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恋人気分のレエゾンデエトル  作者: 棒王 円
〈十指編・誰かの為に戦う君を〉
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或る雨の日に

  

  

雨がパラパラと降っている。


地元の商店街の古本屋で本を物色していた俺は、店先で手の平を上に向けて雨を確かめる。生憎と今日は傘を持ってきていない。

仕方なく店の軒下で雨宿りをしていこうと決め込んだ。


店のガラスを背にして街中を眺めていると、皆もふいに降って来た雨に戸惑う様に足早に歩いていた。


傘を持っていない女性が、綺麗なスカートを足に纏わせながら走っていく。


俺の好みの長い髪。

ストレートで背中まである黒髪は、残念ながらパーマのかけ過ぎなのか艶がない。

もっときちんと手入れをすれば、美しいだろうに。


そこまで考えて、俺は肩を竦める。

俺の彼女でもないのに、余計なお世話だろう。


溜め息を吐きながら、女性から視線を逸らす。

大体、俺は生まれてからこの方、女性とお付き合いした事なんてないんだ。

通りすがりの女性をこうやって眺めるだけだって多少のテレと抵抗があって。

正面切って見つめるだなんて、そんな勇気もないのは自分で分かっている。


もちろん憧れはあるさ。

俺だって男として生まれたからには、いつかは彼女を作って恋人になって。

人生を謳歌してみたい。


そこまで考えてから、俺は苦笑いを浮かべて、足元に出来た水たまりに目を落とす。


此処まで生きて来て、誰一人、俺の彼女にはなってくれなかった。

それどころか、誰からも好きと告白された事もない。

俺からも、気になる女性に、ついぞ告白をしたことはなかった。




友人になった人は何人かいたし、好きだと思った女性も居たさ。

けれど俺が告白する前に、彼女たちは彼氏を作ったと俺に笑顔で報告をしてきて。


俺は笑って。

「そうか、良かったな。」

なんて、心にもない言葉で彼女たちを見送っちゃって。

胸が苦しくて眠れない夜なんて、嫌になるくらい過ごしたけれど。


その後、彼女たちの話を聞く事もなく、俺は一人で過ごしている。

つまり俺には、良いご縁なんて結ばれちゃいない訳だ。


眼鏡越しに見える街中は、強くなって来た雨で少し煙って見えて。

情けない顔をしているだろう俺の表情を隠すには、もってこいだな。



雨が降っているからと言っても気温は寒くないはずなのに、足元から震えが上がって来る。


俺はこのままずっと。

恋もせず、誰も愛さず、一人で朽ちてゆくのだろうか。


手の平で自分の腕を掴んだけれど、怯えと不快感は俺から立ち去ろうとはしない。

この世には沢山の女性がいるのに、俺の傍には誰一人として、来ない。

親友も幼馴染も結婚をして、奥さんや娘と笑いあっているのに。


俺には握る手もない。


俺の名前を呼ぶ声もない。



ああ。


こんな事を考えてめげているなんて、情けない。

きっとこんなに憂鬱なのは、この雨のせいだ。


くそっ。






思い切って雨の中に駆け出した。


家に帰って、煙草を吸って。

何時も通りに、パソコンを開けよう。


風呂に入って、暖かい珈琲を飲んで。

気持ちが落ち着けば、漠然とした俺の中のこの不安もどこかに消え失せるさ。


商店街の中を俺の足音だけが、水音を立てて響いている。

一人で生きていくのが怖い訳じゃない。

最近走った事のなかった俺の息が、情けないほど上がっていく。

身体のつらさにかこつけて、俺は自分の心から目を逸そうとする。



平凡な容姿の、取り立てて特徴のない普通の男。

外面に努力なんてしたこともないし、する気もない。


人間、中身だろ?

