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あの投げ文の日から、佐倉とは段々と普通に話すようになっていった。
元々、どことなく千尋に似たタイプの佐倉とは話やすかったし、物理なんかにも興味があるらしく、話題に困らず楽だった。
自分のクラスにわだかまりが無くなったのと、香田からも遠まわしに「一組の人たちとも話したら?」って感じに言われたのがあって、二組にはほとんど行かなくなった。
そういえば。ふと思いついて、会話の途中で佐倉に聞いてみた。
「神崎って、ほとんど一組に来ないな?
元々五組に仲の良いヤツ、いたっけ」
佐倉は、ううん、と首を横に振って、にこりとした。
「今いる場所を大事にしよう、って。
五組にならなきゃ話せなかった人もいるはずだし、せっかく縁があって出会ったんだしね。一期一会、は、ちょっと意味が違うかな。
クラスが移動したばかりの頃は、お弁当も一人で食べていたみたいだけれど、今は話す人も増えたって」
あの神崎が、一人で昼飯を?
それでなくても短い三学期、一組に来て時間をつぶしてしまえば、その方がずっと楽だったはずだ。五組のヤツラに溶け込むために、あえてそれをせずに。
くっそ、リア充め。格好いいじゃねえか。
二組の香田の元に逃げるようにしていた俺は、負けたような気がしたけれど、悔しいというよりは、清々しい気分だった。
「戸川君、可愛いペン、使っているんだね」
ちょっと意外、という佐倉の視線の先には、エリィのシャープペンが置いてあった。普段使いの物は別にあるけれど、最近、ペンケースに入れて持ち歩くようになった。
「しばらく前にやっていたやつだけどね。エリィ、知らない?」
「うん、僕、アニメとか詳しくなくて。あ、早瀬君、エリィって知っている?」
自分の席の戻ろうとしていたらしく、ちょうど近づいて来た早瀬が、問いかけに、エリィ? と首を傾げて、佐倉が手にしていたペンを見た。ば、ばか、佐倉はまだしも、どことなく大人っぽく、ドライな早瀬に魔法少女アニメの話をするのは。
「名作だね」
きっぱりと断言した早瀬を、思わずまじまじと見てしまった。
「瀬尾監督の初期の作品としても名高いんだけれど、設定がしっかりしているし、評価の高い作品の話題には必ずといっていいほど出てくる。
中学の頃よくみていたんだけれど、ちょうど去年の終わり頃、だったかな、急にエリィの事思い出してさ、ネットで動画探してみているうちにまたハマっちゃって。
この前、春にでるDVDBOX予約したところ」
「え、DVDでるんだ?」
「以前のもののリメイクだけじゃなくて、続編も入っているし、先行予約で、特典が付くし、ね」
なんだと、エリィの続編が? これはぜひお年玉で、じゃなくて。
骨髄反射でテンションあがりまくってしまったが、早瀬がエリィに、だけでなく、アニメにも詳しいらしい事が、何よりびっくりだ。
早瀬にあらすじを説明されていた佐倉が、みてみたい、と言い出した。
「いいよ、DVDが届いたらうちにおいでよ」
「うん、戸川君も早瀬君ち行こう?」
「え、俺、も?」
「早瀬くんのおかあさん、きれいな人なんだよ」
「かあさんはいなくなっちゃったけれど、それでもよければ」
佐倉の無邪気な様子に、微笑ましげに、ふふ、と笑いながら早瀬がそう続けた。
「そうなの?」
「うん、出て行っちゃったからね、うちに来ても、もういないんだよ」
そうなんだ、おかあさんはいないんだって、と、にこやかに俺に話を振る佐倉の顔を、思わず愕然と見てしまった。母親が、出ていった、って。そんな、さらっと話すようなことじゃないだろ。何この超絶地雷地獄。佐倉、よくお前平気に笑っているな。
「戸川君もエリィ好きなら、よかったら遊びに来てよ。
美人のかあさんはいないけれど」
早瀬も、なんでわざわざさらにダメ押しした? お前、佐倉のリアクションを楽しんでいるだろ? 無理やり曖昧に笑ってその場を濁した。
「なあ、早瀬」
少し後、佐倉が席を外していた時を見計らって、隣の席の早瀬に声を掛けた。
「あのさ、佐倉って、いつもあんななのか?」
早瀬は、ふむ、という風にちらりと周囲を窺って、少しだけ俺の方へ顔を近づけた。
「修君を地球人だと思っているのなら、その認識は改めた方がいいかもしれない」
は? 早瀬は、声のトーンを落として、真顔でさらりと言って、真意を確かめようとする俺を無視して次の授業のノートなどを出し始めた。
早瀬の表情からは、本気とも冗談とも判別できなかったが、まあ、早瀬にとって佐倉はそういう認識のヤツなのだろう。世の中には変わったヤツがいるもんだ。頭が良すぎるのも考えものだな。内心そう呟きながら、俺も授業の準備をした。