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恋人気分のレエゾンデエトル  作者: 棒王 円
〈十指編・誰かの為に戦う君を〉
2/31

初めての約束


那岐なぎと約束をしてから、日々を過ごしていてもどこかで約束を思い出しては、何だか不可解な気持ちに悩まされていた。


知らない誰かと会う約束。


俺は今までそんな約束をしたことが無い。


いや、まてよ。


今の小説のサイトとは別のサイトで、オフ会をした事があったな。

その時は、もっと気楽に会いに行って。


存外、好みだなあって感じの女性がいたのだけど。

俺は詰めが甘いからさ。


好きなアニメの話題や、当時やっていたゲームの話で結構盛り上がって良い感じだったのに、話に夢中になり過ぎて、写メも取らずメアドも聞かず。

結局はそれっきりになってしまった。

その後オフ会自体も、サイト側が出会い系に過敏になり、禁止になってしまったし。


…何だか何時も、女性とはそんな感じだ。

いいな、好みだなって女性とは上手くいかなくて。


告白のチャンスかもって思った時に限って。

『NEEDくんって、良い人なんだけどね。』

とか何とか言われて、気持ちの上で玉砕する。

実際には告白をしていないのだから、失恋ではないのだが。



うお。


無性に落ち込んで来たぞ。やめるか。思い出すの。




…まあ、那岐は男だから。


俺に変な話を振ったり、俺を嫌がったりはしないだろう?


何か面白い話でも、仕込んで行くかな。

一緒に笑える感じの。

那岐が書いている日記の中身の事なんか、言わなくて良いように。

いつも苦しそうな話ばかりを目にしているから。

そんな事を考えなくて済むような、くだらない話も交えてさ。




何時の間にか、那岐に会う事に少しワクワクしていた。


やっぱり、新しい友人に会うのは楽しいかも知れない。

たとえ相手が中二病的でも、だ。






それにしても、開口という儀式の事だが。


那岐はそれが普通なんです的に言っていたが。

やっぱり何処を探ってもそんな儀式の名称は出てこない。グー○ル先生でも、さっぱりヒットしないし。


これはいよいよ中二病全開かな。

一体どんな理由を付けて、俺を騙すのだろう。

那岐の頭の中ではきっと話が出来上がっているのだろうから、いろんな理屈を付けて語りまくった後で、結局そこには行かないでおこうって言い出すに違いない。


俺は冷静に頷きながら矛盾点を指摘しつつ、話には乗ってやって。

行きたくないなんて言い出したら、ちょっと強引に大社へ連れ出そうかな。


…やばい。どう対応するかシュミレーションしているうちに、結構ノリノリになってきてしまった。


…不安そうにしたら、分かっていると伝えて。

二人でお参りした後で、バカみたいに酒でも飲もうかな。


それとも。


万が一の方なのだろうか。俺の知らない、本当の儀式。



……いや。まさかね。



世の中はそんな簡単に何かの能力者なんてものを、抱擁はしていないだろう。

ましてや、俺達が考えているような、ラノベ的な展開なんて有り得ない。


ああいう事は現実じゃないから面白いんだ。

そんな大変な事になったら、今繰り返している日常が崩壊してしまうだろ?


まあ、那岐がチートだったらそれはそれで面白いけどな。






約束の当日。


俺は時間より前に、約束をした駅に着いていた。


かなり早く来てしまった手持無沙汰の俺は喫煙コーナーを探すが、最近の駅は全面禁煙で駅の構内に吸える場所は見当たらない。

仕方なく駅の入り口が良く見える、構内の大きな柱に寄りかかって辺りを眺める。


沢山の人が行きかっていて今日も大社は大賑わいの事だろう。特に多いのはお年寄りだが、最近はパワースポット巡りの女性が増えているのか、静若大社行きのバス停に向かう人並みには、華やかな服装の女性が多く見受けられた。


携帯を見ると、約束の時間十五分前。

俺は、コメントに今日の服装を書き込む。


< おはよう、那岐くん。


俺はもう駅に着いているよ?


