揣摩臆測にて茫然自失・・・
何度かの親書のやり取りを続け分かった事、
それは彼の国が華やかで洗練されたコルテーゼ国と違って改めてみても武の国である。という事だ。
北の厳しい天候とそびえ立つ山々、深く広大な森林と雄大な河川はそこに住まう人々を自然と逞しくした。
近隣国と比べ長い手足に高い身長。鍛えた体に宿る強靭な精神。資源や物産は潤沢でも生活は質実剛健そのもので質素で物静かな暮らしだそうだ。しかしひとたび戦となれば先陣を切って奔る国王を始め、軍事色の強い政治、臣下、国民も皆猛者揃いと言う。…少しばかり逞しくなってしまった感もない印象だ。
しかしそのかわりに面白みに欠けるというか娯楽関係には疎いようだ。これはもう風土と国民性の違いとしか言えないが、どちらかといえば温暖な気候と陽気な気風を持ち、芸術方面で多肢にわたって発展してきたコルテーゼ国としてはそこは少々物足りない国である。
「あんな陰気な脳筋国なんてダメよ!!」
コルテーゼ国王の執務室に第3王女エウフェミーナの怒号が響き渡った
今回この婚姻に唯一反対しているエウフェミーナ。兄弟の中でも一番に楽しくて華やかな事が大好きでそれとは対照的とも言える(エウフェミーナ印象)暗くてじめじめしていて(エウフェミーナ又聞き)野蛮な武器を振り回す大柄な外国人ども(エウフェミーナ結論)が気に入らない。彼女の幼い頃から夢見た結婚相手はスラリとした体躯に煌びやかな笑顔、洗練された物腰に美辞麗句がすらすらと…要するに絵物語のような王子様がタイプだ。大好きなグリセルダ姉にも当然そう言った相手が相応しいと思い込んでいる。なので、
暑苦しい筋肉にそびえ立つ長身。
意志の強そうな厳つい顔には愛想笑いさえ浮かばず。
軍人然とした重い態度。おまけに
必要事項以外は開かぬという無口さ。
という噂の(あくまで噂)バルバッツァ国王に―――
我慢できるはずがなかった。
「エウフェミーナ、バルバッツァ国王からの親書を私も伺うってみたが噂ほどではないよ」
「皇王様のような?」
第一王女であったアンジェリカの夫君、現デル・プレト皇王ギルバートはバルバッツァ国王にとっては不運な事に・・非常に美貌を謳われた貴人だ。
「そんな比較は失礼なのでできない。でもけしてお姿は悪くはない、と聞いている。性格も…温厚で…ええと礼儀正しい…お方だ。らしい」
「何よその間。らしいって何」
「…とにかく良い…そう滅多にいない逸材…と、とにかく!とにかく素晴らしいお方だ!」
「そんなに推すならバルト兄様が正妃になれば!」
「男の私がなれるか!」
「グリセルダ姉様はまだ18ですのよ!?どんなロリコンなの!汚らわしい!」
「…何を言っている、アンジェリカは17で」
「お父様酷いわ!お姉様がどうなってもいいのね!人でなし!人売り!」
「人聞きの悪い事を申すな!」
「エウフェミーナいい加減にしないか!もう婚姻は成立したも同然!これは決定事項だ!お前如きが口を挟む事柄ではない!」
「ダニエル兄様まで酷い!国の為ならお姉様が不幸な目にあってもいいというのね!