ずっとそう思って生きてきた。

だけど現実はいつだって残酷で、中身を好きになってくれる人なんか現れやしなかった。




オフィス街の大きなビル群を横目に、雨の中を走って小さな古い我が家に辿り着く。

息が上がって言葉も出ないから、俺は口パクで「ただいま。」と言ってみた。


もちろん返事はない。


この家に住んでいるのは、俺だけだ。

唯一の肉親である妹は、もうとっくに嫁に行ってしまって、最近は音沙汰もない。

それでも家に帰ってきたら、つい口から言葉が漏れてしまう。

軋む廊下を濡れた靴下のまま横切って、風呂場に入ってから俺はやるせない大溜め息を吐いた。




…俺だって、彼女欲しいよ。



 



冷えていた身体が温まって、俺はほっとしながらパソコンを起ち上げた。

完全起動をする隙に煙草を咥えて、ジッポで火をつける。カチャリと金属が擦れる音がして、煙草の先から紫煙が上がる。

口の中に苦い味が広がるにつれ、俺の気持ちも落ち着いて来た。


タオルで髪を拭きながら、某有名な小説のサイトにアクセスする。



俺のマイぺには、今日もたくさんのコメントが書き込まれていた。





俺の名前は、NEED。


勿論本名じゃない。ハンドルネームだ。

俺はこのサイトで、四年前からずっと同じ小説を毎日飽きもせずに書き続けているが、いまだに書く事は楽しくて仕方が無い。


ウェブサイトで書く小説は、人気のバロメーターは閲覧数で測られるのが普通だ。

で、俺の小説の閲覧数といえば。

自分で言うのもなんだが、かなり多い方だと思う。

ファンだと言ってくれている人も大勢いてくれて有り難い。

このサイトの中では俺の中身である小説を評価してくれる人がたくさんいて、俺はそれに助けられていたりする。


もちろん。

彼女にして下さいなんて言う奇特な人はいないけどな。


ファンの中には毎日のようにコメントをくれる人も居るが、俺はそれに返事をしたりしなかったり。小説を書くサイトに居るのだから、俺の本分は小説を書くものだと思っていて。

執筆を優先するのは当たり前だし、そうでなければならないと思っている。

ここはあくまでも小説を書く場所で、出会い系じゃないのだから。


けれど。

返事を書いたり書かなかったりの俺の気紛れを気にもせず書きこんでくる子も、中には居て。あんまり書き込まれると、さすがの俺もばつが悪くて。コメントを読んだ日には、返事をぼちぼち返したりはしていた。


それが何人ぐらい居るかな。




 

その中の一人に、那岐なぎという人物がいた。


那岐は男で、どうやら男に好かれているらしい。自分の日記でそんな話を書いているし、俺に相談をしてきた時期もあった。


最初は大変な事だとコメントを返していたが、あまりにも出来過ぎた話に、ネットでのほら話じゃないかと疑いはじめて。

疑問に思ってから改めて那岐の日記を読むと、余りにも悲惨過ぎて有り得なく思えてきたから、頻繁にコメントを返すのは止めにした。


それでも動向は気にかかるから、ついつい那岐の日記を読んでしまっていたが。本人も諦めたのかコメントは少なくなって、俺もコメント履歴に那岐の名前があっても見ない事もあった。

だから、今日。

久しぶりに入っていた那岐のコメントを見てみると、二日も前に受信していた物だった。

何かの質問だったとしても時間が過ぎているから、返さなくてもいいだろうと思って読んだのだが。

那岐はこんな、妙なコメントを入れていた。


〈こんにちは、NEEDさん。

前に、俺に会ってくれると言っていましたが、それは今でも有効でしょうか?


実は俺、来週にNEEDさんのいる○○県に行きます。

用事があって行くのですが、会えませんか?


もし会っていただけるなら、NEEDさんを、静若大社の開口という儀式にお誘いいたします。

NEEDさんの、興味のある事柄だと思うので、お誘いいたしますが、いかがでしょうか?


お返事お待ちいたしております。 那岐。〉



は?


何だ?このコメント。

中二病全開な臭いが、ぷんぷんするのですが?




俺はパソコンを見ながら腕を組んだ。


開口だって?

