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「東野君、藤森さんと、何か約束でもしているの? イベント?」
「別に、約束は。けど、なにか、さ、僕の事話していないか、って」
「ううん、なにも?」
もうすぐに迫っているイベント、といえば、流れから察するに、バレンタインの事だろう。
東野はつまり、中学時代からずっと藤森の事を。
二人の会話を聞いていて、いろんな事が急速に繋がった。だから、文化祭で二組を見に来た、とムキになっていたのか。二組はほとんどの生徒が教室から離れていた。藤森とも会えずじまいだっただろう。お気の毒さま。
「まあ、佐倉に話すような事じゃ、ないしな。
連絡なら、いつでもしてくれて構わないって伝えておいて。
基本的にいつも忙しいけれど、藤森さんに合わせるし」
「麻琴が、東野君に連絡? しないと思うよ?」
「はああ?」
ぶーーーーーーー。
思わず心の中で吹き出してしまった。佐倉、はっきり言い過ぎだろ。
「だって、東野君、僕とまこ……藤森さんの事、いとこだって言っても、何回も何回も、付き合っているんだろうって言うじゃない?
だから、僕たち、家では名前を呼び捨てだけれど、学校では苗字にさん付けするようになったし。藤森さん、怒っていたんだよ、やだなあって」
東野の色を失くし、愕然とした表情を見ているうち、さすがに気の毒になってきた。コイツなりに、精一杯藤森の事が好きだったんだろうに。東野が完膚なきまでに叩きのめされているのは、正直見ものだったが、そろそろいいだろう。
「あのさ、明日もテストだし、帰ろうぜ」
「そ、そうだね、そうだよ、こんなところで話している場合じゃないよね」
俺の申し出に、同じ気持ちだったのだろう、千尋も勢いよく乗っかってきた。佐倉も同意して頷いた。
「みんな、試験頑張ろうね。戸川君、また明日、学校でね。
僕は東野君と帰るから」
「な、なんで佐倉と帰らないといけないんだよ!」
「なんで、って、一緒の電車じゃない。せっかく久しぶりに会ったんだし。
東野君、小学校が違うから家、知らないんだけれど、近かったら僕の家、寄っていかない? 一緒に勉強とか」
「しないよ! するわけないだろ。僕はこれから用があるんだ。
佐倉は一人で帰れよ」
そう言われ、特に残念な風でもなく、ふうん、じゃあね、と手を振って改札に向かって歩いて行った佐倉――を、蓬泉の制服を着た女子生徒が追った。
「修! 待って」
「ああ、麻琴、今帰り?」
噂をすればなんとやら。
親しげに佐倉に話しかけているのは、藤森麻琴に間違いない。
「ちょうどよかった。ね、そっちいって一緒に勉強していい? 数学、不安で」
「うん、いいよ、一緒に帰ろう。さっきね、東野君に会ったんだ」
「えー、同じ中学の?」
並んで歩く二人は、人混みの向こうに姿を消して、それ以降の会話は聞き取れなかった。気まずくて、さすがにもう東野のカオは見られなかった。
「え、っと、じゃ、俺たちも帰るか」
「うん、東野君、また明日」
脳裏に、天敵、という言葉が浮かんだ。
佐倉には全く悪意というものはない。相性なのか、もっと別な何かなのか、東野にとって佐倉は天敵だ。
藤森と一緒に帰って、試験勉強とはいえ話す時間が持てるとわかっていたら、佐倉の申し出を受け入れただろうに。人生って、いろんな日があるな。ま、東野、頑張れ。俺はもう、付き合いきれないけれど。
千尋を伴って、そそくさとその場を離れた。昼前の電車内は、試験期間中らしい学生が多かったが、比較的空いていた。なんとなく言葉を発する気になれず、千尋と並んで立っていた。
が、ふいに、千尋がクスリと笑って俯いた。
「なんだよ」
「東野君、ちょっと可哀想だったなって。
泣きっ面に蜂って、こういう事を言うのかな」
「ああ、うん」
「でさ、たくちゃん、前に言っていた僕に似ているクラスメイトって、もしかして、佐倉君?」
「さあね」
俺もつられて笑ってそう応えたけれど、千尋には、それが肯定だと伝わっているだろう。なにせ、物心付いた頃からの付き合いなんだから。