今日はブルージーンズに紺のスニーカー。チェックのシャツに、黒い上着を着ている。髪は黒い色で少し伸びている。髭は生えていないよ。眼鏡をして、ひょろ長いのがNEEDだから。


入り口近くの柱で待っているよ。>



少し危険な行為だが、これ以上のやり様がないので仕方ない。

お互いにリアをさらすのは、今日が初めてなのだから。


俺はコメントを送った後に駅の出入り口を再び見たが、たくさんの人が行き来していて、どれが那岐やら。


日記では小さくて可愛らしい印象だったから、身長の低い人物をおもに観察してみるが、服装の返事が返ってこないので、探しようがない。

髪の色とか服の色とか、どういう感じなのかコメントで聞いてみようかな。


おお。

かなりワクワクしてきたな。



まだ見た事のない美少年の姿を探している俺の視界に、ちょっとだけ不審な動きをしている人物が入って来た。


俺の前方、右斜め前から此方を見つつ水色のスマホを何度か確認している。


…那岐だろうか。

けれど、美少年にはとても見えない。どちらかと言えば普通の一般人と言うべき恰好をしていた。


カーキ色のコートに黒いジーンズ。白黒のコンバースを履いていて。

肩にはワンショルダーがかけられている。

大きな眼鏡と、グルグル巻きの薄いマフラーで、顔は良くは見えない。



でも、その立ち姿は。どう見ても、男性的ではなかった。





俺と目線を合わせないように少し俯き加減で、その人がそろりそろりと近づいて来た。


俺は人ごみを探すことを止めて、その人が近づいて来るのをじっと見守ってしまっている。

ためらう様に戸惑う様に、ゆっくりと近づいて来る人物は俺のすぐ近くまで来てピタリと立ち止まった。


その人は、口元を隠していたマフラーを人差し指で少し下げると、ちょっと上目づかいに俺を見上げてくる。


「…NEEDさんですか?」


甘ったるい声。

柔らかい響きの、ドキドキするような声で話しかけられた。


誰だろう。


どう見ても、その相手は女性で。

今日待ち合わせをしている人物じゃないように思える。



俺が返事をしないでいると、またスマホを見て。俺以外の辺りの誰かを探すように、きょろきょろと首をめぐらす。

それからまた、俺を見上げた。


まあ確かに、コメントに書いたのと同じ服装の奴なんて、俺以外に居ないだろうしなあ?


「…NEEDさんですか?」


今度は少し自信が無さそうに、俺に聞いて来た。


聞かれても何にも答えない奴に、何度も問いかけるのは勇気がいるだろう。

俺だったら聞くのを止めてしまうかもしれない。


まだ俺が答えないから。


柔らかそうな唇をちょっととがらせて、その人物も押し黙った。



…これで男だったら、確かに詐欺だろうな。

那岐の日記の中で、そんな台詞があった事を思い出す。


俺はまだ返事をせずに、相向かいに立ったままじっと見ている。

目の前の人物は小さく溜め息を吐く。それでもその場所から動く気配はなかった。

俺が返事をするまで、待つつもりだろうか?



俺はなるべく素早く事態を考えることにする。

待たせっぱなしは幾らなんでも酷いし。


1・本人である。

2・コメントのやり取りからばれて、別のファンの人が話しかけている。

3・コメントを見たサイトの人が、嫌がらせをしに来た。



3は嫌だな。

聞いて確認した方が早いだろう。


俺がそう思った矢先に、三度口を開いた人は、確信の言葉を告げる。


「…NEEDさんですか?…俺が那岐です。」






そうか。

まあ、そうだろうな。


その人物、那岐は俺が返事をするのを待っている。


俺はまだ口を聞いていない。



美少年ではない。もちろん。

でもやっぱり、何処か中性的だ。


その視線は凛として見えるし、細い体は少しコスプレでもすれば、すぐに男に見えるだろう。


けれど今は、細い足も細い腰も。

俺には女性的に見える。

あんまり眺めているからか、那岐は少し頬を赤くした。


あ。可愛いな。


俺は柱に寄りかかっていた身体を起して、那岐に一歩近づく。

那岐は動かずにじっと俺を見ている。



もちろん「人違いです。」と、そう言って今日の事を終わりに出来るのだが。


嘘をつかれていたのは本当なのだろうけれど。

ネットでは性別を変えて書き込んでいる奴なんて、幾らでもいる訳だし。怒るような事でも無い。


それよりも、気になるのは。


彼女は俺が男だと知って来た訳で。

どうして見知らぬ男と会う気になったのだろう?


