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 県庁所在地の中心部からわずかにずれた場所にある蓬泉の周辺には学校が多い。小中学校も徒歩数分の場所にあるが、複数の高校と大学、専門学校も。そのほとんどの学生が同じ駅を使うので、登下校の時間、駅前はごった返す。それぞれの制服を、様々な思いで身に包んだ生徒たちの群れ。啓徳も同じ駅を使う生徒が多い。気付くとつい、視線で追ってしまう。

 七月に入り、じっとりとした梅雨の雨が降り続いていた。明日はクラスマッチ。いつもより早い下校時刻、傘の咲き乱れる歩道を、ぼんやりと歩いていた。明日の天気は、予報では晴れ。けれど、今の時間でこんなに降っていては、屋外の競技、地面がぬかるんだりはしないのだろうか。サッカーに出場する俺は、憂鬱なため息を吐いた。


「あ」


「え、あ」


「たくちゃん」


 千尋。

 足元を気にして、俯きがちに歩きながら、ほとんど無意識に、人波の向こうに啓徳の制服を着たやつがいるな、と、首から下だけ見ていて、顔までは見ていなかったから、すぐ目の前で声を掛けられるまで、全く気付かなかった。啓徳の合格発表の数日後にもめてから、ずっと会っていなかった千尋は、啓徳の制服がすっかりなじんでいた。


「久しぶり、だね、今帰るところ?」


「ん、明日クラスマッチで、今日は早く終わったから」


「そっか、えっと、一緒に帰ろう?」


 千尋の家とは、数件しか離れていない。これから同じ電車で帰るとして、降りた駅からずっと無言で帰るのもおかしい。特に断る理由もないし、と、了承すると、ぱっとうれしそうな笑顔になって、並んで歩き始めた。歩きながら、他愛もない話をした。千尋の家で飼っているキャバリアは、賢くて穏やかな性格で、俺が遊びに行くといつも、にこにこと出迎えてくれる。時折、ボケた仕草で笑わせる、俺にとっても可愛いヤツだ。こうして、飼い犬の事を話しているだけで、癒されるような、楽しい気持ちになってくる。

 改めて間近で見ると、千尋と佐倉はそれほど似てはいない。確かに、なんとなく、雰囲気はあるが。今の話題が話し終わったら、その事を言ってみよう、と思った。自分に似たやつが俺のクラスにいると話したら、千尋はどんな反応をするだろう。


「あっれー? 立花君?」


 駅舎に入る手前の軒下で傘を閉じていると、不意に声を掛けられた。千尋とほぼ同時に声の方に顔を向けると、啓徳の制服を着た男が、ニヤニヤとこちらを見ながら立っていた。印象は、そうだな、絵に描いたような勘違いエリート候補、とでも言えばいいのか。頭でっかちで、下半身が妙に細い。公立の中学では、まじめ過ぎてクラスに馴染めず、面倒な役目なんかを押し付けられるタイプ。服はいつもママが買って来た物を着て、風呂にパジャマとタオルが用意してあるんだ。きっと成績は良くて、それが生徒の評価につながるような世界に入った事で、やっと得た我が天下で、天狗になってしまった、といったところ。


「ひとり?」


「え、ううん、友だちと」


「ふっうーん、友だちって、他校じゃない」


 わざとらしく俺の存在を無視し、千尋の言葉に、こっちを舐めるようにじろじろ見る。人を見下す事にまだ慣れておらず、不自然な、とってつけたような仕草が、さらに不快感を増す。なんなんだよ、そのドヤ顔は。


「家、近所だし、中学まで一緒だったんだ」


「へえ、オナチュウか」


 オナチュウ? ああ、同じ中学の略か。言葉を自分の物として慣れ、さらっと使っているという雰囲気ではなく、誰かが使っていた言葉を、自分も使ってみたかったです、というのが丸わかり。勉強ができても、アタマが悪い奴っているもんだ。


「オナチュウだからってさ、立花君、そろそろキチンと弁えなきゃあ」


「わきまえる、って?」


 こんな人混みでオナチュウを連発するな。別な、変なことを指していると誤解されるだろ。イライラゲージ急上昇だ。言葉の意味を探るように、千尋がおずおずと問いかけると、待ってましたとばかりに胸を張る。


「ソーシャル・スケールってものがあるでしょう。僕らは、ほら、まあ、ふふん、そういう事だよ」


 尊大な態度のまま、後半、見下した笑いを含んでそう言った。ソーシャル・スケール。直訳して、社会的階級って事か。つまり、蓬泉の制服を着ている俺は、啓徳の君たちと付き合うのに相応しくない、と。むかつく。確かに、むかつくけど、それよりも、呆れてしまった。きっと同じ年だろうけれど、こんな常識もなく、世間に対する視野も狭いヤツがいるのか。しかも、このままいけば官僚か、日本を代表するような企業のTOPに立つかもしれないっていう「ソーシャル・スケール」のヤツに。まあ、学校の成績がいいからって、こんなヤツが認められるほど世間は甘くないだろう。そのうち、どこのコミュニティでも嫌われて爪弾きだ。相手にするのもバカバカしい。千尋に、行こうぜと声を掛けようと口を開きかけた時、俺の動きとは逆に、千尋は同じ制服のヤツに向かって一歩踏み出した。

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