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閑話 へたれたバルトロメイと明日なき希望を胸に暴走しちゃった仲間達の軌跡

戦いと開墾魂溢れる歴史が連綿と続く武の国バルバッツァ国。

そこに今、新たな歴史が刻まれようとしていた。

それはバルバッツァ国、定期議会中の事だった。


「――お前達、妖精の国を知っているか」


バルバッツァ国王、バルトロメイ・ガルキアが突然言い出したのは。


国王の突然の意味不明な言葉にシンと室内が静まった。

報告書を片手に害獣対策の予算報告を行っていたバッセル・ギルスなど別の意味で黙っている。額に青筋を浮かべて国王を凝視している、その表情から察するに


(テメェ、俺の報告聞いてたか?殺すぞ?)


という感じであろう。

後継者であるレヴァン・ハイブはバッセルの怒りをヒシヒシと感じながらも、会議に参加している面々と顔を見合わせた。次にまじまじとバルトロメイを見た。


「…知っているが…コルテーゼ国のことだろ?」

「そうだ」

「それがどうかしたか?」


レヴァンとデスクを挟んで座っている、気短い性格のディラン・ダンバーが少し苛立たしげに言った。


「………」

「だから何だよ!?言いたい事があるんなら早く言え!」


ディランが今度ははっきりと苛立ちを交える。

バルトロメイはそれを欠片も気にせず、むしろ煽るようにごほんごほんと無意味な咳を繰り出したり、「あー」とか「うー」とかは言わなかったが、地獄の底辺から聞こえてきそうな唸り声を数回上げた後、ようやく言葉を発した。


「…俺もいい年だ。そろそろ、その…つ、妻が…欲しいのだが」


………。

……………。

………勿体ぶった割にはどうでもいいな…


レヴァンは何事かと身構えた事を後悔しながら、もう一度皆と目を見交わした。その迷惑そうな拍子が抜けたような顔といい、大体が自分と似たような感想を抱いているのがわかる。


しかし歯切れが悪い。

臣下というより、気心がしれた仲間に近い彼等を前にしてこのどもりっぷり。


(どうしたんだ?)


レヴァンは今一度王に顔を戻してから続けた。



「……ふーん。いいんじゃないですか。なぁ?」

「まあ、陛下も35だしねぇ」

「…で、ちなみにどこから?決まったお相手がもういらっしゃるのですか?」


バルトロメイの妹であり宰相補佐の一人、ララ・ガルキアが好奇心を滲ませて兄に聞いた。

バルトロメイは女嫌いではないが真面目すぎるのかその手の事に全く奥手だ。朴念仁と称される兄の初めてと言っていい、しかもいきなりの結婚話にやや食い付き気味である。


「あ、いや、その…い、いるにはいる…」


そこまで言ってバルトロメイが若干顔を赤らめて俯いた。


おっさんの照れ顔とか気持ち悪ぅ!(臣下一同心の声)


そんな空気を読んだか知らないがバルトロメイはコホンと意味のない咳払いを一つして小さく声に出した。


「……すまん。やはりいい。何でもない話に付き合わせて悪かった。聞かなかった事にしてくれ」

「えっ」

「ちょここまで言っといて」

「いやいやもういい。バッセル、報告が途中だったな。悪いが仕切り直して最初から話してくれないか」


ええー!と野太い声が聞こえるが


「構いませんが…いいんですか」


バルトロメイはぶんぶんと首を振って更に手も振って答えた。


「忘れてくれ。早く続きを」

「…わかりました。では前回の討伐に使った罠の件ですが…」


なんなの国王…




各々が歯切れの悪い思いを抱えたまま終わった会議。その日の晩。

レヴァンはカンテラと酒瓶を手にブラブラとバルトロメイの私室へと向かっていた。


(おっさんにも春が来るとはなぁ…何迷ってんのか知らないがとっとと身を固めてしまえばいいのに)


バルバッツア国は完全な実力主義の国である。

それは国王の座が多くの国では世襲制であるのに対して実力、能力、精神が一等優れた者が着く事で決まる程。臣下は元より、国民は血統が良いからといった理由で己等の長を決めたりはしない。開墾や戦で鍛えたその魂は一瞬の判断が生死を分ける事がわかっているからである。

なのでその時代時代、武は元より高潔で有能なものが王としてこの国を総べて来た。

血筋が関係ないのでその血縁による後継も必要としない。なので歴代の王は全てとは言わないが他国と比べると割と自由な婚姻を結んできた。後継 (養子が多い)がいるからと、結婚自体、面倒がってしない王もいたくらいだ。

それだけ王の婚姻に重みがない為、バルトロメイの妻云々の話も受け止め方が薄かった。

したきゃすればいいじゃん。ぐらいの軽さだった。


(艶聞の一つどころか女の好みも聞いた事のないおっさんの残念具合だ。どうアプローチしたらいいのかわからんからのあの「妻が欲しい」発言だろう。俺等にどうしたらいいか相談したかったに違いない)


