り合いが誰もいないから、こんな簡単な事さえ思いつかなくて分からなかったんだ。

多分術者なら大体の人は、夜行が教えている本が難しい初心者向けじゃないなんて、知っているのだろう。


「そう、かな。」

「そうさ。」


あたるくんが肩を竦める。


俺、根詰め過ぎているのかな。




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