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悲喜交交・・・されど塗抹詩書!!

グリセルダがモヤッとしたものを抱えながら終わった晩餐会の2日後、婚姻の儀を明日に控え、今宵は披露目の夜会が開かれていた。夜、寝る間も惜しんで詰めたり準備をしたりして疲れはピークに達してはいたがさすが王族、グリセルダは一切それを見せずに和やかに談笑していた。相手は


「私は王女を幼い頃から知っていまして、こうやってお淑やかにしていますが中々に冒険心に富んだ女性なんですよ。我々は何度その行動力に驚かされたか」


隣国デル・プレト皇国から祝いに駆けつけた使者、皇王ギルバートの弟マクスウェル。


「…そうなのですか」


そしてもう一人、グリセルダの微妙過ぎる印象の使者、ルカ・バーリン。


「国王陛下がお転婆な王女を気に入るといいのですが。その点だけが心配でして」

「…大丈夫だと思います」

「でも反面とても心優しく思いやりに溢れた貴婦人です。王女ならきっとバルバッツァ国王陛下を支え、立派に王妃を務める事と思います」

「…私もそう思います」

「それはよかった」

「…ええ」

「………」

「………」


………………。


何度話しても反応が薄いため微妙な沈黙が流れる。

最初、偶然ルカに目を止めたマクスウェルにグリセルダは紹介するには渋るものがあったのだが、その微妙さを上手く説明できないまま、乞われるがままにルカと引き合わせたのだった。

しかしながら、というか予想通りというかその会話は開始した当初から難渋な様相を呈していた。

これではいけないとグリセルダは焦った。もしかして使者のルカ・バーリンは人見知りする性格なのかもしれない。しかしそれを踏まえてもこの不愛想な反応は使者としてどうかと思うのだが。他の使者はもう少しいやかなり如才なく振舞っているのだが…いやそれとも交流を意図的に絶っているらしいデル・プレト皇国の、しかも皇族に警戒しているのかもしれない。ヌボーとして見えても軍人だし。


(…堅苦しくせずもっと砕けた感じがよいのかも)


取り敢えず少しでも政治的な話題は避け、当たり障りのない話をしてみる事にする。


「マクスウェル様ったら褒めすぎです」

「本当の事だよ。君の事をよく知ってる私だから言うんだ。でももう少々大人しくてもいいかな」

「まぁ。褒めてる振りをして実はけなしてるんですのね」

「バレたか」


ハハハ、ウフフと二人は笑いあった。が、すぐにルカ・バーリンがちっとも笑っていないのに気付く。

グリセルダとマクスウェルの笑顔が凍りついた。


「………」

「………」

「………」


微妙どころではない重たい沈黙が流れる。

ルカ・バーリンの方を窺うが鼻先まで伸びた前髪が邪魔でどんな表情をしているのか全く推測できない。


(どうしよう。仲良くし過ぎたのかしら。どこかおかしい個所あった?)


先ほどの短い会話に何か使者の不興を買う所があったのか思い返してみたがそれらしきものはなかった。いやそんな事より今はこの場をどう切り抜けるか…焦るグリセルダに救いの手が―――


「ごきげんようマクスウェル兄様!」


来なかった。


「エウフェミーナ…」

「やぁ、エウフェミーナ。久しぶりだね」

「本当ですわ。マクスウェル兄様ったら、お手紙ばかりでちっともお会いに来て下さらないんですもの」

「ごめんごめん」

「謝っただけでは許しませんわ」


ぷうと頬を膨らませ、わざと拗ねてるようにおどけるエウフェミーナは、姉の欲目から見ても可愛らしい。だが、この微妙過ぎる空気の中では爆弾を抱えているかのような不安をグリセルダに抱かせた。

目の前ではマクスウェルとエウフェミーナが、年下の幼馴染の機嫌を笑いながらとってやる、気のいい年上の幼馴染という図が展開されているが、他者から見れば自分の知らない話題で盛り上がる不愉快な図になるかもしれない。実際、ルカの空気が冷え切っている。


(こ、これは、いけない!)


「マクスウェル様はお忙しい身の上なのよ、そんな事を言ってはお困りなるでしょう。バーリン殿は御身内に」

「あら、お姉様だって寂しいって言ってたじゃありませんか」


やんわりと話の流れを変えようとしたグリセルダに、妹からまさかのカウンターが返って来た。


(言ってませんけど!そうねって相槌打っただけでしょ!)


「……ほお?」


ルカがポツリと言った。

あまりに小声だったので他の人は聞こえなかったらしいが、不穏な低い声は隣にいたグリセルダには聞こえた。

その声に何故か背筋が寒くなる。


「あ、あのマクスウェル様とはお父様同士が仲が良く、幼い頃は兄弟姉妹共々とても良くしていただいていまして」

「……なるほど」

「まるで本当のお兄様のように今でもお付き合いが」

「……そうですか」

「いえ、ですから」

「…………」


なぜ自分がこんな言い訳を使者にしなくてはならないだろうか。疑問に思うが焦れば焦るほど言葉は上滑りし、ルカの返事も不穏さが増してくる。が、更に


「ねえマクスウェル兄様!兄様もグリセルダ姉様が嫁いでしまってお寂しいでしょ!」


冷たい汗を掻くグリセルダに横合いから追撃が加わった。


(この子は何て事言うの!)


