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 目覚めてみると、昨日の雨がウソのように晴れ、梅雨空続きでちょっとご無沙汰だった、すっきりとした青空が広がっていた。千尋からは、メールも電話もなかった。まあ、別にいいさ。朝食のトーストをかじりながらそこまで考えて、ふと気づいた。俺はもしかして、千尋からの連絡を待っていたのだろうか。なぜ、寝付くまで何度も、ケータイの画面を気にしていたのか、自分の理解不能な行動の真意を覚って愕然とした。俺も、大概のバカだ。とっとと気づけば、こっちから連絡したってよかったんだ。ちらりと時計を見る。クラスマッチの集合時間に間に合うように家を出るには、いつもよりずっと早い時間に出かけなければならない。まだ寝ているだろうか、準備や何かで忙しいだろうか。競技が落ち着いたら……いや、そうなると授業中か。夕方、連絡を取ってみよう。けれど、そうして、なんて言えばいい? 置き去りにして、ごめん、って? 電車を見送っていた千尋に、気付いていなかった、という体の方がいいだろうか。昨日以上の苛々に、胃が締め付けられる。自分の不甲斐なさや卑怯さを目前に突き付けられて。


 俺のどん底な気分と裏腹に、クラスマッチが行われる、市の総合体育館は浮かれたムードに包まれていた。教師はクラスの対抗意識を煽り、勝ち負けに一喜一憂する空気はあるが、実際は親睦を深めるためのお祭り騒ぎ。クラスごとに旗を作り、揃いのTシャツを着る。二、三年生は慣れたもの、女子は大きめのリボンをふわふわとカールした髪に飾り、ラメ入りのモールで飾られた手製のうちわを持つ。服装や風紀にうるさい先生たちも、余程奇抜な格好をしてさえいなければ、この日ばかりは無礼講といった態度で見過ごす。元々運動は得意じゃないし、それは、俺だけじゃなく、一組のヤツラのほとんどがそうだろう。いや、例外がいる。元バレー部だったという高城と、須貝。高城に至っては、部長でエースアタッカーだった、と。バレーの出場選手は、バカみたいに昼休みや放課後にまで練習をしていた。担任の椎野もバレー部の副顧問で、やたらとバレーに肩入れしていた。なので、男子競技はサッカーよりもバレーの方が、クラスの中心っぽい扱いになっていた。たかがクラスマッチに。くだらねえ。こうして体育館の観覧席に座っている事すらくだらねえ。なんて無駄な一日だ。そんな風にモヤモヤとしながら、同じ一組の奴らが固まってキープしている一角の席で靴ひもをなおしていると、視界の隅を、同じ一組の真紅のTシャツを着たやつが階段式の通路を一気に降りていった。最前列の座席に持っていた荷物を置き、神崎となにか一言二言言葉を交わし、アリーナを背に、クラスの奴らに向き直って、見上げながら話し始めた。


「みんな、おはよう。今日の試合の組み合わせが決まりました。一組で一番早い試合が、女子バスケで――」


 え、誰だ? と思ったのも一瞬。声や話し方、その内容は、まぎれもなく委員長のもの。顔にかかる長めの髪ははちまきですっきりと上げ、黒縁の眼鏡を外している。いつも、おどおどと背を丸めている印象だが、胸を張って凛として立つ。もやっぽい、オタクだと思っていた。いじめられがちな、暗いヤツだと。黒目がちの目がキラキラして、白く細い顎の上、鮮やかな色の唇が言葉を紡ぐ。百人中九十人以上が、美少年だと評するだろう。こんな、整った顔をしていたのか。佐倉。すぐ後ろの席の女子が、小さく歓声を上げてクスクスと笑う。なんで、今日、そんないつもと違った格好を? お前もお祭り騒ぎに便乗か。俺が今、最悪な気分だったとして、佐倉には何の関係もない。けれど、蓬泉の特進でトップの成績のヤツが、俺より上のヤツが、この軽薄っぷりはなんなんだ。そんなだから、啓徳にバカにされるんじゃないか。胸の内に、理不尽などす黒い炎が燃え上がる。佐倉は、クラスの連中の反応に気付いて、不審そうに眉を寄せ、自分の胸元や腕を気にし始めた。


「何? イベントで気合入っちゃった系?」


「いいだろ、別に」


 半分ふざけたように声を掛けると、数人のクスっと吹き出す声が続いた。最前列、佐倉の立つ、すぐ斜め前に座っていた神崎が、ばっと立ち上がって俺を睨んでそう言った。はいはい、副委員長様もそっちの味方ですよね。うんざりして見ていると、テンション高く佐倉に話しかけている神崎に対し、佐倉は青白くひきつった表情に変わっていく。無理やり口角を上げて何か一言発して、泣きそうな、苦しそうな表情で階段を駆け上がって行ってしまった。


「戸川君、佐倉君に謝ったら?」


 背後の女子の言葉に、憮然と振り返った。え、なんだよ、俺のせいか? お前らだって、笑ったりしていたじゃないか。佐倉と入れ違うように高城が降りてきて、眉をしかめて神崎と言葉を交わすと、二人で佐倉の後を追うように行ってしまった。

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