#1
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薄明かりのついた廊下に、俺の足音が響き渡る。
仕事が終わりロッカーに行く途中、俺は毎日同じことを願う。
・・・どうか、どうか今日は入っていませんよ〜にッ!
ロッカーを目の前にして、数秒間と立ち尽くす。
覚悟を決めて取っ手に触れる。
するとヒヤッとした感覚が手に残った。
頼むから、入っていないでくれと願いながらロッカーを開く。
キィっと、ロッカーの開いた音が響く。
___その直後。
ガサガサと雪崩の如く落ちて行く手紙の数々が俺の足元を埋める。
「はぁ、ぁあー!また、今日もこんなに…、」
俺、早乙女弘樹は女子生徒から過剰に…………
____モテる。
足元に広がる手紙の数々は、全て女子生徒からの“ラブレター”である。
毎日、毎日ロッカーに入る山のようなラブレターに俺はもうなす術がない。今日も、こんなに大量に…。
「クスクス。大変ですねー、早乙女先生。」
微笑を浮かべながら、佇むこの小柄な女性は青柳 早苗、音楽科の先生だ。ウェーブがかった長い黒髪で、細身で華奢な体、眼鏡の上からでも整った顔立ちが伺える綺麗な女性だ。年は、俺の4つ上で28だったか…。
「ほんとですよ、毎日毎日。もう参っちゃいます。」
「あら、嬉しくないんですか??」
「冗談じゃないですよー。女子生徒は恋愛対象外です!」
早苗先生は、上品でよく笑う花みたいな人だ。
俺はギャーギャー騒がしい子供よりも、こういった品のある綺麗な女性のがよっぽどかタイプだ。
「いま、帰りですか?途中までご一緒しますよ。」
「じゃぁ、お言葉に甘えて。お願いします。」
俺の住んでるアパートは、偶然にも早苗先生の住んでるマンションの隣で、たまたま仕事終わりが同じだと、一緒に帰る。
最初は、話すことなんて無く無言で帰っていたが、回数を重ねることで他愛ない会話を笑いながらする位に至る。
俺が冗談を言ったりすると、早苗先生は必ず笑う。
俺はその眩しい笑顔が好きだったりする。
駅を出て数分歩くと、細い路地を通る。
そこは結構細いため、車が通ると人一人分のスペースしか無くなる。
ふと、早苗先生を壁に追い詰め自分の体を重ねる。
ビクッと早苗先生の体が波打ち、ふわりと微かに香る香水が俺の鼻を刺激した。
「ぁ、ちょっと、どうしたんですか?!」
早苗先生が困惑して焦った声を出す。
俺は黙ったまま早苗先生を抱く。
「ぁの、私困ります…!離して…、!!」
ブゥウウン___!!
その数秒後、俺の背後を車が横切るようにして通る。
「車、轢かれたいんですか?」
パッと肩に回していた手を離し、軽く微笑みながら言った。
「な、…か、からかわないで下さいよ!車ならそうと、言ってくれれば…!!」
「からかったつもりないですが。」
早苗先生は、赤面症だからかこういう時すぐに顔が赤くなる。
俺はその怒った顔も可愛いと感じる時がある。
「もう!さっさと歩きますよ!」
そう言って先を歩く早苗先生の耳元が、真っ赤に染まっているのに笑みが零れる。
「な、何笑ってるんですか?」
“すっげー可愛いって思ったんです”
なんて素直な気持ち、口が裂けても言えないな、と思いながら
俺は前を歩く早苗先生を小走りで追いかけた。
登場されました人物紹介
・早乙女弘樹 24 彼女ナシ。女子生徒から絶大な支持を得ている。
・青柳早苗 28 彼氏ナシ。赤面症で照れ屋。