「ふっ不幸になるなどと縁起でもない事を」
「本当に本当に!?本当にそう思ってる!?」
この縁談話が上がってからというもの、誰しも大小の差はあれ不安を感じているので鬼の如く詰め寄る第三王女の剣幕に男三人はたじろいだ。しかしここで僅かにでも怯むわけにはいかない。
「不幸になると決まったわけでもない!」
「あの大国の正妃だぞ!王族としてこれ以上は望むべくはない良縁だ!」
「もうよさんか!バルバッツァ国王との婚姻は決まったのだ!四の五の言うでない!」
大の男たちがたかが14の小娘に声を張り上げて反論するとはいささか情けない様がある。しかし末娘も負けていなかった。
「何よ皆して!たとえ神が許そうとも40歳の脳筋国王なんて絶対、絶対、絶対許さない!」
ちなみにバルバッツァ国王は35だ。40ではない。
「気のせいかしら、エフィの叫び声が聞こえるわ」
グリセルダはカップを持つ手を止め、首を傾げた。
「エフィーは姉上の婚姻に大反対してましたから。多分、父上と兄上達と全面対決しているのでしょう」
グリセルダの向かいに座った弟、第三王子ジュリオが我関せずといった風に微笑んだ。ちなみにエウフェミーナとは双子の姉弟である。
「そんなに嫌がっているの?」
「はい。彼女の支離滅裂な罵声を掻き集めると『ロリコンのクソ面白みの無いマッスルじじぃに何故若くて可愛くて教養高い姉上が嫁がねばならないのだ断固拒否だ!』と言ってました」
「ロリコン・・マッスルじじぃ・・・」
妹の語彙の酷さ、いや豊かさにグリセルダは呆れた。
気性の荒いエウフェミーナが相手ではさぞ父上達も手を焼いているだろう。しかし、当たり前だが折れる訳にはいかない。もう了承の返事をしてしまったし今後の国交が掛かっているのだ。これで不審な動きでもしてしまったら相手にどんな手を入れられるか。しかもあの軍事力で鳴らすバルバッツァ国である。下手したら襲撃、いや最悪にも戦争、併合なんて事になるかもしれない。そうなれば友好国であるデル・プレト皇国を巻き込んでの泥沼な展開にすら発展するかもしれないのだ。国を絡めての婚姻となれば細心の注意をはらってしかるべきだ。そう…これから婚姻を結ぼうとしている相手だが真に何を考えているかわかったものではない。
「当事者のわたくしが言うのもなんだけど大変ねぇ」
「エフィーは夢見がちなおバカですから。」
「まぁ…フフフ。エフィは良い子よ。ちょっと思い込みが激しいだけだわ」
「エフィには王族としての義務感が欠けていますし、感情を抑える事を学ばなければなりません」
ジュリオはキッパリと言い切った。それになんと返して良いのか・・困ったようにグリセルダは笑った。
年の離れた双子を家族皆で甘やかしてしまった自覚がある手前何と返してよいものか…
「変に拗れないといいのだけど・・・」
妹の心と父達の心を思いやってグリセルダの胸が痛む。グリセルダは忙しい時間をぬってなんとか妹を説得することに決めた。
何とはなしに窓の外を見ると木々の紅葉が美しい。婚姻の儀はすぐ間近に迫っていた。
「なんですって!そ、それでエフィは大丈夫なの!?」
全面対決から三日後の深夜、寝ていたグリセルダはジゼルに叩き起され、とんでもない事を聞かされた。
エウフェミーナが夜半に城を抜け出し、途中誤って水堀に落ちてしまったのだ。9月も末日とはいえ夜半は冷える。
「水がクッションになって外傷はないようですが、なにぶんこの季節ですから。高熱を出していらっしゃるようで…肺炎も引き起こしてる可能性も」
青い顔で報告するジぜルに、呻き声も露わにグリセルダは夜着の上から分厚いガウンを羽織り、靴下を履いた足をこれまた分厚い室内履きに入れた。
「誰か付いているの」
「只今は王妃殿下と医師が」
「わたくしも参ります。付いてきてジゼル」
「かしこまりました」