自分で言うのもなんだが、そんなに信用があるようなコメントを送った事はないし。

まあ、確かに嘘はつかないし、不審がられるような事態も起こさない自信はあるが、それは俺が知っているだけで彼女は一切知る由もない。


どうして俺をそこまで信用してくれたのだろう?

何で彼女は俺にリアをさらしてまで、会いに来たのか。

そこがどうしても心に引っかかる。



だってそうだろう?


もしかして、物凄く悪くて嫌な奴だったら。

非難や中傷をされて、ブラリされるかもしれない。

徹底的に叩かれて、SNSでも書き込みが出来なくなるかもしれないし、下手をしたら顔をさらされるかもしれない。それこそ炎上をして現実社会にも影響が出るかも知れないのに。


その危険性を知っていて、何で見知らぬ俺に会いに来たのだろう。



まだ、那岐は俺を見ている。

不安そうな瞳から、涙が零れるんじゃないかって思えて。



俺はゆっくりと笑顔を作ってから、言葉を口にする。


「…そうだよ、那岐くん。」


俺が答えると那岐は安心したのか、ほっと息をはいてから少し笑った。






「今日は、来て下さって有難うございます。」


那岐が、そう言って頭を下げる。

俺もつられて少し頭を下げた。


姿勢を戻すと、那岐がトコトコと更に近付いてくる。

俺の五十センチぐらいの所まで近づいてきた。


それから、片手をそっと口元にたてて、内緒話のように声を潜める。


「…あの。」

「ん?」


俺もつられて小さな声で答える。


「さっきのコメント消された方が良いと思います。」

「…お。」


そんな事すっかり忘れていたが、確かに言う通りだ。

あんなものを運営に見つかったら、何をされるか分かったものじゃない。


俺が携帯をいじっている間、那岐はそこで立ったまま、じっと俺を見上げている。


うおお。


すっごい照れ臭い。


女性だと分かったら。

免疫のない俺には、この距離は結構なもので。


「け、消し終わったぞ。」

「はい。」


うかつにも素で言葉が詰まった俺に、那岐はにっこりと笑って頷く。


いや。

どうしようか。


男だと思ったから気軽に来たのに。

女性とは。

俺はおたおたと動揺しているのを、那岐に悟られないよう必死だ。


「…女の人だったのか。」


俺の呟きに、那岐は困ったように眉を寄せて頷いて見せた。


その後の言葉が見つからない。

俺は本当に女性には免疫がないから、こういう場面にどんな言葉をかけて良いのか、全く持って分からない。


「…あの。」

「お、おう。」


また言葉が詰まる。


「どこかでコーヒーでも飲みませんか?それと、煙草も。」


那岐がそう言って微笑む。


その表情を見て自分の顔が赤くなっていないか心配だが。那岐に言われる前から煙草が吸いたくなっていたから、その提案に頷く。


今までのコメントのやり取りで、お互いに煙草を吸っている事は知っているから、遠慮しなくていいのは助かるなあ。

最近は嫌煙家も多く居るから、那岐がそれだったら正直会わなかっただろう。



俺は那岐に手招きをして、先に歩き出す。確かこの先にスタバがあったはずだ。そこに行けばいいだろう。


少し歩いてから後ろを見ると、那岐はかなり後ろを歩いていた。






あ。

そうか。


女性は歩く速度が違うんだっけ!?