そんな儀式は聞いた事がない。


俺がサイトで書いているのは、日本の神話を題材にした小説で、そのために結構な量の資料を読み込んでいる。

古い文献も好きで調べているし、古文書も史料館に読みに行ったりもしているから、大体の話は聴いていたつもりだったのだが。


俺の知らない話かもしれないと思いタブレットで調べてみたが、その言葉に引っかかる儀式なんて出て来なかった。



那岐は何を言っている?



今迄にも那岐は中二病全開で、自分の話と称して日記を公開しているが、ここまで分からない話をしてきたことは無かった。


どうするか。


俺はしばらく悩んだ後に、那岐に返事を出してみる事にした。

コメントを返すのは久しぶりだな。



〈那岐くん。


話は嬉しいけど、開口って何かな?

聞いた事がないんだけど?〉


コメントを送ると、五分もしないうちに那岐から返事があった。

確かこのコメントって、二日前だったよなあ?


〈NEEDさん。


開口というのは簡単に言うと、虫干しです。

蔵の中の物を外に出したりして、風を通します。


何時もは封印がしてあって出せないのですが、俺がこちらの業界に戻ったので、依頼がありました。

蔵の中は、重文級や国宝級が入っています。

勿論、一般公開はしていません。俺の友人という事で、同席しませんか?


珍しいものがたくさん見れますよ?〉






…病いかな。病いだろうな。


那岐は並外れて変わった事を書く人物だが。

こんなに嘘っぽい事を書いてくるには、中二病が発動しているのだろう。


もし、このコメントを信用するとしたら。

那岐の周りには、まるでラノベ的な超常現象が起こっている訳で。


残念だが俺はそこまで無邪気じゃないし。

現実にそんな事は起こらないって知っている。


さて。

どう返事をしようか。


俺は煙草を咥えながら思案する。


那岐の日記を信用するなら、男たちに随分モテるほど可愛い男らしい。…本人が言っているのではなくて、その相手の男たちが言っているのを那岐がそのまま書いていて、それを読んだ俺にはそう読み取れるっていうだけだが。


それを見てみたい気もする。

まあ。本当だか怪しいもので。きっと普通の男なんだろうけれど。



ああ。でも。



もし万が一、言っている事が本当だったら。

多分、そんな不思議なものを見られる機会は、俺には二度と無いだろう。


……まあ、いいか。

万が一に賭けてみる訳じゃないが、那岐の愚痴でもリアで聞いてやろうかな。

俺は人助け気分で、那岐に返事を書く。



〈那岐くん。


NEEDは、開いている日ならいいよ?

那岐くんのスケジュールを教えてくれるかな?


それを見て返事をするよ。〉



また、那岐から折り返しの返事がくる。


何時もながら返事が素早いよな、こいつは。

俺からの返事を待っているんだろうか?





返って来たコメントには、此方に来る日が書いてあった。

俺の休みに合わせるのでと、一言も添えてある。


仕事の休みを思い出してみる。

ちょうど、那岐が来ると言っている次の日が休みだ。


休みの日付と時間を書いて。

…どこで待ち合わせるかな。

静若大社って言えば、大きな神社だから近くにはもちろん○Rの駅がある。


そこでいいか。


那岐は初めてかも知れないから、分かり易い場所が良いだろう。

それに。

人がたくさん行き交うから、待ちぼうけを食らわされても暇つぶしくらい出来るだろうし。

那岐が来なかったら、俺だけでもお参りに行こう。


そんな気持ちで、コメントを送る。

当日の9時になる少し前に、改めてコメントを送る約束を書いた。


そこで当日の服装を確認すればいい。

嘘ならそれまでだし、別の美少年をうっかり捉まえちゃうのも嫌だからな。


今迄のやり取りからすると、そこまで那岐を信用しないという訳でもないが。

見知らぬ他人に変わりはない。念のためだ。




那岐からの短い返事が来る。


<NEEDさん。


お返事有難うございます。

お会いできるのを、楽しみにしています。>




……俺も少し楽しみだよ、那岐。






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