そんな軽さだったが、このところやるとしたら害獣退治しかなく暇、いや余裕のあった臣下達は国王の婚姻話に一致団結して当たる事に、(バルトロメイが退出した会議で)満場一致で合意した。いや決して面白がっているわけでもない事もない。

その第一弾にまずはバルトロメイの意中の君を聞き出す事にし、選ばれたのがレヴァンだった。


「おーいバルトロさん、俺だレヴァン。入るぞ」


レヴァンはバルトロメイの私室のドアを軽くノックし、返事を待たずに開けた。見回すと当人の姿がない。


「どこ行ったんだあの人…ん?」


応接室と執務室を兼ねた部屋のデスクに酒とカンテラを置くと、一筆された一枚の紙が目に入った。

何気なくその紙を手に取り、文字を読んだレヴァン。


「グリセルダ・アデレード・コルテーゼ…」


グリセルダ・アデレード・コルテーゼ…


ぐりせるだ・あでれーど・こるてーぜ


あれ…どっかで聞いた事のある単語だな。一番わかる単語はコルテーゼだ。コルテーゼつったら妖精の国の名前だな。こんな致命、いや地名があったかな。もしかしてコルテーゼ国のグリセルダ・アデレード地方とやらに何かある…わけねぇ知らんそんなん別の何かのコルテーゼじゃねしかし俺の脳がさっきから否定したがってるが確かコルテーゼを姓として名乗る王族があっ王族って言っちまったそういやおっさん嫁が欲しいっていや妻だっか?一緒だよそれ!えそれってつまりそしてこれはいや違うってやめろや俺んなわけねぇっていくらなんでも殿下を嫁あっ殿下って言っちまったでもコレ第二王女殿下の名ま


「どうしたレヴァン。何か用か?」


混乱の極地に叩き落とされ翻弄されているレヴァンに背後から声が掛かった。

ギギギギ、と機械仕掛けの人形のように振り返るレヴァン。

バルトロメイはその手にある一枚の紙切れを目にすると驚きに目を見張った。


「おおおおおおおおおっささささんんんこここここコレ…」


震える声でどもりながら、何かの間違いだよなと続けて言おうとしたレヴァンであったが、バルトロメイの様子にその思いは霧散した。

国王はレヴァンの手にした紙切れが何なのか理解すると…

朱に染まった。

それはもう顔ばかりか耳、首筋、果ては腕までも。


「あ…いや、それは…ちっ違う…違うんだ!そうじゃなくてお前が思ってる事ではない!ごっ誤解!そう誤解なんだ!これはそのっ…つい書いてしまっただけであって、いやそうではなく!」


まるで浮気して発覚した亭主の様な言動を繰り返す国王独身35歳。に決定打を貰ってしまったレヴァンは、


「……………………………」


無言で走り去ってしまった。


「レヴァン…せめて紙は置いて行け」


後には引き止めようと上げた手を下ろして肩を下げた国王の姿があった。

追いかける気力もなく、深いため息をついたバルトロメイは、自室の扉を閉めながらふと途轍もなく嫌な予感を感じた。

今、まさにここで手を打って置かないと後には引けないようなそんな予感が。


「俺の人生が掛かっているような…いや、いや…気の回し過ぎだろう。それより明日はあいつ等にさんざん笑われるのだろうな…」


一気に憂鬱な気分になり、バルトロメイはレヴァンが置いていった酒を行儀悪く直接飲む。

どさりと大柄な体を椅子に預けると頭を抱えた。口から洩れるのは後悔の言葉と重いため息のみ。


全ては偶然だった。

バルトロメイが偶々港に視察に行った時、偶々新しく出来上がった巡視船がささやかながら進水式をしてる所に出くわした。そしてそこに偶々かつての同僚が式典に参加しており、旧知の友としてバルトロメイも参加した。突然の国王の参加に最高に気分の乗った乗組員達は調子に乗って外海へと進んだ。偶々その港は気に食わない隣国、デル・プレト皇国にもっとも接している事もあって簡単に近づけたのである。海岸線を遠目に見、そろそろ帰るかとなった時乗組員の一人が呟いた。


「あれ…妖精じゃないか?」


ピタリ。

ごく小さな呟きであったのにもかかわらず、バルトロメイ以下乗組員全員が動きを止める。その一拍後、全員が持ち場を離れ船の片側に殺到した。


「どこだっ!妖精はどこにいる!」

「あっいた!おおおおお!ありゃ王女様じゃないか!?」

「なにっ!俺にも双眼鏡寄越せ!」

「視察か!?お忍びか?いやそんな事どうでもいい!ラッキー!俺達ツイてる!」

「なんて可憐なお姿だ…」

「後光が差して見える…」


ぎゃいぎゃい騒いだと思ったら遂には拝みだした乗組員達に苦笑して、どんなお方なのだろうと好奇心が湧いたバルトロメイは偶々持っていた単眼鏡で王女を探した。

ぼやけた視界が次第にはっきりしてくる。最初恐ろしいほど華奢な白い手が見えた。徐々に胸元を上がり、細い首にバルトロメイからはなんの用途でなんの素材で出来ているのか皆目わからない優美なストールが映る。ふんわりとした薄い金の髪がゆれたと思ったら―――