俺が立ち止まると、那岐は俺の傍に小走りに走ってきて。


「ごめんなさい、俺、歩くの遅くて。」


…まごう事なき(俺っ子)ですね。

一人称が変わっているのは、いかにも那岐っぽいかもしれないなあ。


「いや。こっちこそ気付かなくてごめん。」

「え!?あ、いえ、そんな…。」


那岐が何に照れたのか、ほんのり赤くなる。


う。


まずい。

俺まで照れが伝染して赤面しそうだ。


横を歩く那岐に合わせて歩き、のんびりとスタバに着くと、二人で並んでカウンターで注文する。


これって。

周りにはどう見えるのだろう。


…カップルに見えたりして。


俺がそんな妄想を切り上げて、那岐を見ると。

那岐は注文を終えていて、俺の言葉を待っていた。


「何を頼まれますか?」

「お。…うーん…カフェラテで。」


頼んだものが出て来るまでに、俺は砂糖のスティックを五本ほど手に持つ。


「…俺、砂糖は入れませんけど?」


那岐の言葉に頷くが、その砂糖は戻さない。

その意味に気付いた那岐は顔を伏せ、声を殺して笑った。


うーん。

そんなにおかしいかな。

甘党なんだよ俺。しかも激甘党なんだ。



「う、くっ……ど、何処に座りますか?」


まだ少し笑っている那岐の横を、努めて冷静に通り窓際に座ると、相向かいに那岐が座った。


ああ。

こんな事が楽しいなんて、やばい。

ただ、コーヒーを飲んで煙草を吸っているだけだぜ?

それなのに。


「今日は天気が良くて、よかったです。」


目の前の那岐が話している、たわいもない天気の話にさえ、ジンときてしまいそうなんて。

その唇の動きに見とれているなんて。



恥ずかしくって悟られたくないっ!!

どうにかして話題がないかと頭をひねってみると、最も単純な問いかけが思い浮かんだ。







「那岐くん、あのさ。」

「はい?」


俺は目の前に座っている那岐に、聞きたい事があった。

いきなり聞くのは野暮かもしれないけど、これを聞かないと何も始まらない気がする。


「なんで、俺と会おうって思ったの?」

「え?」


那岐が少し首を傾げる。


「だってさ、サイトの中で仲良かっただけだよ?」

「はい。」


那岐が肯く。


「人として信用できるかなんて分からないだろ?ましてや俺は男なんだし。その、もしもさ。……変な事とかされたらどうする気だったんだ?」


女性なのに。

用事のついでとはいえ、知らない男に会いに、こんな遠くまで来るなんて。


「……。」


那岐は熟考しているのか、指先を顎に当てて考えている。

俺と言えば、やっぱり藪から棒な質問だったなあなんて、反省の態勢に入りかけていた。


少しして、那岐が指を顎から離すと俺に言った。


「信用できると思っては、いけなかったですか?」


素直な表情でそう言われると、俺もそれ以上は突っ込めなくて。

那岐をじっと見つめる事ぐらいしか出来ないどころか、用意してきた面白い話題や騙された時の対処用の言葉なんて、那岐に伝えることすら考え付かない。

おおよそ頭の中で渦巻いている無駄になった台詞なんて、どうやって処理すりゃいいのか。


俺がもたもたと考えている隙に。

那岐は次の言葉を口にした。


「それに。俺を襲うなんて、大抵の人には無理ですよ。」



…は?

何ておっしゃいましたか?


那岐は微笑んだまま、珈琲を飲んでいる。

俺は言われた台詞に首を傾げて聞くしか出来ない。

だってそうだろ?


どうやって聞いても武闘家か拳法家が語るような自信満々の口調で。

しかも、それがいかにも普通みたいな顔で、珈琲を飲んでいらっしゃる。


いや。

中二病、恐るべし。


この人、本物の那岐なんだろうな。

俺は変に納得をしてしまった。


珈琲を飲み終わっても、那岐は俺が想像していたような愚痴とか相談とかは一つも言って来なくて。

最近気になっているゲームとか、読んだラノベの話とかをポツリポツリと話すだけで。

気が付けば、一時間近く店の中に居た。

俺はこの先どこか案内でもしようかなって、考え始めていたのだが。


那岐はトレイを両手に持って立ち上がると、にこやかに笑って、こう言った。



「NEEDさん。そろそろ静若大社に行きましょうか。」




え。




「ええ!?」


俺が驚いた声を出すと、那岐が不思議そうな顔で俺を見る。

いや。

確かに静若大社に行くって、それで来たのは知っているさ。


でも。

それは。




…いや。待てよ。

単にお参りに来ましたって落ちかも知れないだろ?

そうに違いない。

那岐が言っていた封印だとか儀式だとかは、有り得ないのだから。


よし。

その嘘に乗ってやろうじゃないか。




俺はにっこり笑って、那岐に頷いて見せる。



「…分かった。行こうか那岐くん。」




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