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恋人気分のレエゾンデエトル  作者: 棒王 円
〈十指編・術者誕生〉
14/31

身支度を整えて

術者になると言って、その日はミサちゃんの家に泊めて貰ったが、その後はとてつもなく慌ただしかった。

なにせ仕事を辞めて、引っ越しもしなくちゃいけなかったからだ。


急に辞めるのは、本当に心苦しくて。

だから結局、夜行と話してから一か月が経ってしまった。


いや。

普通だよなあ?退職するのに一か月前告知ってさ?

だからまあ、ごく一般人の俺は世間の常識を破る事なく、円満退職したくって頑張った訳なのだが。


美少女と携帯の番号交換をしたのが、良かったのか悪かったのか。

ミサちゃんから、いつ来るんだと催促の電話が結構あって。


いやあ。

お兄さん諸氏。美少女から毎日のように電話が掛かってくるって、うらやましいぞ、このくそリア充め的な嫉妬はご勘弁願いたい。


…結構、めんどいよ?

毎回、一日でも早くこっちに来て、術の修行をした方が良いって説教されるの。

ちゃんと仕事の都合だって説明しているんだけどなあ。

社会人はそう簡単にはいかんのですよ、JKよ。



「ねえ、本当に辞めちゃうの?」

「あ、ええ。すいません。」

「冴羽さん仕事できるから、もったいないねえ。」


同じ職場のおばさま、いや、お姉さま方に嫌味でもなく言われると、ちょっと後ろ髪を引かれる。

なにせ術者なんて、どうやって稼いでいるのか俺にはさっぱりだからだ。


確か夜行は大きな会社に入っているって話だった。

武蔵も寺にいるって事は、それなりに給料もあるんだろう。

ミサちゃんに至ってはどう見てもお嬢様だし。生活に困るなんてないだろう。


俺はどうするんだろうか。

夜行と同じ会社って訳にはいかないだろうなあ。

大きい会社って事は、それなりに学歴も必要だろう?試験とかあったらお手上げだな。


貯金なんて会社の財形貯蓄ぐらいだしなあ。

…やばい。術者になる前に餓死したらどうしよう。


休みの日に段ボールに服をつめながら、そんな事を考えていた。

人間、衣食住がしっかりしていないと希望なんて持てないからな。

ほんと、どうするんだろう、俺。


変な焦りで混乱してきたので、煙草を一服。

おお。落ち着く。…でもないか。困ったな。


その時、玄関のチャイムが鳴った。

誰だろう、こんな昼間に。新聞の勧誘かな?面倒くさい。


「はい?」

「冴羽さん、いるか?」


え?夜行の声?

俺が慌てて玄関を開けると、夜行が立っていた。


「え、何で。」

「…いや。色々な説明をしに来た。この間は何も言わなかったから。」

「あ、うん、そうか。」


俺の心境を汲んで、わざわざ別の県まで来てくれたのか。


「遠いところを有難う、夜行。」

「え?…いや、別に遠くはない。」

「そうか?だって電車で三時間ぐらいはかかるだろう?」


俺が言うと、夜行はちょっと笑った。悪戯っ子みたいに。

やばい。可愛いからやめろって。


「うん?」


俺がデレると夜行が首を傾げた。

いやいや、分からなくていいからな?


「あ。玄関先じゃなんだから、中に入れよ。話長くなるんだろう?」


俺が促すと。

夜行は一瞬だけピクっとしてから、やけに神妙な顔つきになって。


「…お邪魔します。」


なんて言って入って来た。

ええ!?この間と態度が違って、すげえ可愛いんだけど、どうしよう!?

萌えそう。俺。


散らかっているリビングに通して麦茶を出す間、夜行はチラチラと部屋の中を見ていた。ごちゃごちゃしているのは許せよ?何せ引っ越し前だ…という事にしておこう。

元来そんなにきれい好きでもないから、普通に散らかっているけど。

夜行は清潔好きそうだから、気になるのかな、やっぱり。


「大変そうな時に来て、すまないな。」

「いや、いいよ。引っ越しの準備って言っても、この家は売らないで残しておくつもりだし、身の回りの物を用意すればいいだけだから。」

「…そうか。」


夜行が俺を見る。

俺の出した麦茶を飲んでから、話を切り出してきた。


「まず、住むところの話はミサから聞いているか?」

「え?ミサちゃんから?…いいや、聞いてない。」


俺の返事に夜行が眉をしかめる。


「じゃあ、ミサは一体何の電話をしているんだ?」

「え?早く来いとか、あとはミサちゃんの学校の話とか。」

「…そう、か。」


呆れたように夜行は溜め息を吐いた。

説教が一通り終わると、日常の話をして電話は切られているから、今まで連絡事項なんてものは聞いた事がない。


「…住むところだが、ミサの家に住んでもらう。」

「え!?」


アパートを探さなければと思っていたのだが。


「…暫くは、俺が手ほどきをする。俺はミサの家に居るから一緒に住む方が教えやすい。…不満か?」

「いや、別に、不満なんか無いよ?無いけど。」

「…ん?」

「女子高生と一緒に住むっていうのは。」

「…俺と一緒に住むのだと思ってくれ。…ミサと住むのでも間違ってはいないが。」

「うん。間違ってない所がちょっとなんだけど。」


夜行がうん?みたいな顔をした。

いや、あのね?