(…………これは)


王女はバルトロメイが想像だにしないほど美しかった。小さな白い顔には優しげな頬笑みを浮かべ、手には薄いという単語しか浮かばないような日傘を持っている。自分の片手で掴めそうな細い腰。そよ風が彼女のドレスをふわりと撫で、何というかもう


(可愛い可愛い可愛い可愛いものすごく可愛い。可愛いというかもうなんか可愛い。だからもっと上手くいえんのか…うん可愛い)


何をどうしても「可愛い」という単語しか出てこなくなったバルトロメイは、その可憐で儚さそうな王女の姿を彼女がその場所を去るまで見つめ続けた。

それからどうやって帰ってきたのか知らないが気がつくと茫然としたまま自室にいて、手にはまだ単眼鏡を持っていた。

それから数日は何度も何度も王女の姿を脳内で再生し続けぼけーとしては部下達に怒鳴られ、夜は夜で夢に出てくる王女。願望がそうさせているのか絶対ないが何か自分に向って話しかけてくる。必死でその言葉を拾い上げようとするが王女の声は無音だった。当然だ。聞いた事がないのだから。

朝起きた時のなんとも胸苦しい気分といったら、泥酔後の二日酔いよりひどい。


どうしよう…好きに…いやこれは…愛してしまった。きっと。


恐らく脳筋で、口下手で、どこをどう切り取っても真面目で面白みのなく、戦闘と戦略は得意でも、「この唐変朴!空気読めボケ!ウドの大木!」と数少ない付き合いのあった女性から罵られた事のある、異性との機微が全く分からない自分が。

もっといえば国王という面倒事を周囲から押し付けられ、ぐだぐだしているうちに勝手に採決されなんとなく国王になってしまった、頼まれるといやとは言えない気弱な自分が。

たぶん20は歳の離れた35のおっさんが。35はおっさんじゃないと意を決して言いたいが推定10代の彼女からみれば充分おっさんだろう。

そんな自分と、言葉すら交わした事も、ましては面識すら、いやいや国同士の交流すらない憧れの妖精の国の王女。


無理。


無理だ無理無理。どこからどう考えても俺の想いは終わってる。始まった瞬間から終わってるんだ。


個人どころか、交流さえない他国の国王が己の事を想って身悶えしてるなど、当の王女は夢にも思うまい。ていうか知らないで欲しい。自分でも気持ち悪いとか思ってるから。でも自己完結してるから想うだけは許して欲しい。


早々に諦めてしまったバルトロメイ。だが引き摺る性格なのか粘着体質なのかその後も王女の事を調べたり、相変わらず夢を見続け(彼女が夢で言ってるのは「気持ち悪いんだよおっさん」かもしれない)と何も始まってないのに落ち込んだり、挙句の果てには追い詰められて絶望した恋心が暴走、もしかして国王という立場なら何とかなるかも!と頑張って会議で発言してみたものの余りに高望み、かつ実現するわけがないと現実に帰り、結局何時ものように尻つぼみに終わってしたりしている。

追い討ちをかけるように想いの行き場がなくつい書いてしまった王女の名をレヴァンに見られてしまった。しかも持っていかれた。今頃部下達全員に行き渡ってるに違いない。


情けない。本当に情けない。お前はこの大陸で比類なき軍事大国の王なんだぞ。10万は超える兵と最新鋭の兵器、戦術、兵站。領土は資源豊富で華やかさはないが気のいい国民。自分だって経験豊富で成熟した大人の男だ。


――唯の脳筋で金だけはあるおっさんじゃねーか


うぉぉおレヴァンのツッコミが聞こえた!!(幻聴)…本当だレヴァンの言うとおりだ!!(幻聴)


バルトロメイは酒を煽ろうとして既に空になっている事に気づく。ため息をついて瓶を机に置き、椅子に深く座り直した。


もうこんな情けない男なんて早く引退してレヴァンに継いでもらった方がいいのではないか。部下達や国民もその方がいいかもしれない。うう、もういやだどうしよう。こんなに苦しいのにやっぱり諦められない。彼女が好きだ。愛してる。もう死にたい。ああ情けない。


顔を上げると真正面の窓から月が見えた。綺麗に真円を描く満月だ。


(彼女も同じ月を見ているだろうか。だったら…嬉しいのだが)


――乙女かっ!気持ち悪いんだよおっさん!


またレヴァンのツッコミが聞こえた!(幻聴)…本当だ気持悪いな(同意)


バルトロメイはまたため息をつくと、明かりを落としてから寝室に入り、のそのそと夜着に着替え寝床に入った。今夜も王女の夢を見るだろうか。そして思った。


ああ…明日仕事休みたい…

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