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副委員長の神崎が黒板に係名を書き出したところで、佐倉が教室全体をゆっくり見回した。
「佐倉修輔です。祥沢二中卒。一年間よろしくおねがいします」
「神崎伊月、リュシオル学院中学からです。よろしく」
リュシオル学院。他県の、全国的に有名な一貫教育の男子校じゃないか。なんでわざわざ蓬泉なんかに。成績優秀な金持ちなら、それらしくそっちに引っ込んでいればいいものを。こいつら二人は、妙にイライラさせる。
「クジで決めるっての、どう?」
係の決め方について、案を求められ、二列目の男が挙手してそう提案した。教室の後方から見ていると、はっきりとわかる。この茶番に参加しているのは前列の奴らだけだ。中列以降は畏縮し、気配を消して成り行きを見守っているばかり。この怯えを生んでいるのは、成績で劣っているというただ一点だけ。今日、今、ここで行われている事は、この先の一生の縮図だ。導き、人を使う選ばれた数人の者と、使われ、搾取される者。
「他に案がなければ」
「成績順でいいんじゃないの」
佐倉修輔と名乗った委員長の言葉を遮るように発言した。数人の視線が俺に集まる。佐倉は、教卓の上、多分、クラスの席順表に視線を落としてから、再びこっちを見た。
「戸川君、かな。成績順ってどういう」
「クラスが変わる可能性の低い、前のヤツから入れていけばいいだろ」
心の奥底にわだかまっていたモノが、黒い炎を上げる。黙ってやり過ごしたら気が変になりそうだった。クラスの運営などを全て、成績優秀者が取り仕切るというのなら、雑用だってそっちからやればいい。改めて確認するまでもない。俺の順位だって、正直、認めたくはないが、二組のTOPと大差ないはずだ。一学期末の実力テストで、ほんの数問、ヤマが外れるかケアレスミスをしただけでも順位は入れ替わってしまうだろう。佐倉は視線を落とし、ふっと顔を上げて、窓際のパイプ椅子に腰かけている担任の方を向いた。
「先生、すみません。係の任期っていつまでですか」
は? さっき、「委員長、副委員長を一年間務めてもらう」って言われていただろう? 廊下側の席から女子の声で、一年じゃないの? というつぶやきも聞こえる。担任の椎野は、それまで読んでいた何らかの資料から顔を上げ、口の端で笑みの形を作った。
「ああ、言い忘れたな、係は夏休みまで、だ。係は学期ごとに変わる」
「任期が一年続くのは、委員長と副委員長だけ」
「そういう事です」
佐倉の追加の問いにも、事も無げに、どこか満足そうに答えた。なんだよ、それ。委員長と各係の任期が違うなんて、言わなきゃわからないだろ。思わず佐倉を見ると、一瞬視線が合い、すいっと先に逸らされた。もしかして、これが、最前列の席に座るヤツと、後ろから二列目に座る俺の能力の差、とでも言いたいのか?
「夏休み明けには係を決めなおすそうです。今出ている案は、クジと成績順。他になければどちらがいいか多数決をとります」
そのまま、呆れたように小さく息を吐き、クラス全体を見回してそう言った。クラス替えがあるごとに係の任期が終わるなら、成績順にする意味なんて、ないに等しい。わざわざ多数決をとる必要がどこにあるっていうんだ。どこまで、俺をバカにすれば気が済む? 多数決の結果、当然のごとく、くじ引きで係を決める事になった。屈辱と羞恥で目の前が昏くなる。