「うん?」


さすがにマクスウェルが怪訝そうにエウフェミーナを見た。というか先ほどからルカにも訝しげな視線を向けている。


「だってお二人が婚約していたって聞きましたから」

「…小さい頃の話しだよ」

「お会いになれば片時もお傍を離れなかったとか」

「…小さい頃の話よ」

「私、とってもロマンチックだなって」

「…小さい頃の話だね」

「お二人があんまりお似合いだから――」


―――ピシッ


その時確かに何かのヒビが入る音がした。

聞こえた。三人とも。

グリセルダは青い顔でルカを見上げた。

目に見える範疇でルカに何ら変わりはない。相変わらず長い前髪から目は見えず、薄い唇は結んだまま。手にはグラスを持ち、背の低いグリセルダ達に合わせるように軽く俯いている。だが何かが、何かが、その大きな体躯から何かが漏れ出ている。

さすがのエウフェミーナも黙った。いち早く立ち直ったマクスウェルが何か声を掛けようとした瞬間。


「お話の途中申し訳ありません、殿下方」


静かな声が割って入った。

グリセルダが声のした方を向くと使者のバッセル・ギルスとディラン・ダンバーが連れ立って立っていた。


「……なんでしょうか?」

「お話を遮るのも申し訳ないですが、ルカを借りるのもご容赦下さい。明日の事で団長がどうしても今、ルカに確認したい事があると」


2人はルカを連れ出す事をバッセルは生真面目な顔で、ディランはにこやかに笑って告げた。


「…そうですの。わたくし達は構いませんわ。バーリン殿、また後で」


何だかわからないが何とかなったのに安心して、グリセルダは声が震えないようにするのに必死だ。

ルカは黙ったままだったが


「……では後ほど」


低い声で言うと礼をして2人と去って行った。

…そのルカの両脇をバッセルとディランが異様にぴったりとくっついているのが気になる。


「やっぱりあの使者変よ」


エウフェミーナが確信したようにきっぱり言った。

その声に我に返る。怒りも。


「エウフェミーナ…」


姉からめったに出ない、硬く、冷たい声にエウフェミーナの細い肩がビクッと跳ねた。


「貴女には後でお話があります。後で必ず時間を取って頂戴ね」

「お、お姉様、あの」

「必ず時間を頂戴ね」

「……はい」


グリセルダは良い子のお返事をしたエウフェミーナを回収させるため、ジュリオに合図を送った。


「エフィはどうしたんだい?随分攻撃的だったね」


傍からは見えないが、引き摺られるようにジュリオに連れて行かれるエウフェミーナを見送って、マクスウェルがおかしそうに言った。

人前もあるので言葉を濁しながらグリセルダが説明すると、クックックッと控えめに笑った。


「他人事だと思って」

「いやいや何を言うんだ。私は大役を仰せつかってここに居るんだよ?心証を悪くされたら私にだって災難だ」

「本当に…ごめんなさいマクスウェル様。ここまでするともう笑い事では済まされなくなるわ」


思わずため息がグリセルダから漏れた。


「エフィなりに何か気になる事でもあるのかな?やっぱりとか言っていただろう」

「…さぁ。…ちょっとマクスウェル様?変に探ろうとしないで下さい」

「情報は多ければ多い程よろしいとは思わないかい?」


見掛けの王子様然とした容姿に反してマクスウェルは図太い神経と狡猾な精神の持ち主だ。それを知っているグリセルダは用心深く応える。


「小さな子の情報まで当てになさるなんて」

「子供の鋭い感性をバカにしてはいけないな。まぁ不確かなカンよりもっと有益な事に時間を割くのは道理だ。と言うわけであちらの使者殿にご紹介戴けるかな?グリセルダ王女殿下」

「喜んでマクスウェル大公殿下」


マクスウェルが差し出した右腕を澄ました様にグリセルダが取る。しばし笑い合って2人はまた人の波に入って行った。


その後の夜会は何事もなく盛況のうちに終わり、疲れた体を鞭打ってエウフェミーナに説教をした。そして明日のスケジュールを確認して漸くグリセルダはベッドに潜り込み、夢も見ない眠りに就いた。




翌日。


雲一つない晴れ渡った冬の空。

壮麗な広間にグリセルダの誓いの言葉が響く。


「わたくし、グリセルダ・アデリード・コルテーゼはコルテーゼに生まれ育まれた慈愛と協調の精神を持ち、またコルテーゼの一人としての誇りを忘れず、新たなる友好国バルバッツァ大国との友愛の礎として誠心誠意務める事をここに誓います」


婚姻の儀に参じた貴族、祝いに訪れた他の友好国の使者団、最前列に並んだバルバッツァ国の使者団が見守る中、中央に2人並んで立つガイウス王とアリエル王妃に向かってグリセルダは深く、深く頭を下げた。


親愛と感謝と別れの悲しみをたくさん込めて。


今日、グリセルダは18年間泣き、笑い、愛しんだコルテーゼを去る。

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