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恋人気分のレエゾンデエトル  作者: 棒王 円
〈十指編・誰かの為に戦う君を〉
10/31

心の残滓・2

那岐が帰って来たのは夜中過ぎだった。

俺とミサちゃんは帰ってきた那岐に近寄る。


しかし那岐は俺達を仕草で止めた。

青い顔をした那岐は、口すら聞きたくない様だった。


「なんで、夜行?」


那岐は首を振って、ミサちゃんに手で何かを伝える。

手話の様で、違うような。

まったくもって、俺には分からない。

けれど、ミサちゃんには分かったようだ。


「え?…待ってて夜行!!」


血相を変えたミサちゃんは、走って何処かへ行ってすぐに戻って来る。

大きな風呂敷を持ってきて、それを中庭に出て広げた。


「いいよ!夜行!!」


那岐はそこへ歩いて行くと、その上に四つん這いになった。


それから。

信じられないほどの血を吐いた。


「が、はっ…ぐう…」


ミサちゃんは手をぎゅっと握ったままそれを見ている。

俺もそこから動けない。


何が起こっているんだ?


何度も何度も血を吐いた後、那岐は青い顔のまま口の血を拭って、ごろりと風呂敷の上に横になった。


「…ミサ…清めを…。」

「うん。」


ミサちゃんは俺の手を引いて、風呂敷の傍に行く。

え。

俺はこういう事、やったことないよ?


「いいから、NEEDさんもやって。」

「何を?」


「うちの真似すればいいから。」


俺はおずおずとミサちゃんの反対側に立つ。

ミサちゃんが柏手を打つ。

俺も二回打った。


「吾はいなしこめしこめき穢に到りてありけり。かれ、吾御身の禊せむ。」

 「吾はいなしこめしこめき穢に到りてありけり。かれ、吾御身の禊せむ。」


俺も一緒に言った。

古い伝書の一文なのはわかった。

何処かで読んだことがあるからか、その文も分かる。


「吾を漱ぎたまう、穢れによりて成りし神よ。来たれ八十禍津の神。」

 「吾を漱ぎたまう、穢れによりて成りし神よ。来たれ八十禍津の神。」


それも大体わかった。


俺達の言葉が終わると、風呂敷の中に光が浮かび上がる。

それはミサちゃんの側と俺の側から出て、那岐を包んだ。


那岐はその光に包まれた後、身体を仰向けにして寝転がった。

まだ息は苦しそうけど、さっきよりはましになったようだ。


けほけほと那岐が咳き込むと、血が零れた。


「…悪いな。」


ミサちゃんを見て那岐がそう言った。


「…何したん?夜行?」

「…十数人分の〔形代わり〕をした。」


「な?」


ミサちゃんが目を剥いた。

俺はその言葉の意味が分からない。

ミサちゃんが呆れたように俺に説明した。


「他の人の怪我を自分に移したんよ。しかも十数人分。」

「え。」


何でそんなバカな事を。


「うち、これを燃やしてくるね?」

「ああ、頼む。」


ミサちゃんが裏庭の方へ、風呂敷を慎重に運んで行く。

俺はそれを見送ってから、同じように見送っていた那岐へと視線を戻した。

心配で見下ろしている俺に、那岐は弱く笑う。


「…あなたにまで、迷惑をかけてすみませんでした。」



そう言っている那岐に、何だか俺は怒れなくて。

それがお前のやり方なんだろう?

どうしたって他の人を守るんだろう?




でも。


それならお前は誰が守るんだ?

誰がお前を守れるんだ?


「…なあ、夜行。」


俺の言葉に那岐が座って俺を見上げる。


話を聞くのも、相手のために出来るだけするのか?

そんなにしてお前が壊れるだろう?

那岐の行動の全部、俺が変わってやりたい。


「…何ですかNEEDさん。」

「俺に術を教えてくれ。」


「え。それは。」

「お前がそうしているのに、何も出来ないのは嫌だ…。」


俺は顔を伏せた。

涙が零れそうだった。

苦しくて、切なくて。


「…。」


那岐が立ち上がって、俺の傍に来る。

そして俺の頬にそっと触れた。


「…すみません。」

「お前が謝る事じゃない。」


その柔らかい指先が、俺の頬を何度も撫でる。

いたわるように、優しく。


「…全部俺のせいですね。」

「俺は。」


鼻声のまま顔を上げると。

那岐は寂しそうに笑っていた。


「…あなたを巻き込むわけにはいきません。」

「でも、もう。」


俺は覚えている。

お前の事を。

忘れる訳ないだろう?



…俺は、お前が好きなんだ。


だから、守らせてほしい。



「…俺が楽しかったから、長引かせてしまった。…すみません。」

「え。」


那岐が背伸びをして、俺に口づけた。

それから俺の口を開いて舌を入れてくる。


初めてのキスに、俺はドキドキして。

そっと那岐の頭を引き寄せる。


那岐は舌先で俺の上あごを撫でた。


…それは何かの図形で。



那岐が、口を離す。

俺は、足に力が入らない。

自分が、地面に倒れたのは分かった。



最後に見たのは。


「…ごめんなさい…。」


そう言って、那岐がぽろぽろと泣いている顔だった。


また、泣くのか?

俺はまた、お前の涙を、止められないの、か?


……那岐……。




























俺の名前は、NEED。


勿論本名じゃない。ハンドルネームだ。


俺は、とあるサイトで小説を書いている。


閲覧数は。

自分で言うのもなんだが、かなりの数で、ファンの子も結構いる。ファンの中には、毎日のようにコメントをくれる子も居て、俺はそれに返したり返さなかったりしている。


自分の本分は小説を書くものだと思っているから、そちらを優先するのは当たり前だし、それでいいと思っている。毎日コメントを返すのも、本当を言えば大分手間がかかるし。

だからサイトの他の人に比べたら、ちょっと手を抜いている感はある。

それでも負けずに、書きこんでくる子も、もちろんいて。

悪いなあと思った時は、渋々返していたりするのだけれど。



その中に一人。

頻繁に書き込んでくるやつが居たのだが。


そいつは此処を退会したのか、俺の履歴には無い。

ファンだったはずなのに、そいつの名前はなかった。

来ていたはずのコメントも綺麗に消えていて。


閲覧にすら名前がなかった。


こんな事ってできるのか?

このサイトって閲覧消せたっけなあ。


俺は頭を掻きながら、煙草をくわえる。



…大体、俺がそいつの名前すら覚えてないってどうよ?

どれだけ年なんだ、俺。


あ~。少しイライラする。

コーヒーを飲んで煙草を吸って落ち着こうかな。



ジッポで煙草に火をつけて、ひと口。

うん、美味い。

それだけで、済んでいたはずなのに。


…そう。最近はいつもここで引っかかる。

この時間に何かがあったはずだと。

まるで俺の前で誰かが煙草を吸っていたみたいに。

自分のじゃない、別の銘柄の匂いが鼻先を掠める。


違和感は、ファンの子の名前を思い出せない時期から連動して起こっている。

だから、名前を思い出したいのに。少しも掠らない。


自慢じゃないが、俺はそんなに人付き合いが良いわけじゃない。

だから、知人でもないだろうと思うのだけど。

知人を思い出さないって、どれだけ悪い記憶装置だよっていう。


仕事仲間じゃ、ない。

数少ない友人でも、ない。


………友人?



あれ。





俺、何で泣いているんだ?






まるで、大事な誰かを無くしたみたいに。








何でだよ?







第一章分、これで終了です。

次からは、第二章分に入ります。


まだ人物が出そろっていませんが、新章でまた出て来ますと思いますので。

…女性、少ないよねW


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