グリセルダが騎士達に先導されて着いた妹の部屋の前には、既に報を聞いた父や兄達の姿があった。そればかりではなく宰相や大臣、侍従達の姿も見える。
「お父様」
「グリセルダか。ああ・・何て事だ」
「お父様、何故お部屋に入らないのです」
「エウフェミーナに拒まれた」
「なんですって…」
疲れたように顔を擦る父に言葉も出ない。兄達の方を見やるとこちらも暗い顔をして首を振っている。
「わたくし、入ってもよろしいかしら」
「ああ、頼む。何とか…元気づけてくれ」
「大丈夫ですわよお父様。エフィは丈夫な子です。私では危ういかもしれませんがあの子の丈夫さは折り紙付きです」
「だと…いいのだが…」
「何時までもこんな寒い所に立っていてもどうなるものでもありません。お父様達もお風邪を引いてしまいますわ。どうぞ隣室でお待ち下さい。ジゼル、お茶を用意して差し上げて」
「かしこまりました。殿下」
グリセルダは兄達に付き添われて隣室に入る父の後ろ姿にため息をこらえると、そっと妹の部屋のドアを開けた。
入ってすぐの居間には何人かの侍女と看護人の姿が見える。目が合った何人かに頷いてから開いたままになっている寝室へと向かった。頼りない燭台の火がユラユラ揺れる中、寝台に腰掛ける母と反対側に立つ医師、その隣で心配げに眉を寄せる弟と…真っ赤な顔をしてうんうん唸る妹がいた。
「お母様」
母はグリセルダの声に振り向くと微かに笑った。
「エフィーの容態はどうなんですの?」
「熱が下がらなくて。それどころかどんどん上がってきているの」
「…」
「心配しないで。医師は大丈夫だと」
グリセルダはホッと一息ついた。
「意識はありますの?」
「少し…うわ言のような」
「何と」
「『のうきんはだめだ』と…何の事かしら?貴女知ってる?」
「…いえ、わたくしも知りませんわ」
この子は…グリセルダは呆れた視線を妹にやってからため息をついた。妹の意固地な性格に怒りを通り越したようだ。
「わたくし、お父様達に話してきますわ。ジュリオ、こちらにいらっしゃい。それともエフィに付いている?」
「勿論です姉上。僕はこの大バカのバカが目を覚ましたら言いたいことが山ほどあるのでここから動きたくありません」
眉間い皺を寄せた顔は父と兄達にそっくりだ。特大の雷を落とそうとしている顔だ。
「…そう。じゃあお願いね」
「お任せ下さい。ぎゅうぎゅうに絞り込んでみせます」
「……」
グリセルダは来た時よりも静かに部屋を出た。
またまたため息が漏れる。
ただでさえ時間のない時だ。毎日やる事が本当に山ほどある。婚姻の義に招待する貴族のリスト作りに披露目に当たるの夜会のセッティング。使者の持て成しにお祝いの品のリスト、その返礼。法律の手続きに、両国で交わす書状作りに、彼の国の(与えられた情報だが)慣習や歴史の勉強。膨大な荷物の選別、道中での差配。おかげで常に寝不足だ。そんな時にこの騒動。正直勘弁してくれと言いたい。
今回エフィのこの行動は勿論婚姻の邪魔をする事だろう。はっきり言って子供の癇癪そのものである。
(皆に心配かけて…本当にしょうもない子だわ。ここはきっちり話をつけなくては)
グリセルダは痛むこめかみをグリグリと揉んでから父達の待つ隣室へと足を向けた。
こうして使者達を迎えるこの二ヶ月というものバタバタと時は慌ただしく過ぎていった。
漸くというか何というかまだ始めの段階なのにやっとここまで来たかと感慨も深い。
(長いようで短いという意味を身をもって体験したわ)
「開けてちょうだい」
桃色のドレスを淑やかに着こなしたグリセルダは謁見室の王族専用の扉を抑えて立つ近衛兵達に向かって頷いた。
「コルテーゼ国第2王女、グリセルダ殿下入場にございます!」
近衛兵が高らかに告げる。
(さ、待つのは幸せに紡ぐ金の糸かしら、それとも胡乱な黒の荒縄かしら)