俺みたいなおじさんが、女子高生の家に住むってどうだよ?


きっと俺は困った顔をしている。

その俺を見て、夜行も困り顔になった。


「…まずい、か?」


夜行が慎重に訪ねてくる。

本当にそういう心境というものを考えていなかったっていう顔で。

逆に、俺の方が意識し過ぎなのかと思えてきた。



女子高生と一緒に住むんじゃないとすると。

夜行と一緒に住むと思えばいいって?


夜行と?

…同棲!?


ガタッと椅子が鳴った。

俺が急に立ち上がったから、夜行がびっくりして出そうとしていた煙草を取り落とす。


「ど、どうした?」

「え、あ、いや、なんでも…無い。」


俺は深呼吸をしてから椅子に座りなおす。

夜行は不思議そうに俺を見ている。


夜行が煙草を咥えるから、俺も遠慮なく煙草を吸った。

落ち着かないと。


「…冴羽さんが嫌なら、俺と別に住もうか?」


ぶはっと煙ごとむせる。

待って。お願い。話が急すぎて。

そんな乙女的な台詞が頭に浮かぶ。


「…大丈夫か?」

「お、おう。」

「冴羽さんはどうしたいんだ?一人暮らしをするのは結構お金が掛かるぞ?」


まだ、けほけほと咳き込んでいる俺を気遣いながら、夜行が聞いてきた。

確かに、部屋を借りるとなれば敷金礼金はもちろん、先払いで三か月分ぐらいは家賃を入れろと言われるのが普通なんだろうけど。

その他、光熱費や食費だってバカにならない。

この先収入が見込めない俺には、高いハードルだ。


「ううん。」

「…ミサの所に居るのが一番楽だとは思う。」

「…うん。」


俺が肯くと、もう一本煙草を咥えて確認のように夜行も頷く。


「一緒の家と言っても、部屋は随分離れているし、同居するだけだからそんなに大変という訳でもないと思うが。」

「夜行もいるんだよな?」

「ああ。俺がいるから来てほしいと言っている。」


困ったように笑う、夜行。

そうかあ。

俺が意識しすぎなんだよな。相手が美少女だから構え過ぎちゃって。


「うーん。……分かった。ミサちゃんの所にお世話になるよ。」

「そうか。」


夜行が肯く。幾分ほっとした顔で。

心配してくれていたんだろうな。


「それから。」


夜行が話しを続ける。

俺は移動の際にかかる費用を聞かれたが、ミサちゃんの家に引っ越すのであれば、自分の車にダンボールを積んで行くだけなので、実質ガソリン代だけだと伝えた。

布団すら運ばないのだから、大した荷物はない。


引っ越しの具体的な日を夜行と相談しながら決める。

夜行は陰陽術を主体にした術式を使う訳ではないらしいが、居住地の移動など重要な項目においては五行が若干関係あるらしく、引っ越しをする時はそれを考慮するらしい。


「今は太歳が辰だから南周りで来てほしい。」

「…はい?」


俺の返事に夜行がクスッと笑う。


「うん。…来月になったら卯になるから東回りで来てほしいが。」

「ええと。具体的にはどうすればいいんだ?」

「ああ、一応モデルコースを作って来たから。」


夜行がテーブルの上に地図を広げる。

プリントされたその地図には赤ペンでコースが書かれていた。

…京都に行くには幾分遠回りだが。


「…こっちを回るんだ。」


俺が聞くと夜行が頷く。

早く着くためではなく、術の為に刻まれる道筋。

引っ越し業者に頼んだら、嫌がられそうな遠回り。


俺はそういう世界に足を踏み入れるんだと、説明している夜行の顔を見ながら思った。


「…不思議そうな顔をしている。」

「俺?うん、まあ。こんな事を考えて移動するなんてなかったからなあ。」

「普通の生活なら、考えなくていいんだ。」


やけにはっきりと夜行が言った。

俺は言いきった夜行の顔を眺める。


逢いたいと思って行動して、会えた途端に世界がひっくり返るような事態になっている。勿論俺の生活が変わるのも含めているけれど、何年も一人で生活をしていたから、誰かと住むなんて久しぶりだし。


ましてやそれが好きな相手とだなんて。


…やっぱり同棲かな?


「何を考えている?」

「いや、別に。」


俺が嬉しくて笑うと夜行は不可解と言った感じで首を傾げた。

そりゃないでしょう、夜行さん。






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