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「もう、熱は大丈夫なのか?」
パンフレットを元の位置に戻しながら問うと、うん、と応えた。
「千春さんと、ケンカでもした?」
「え、ううん、別に。なんで?」
「いや、さっき、突っかかっていたみたいだから」
千尋は、ああ、と、気まずそうに視線を逸らして、不機嫌そうに口を尖らせた。
「お姉ちゃんさ、この前たくちゃんが来た時、久しぶりに会ったらイイオトコになったねって。深さ? みたいなのがでてきて、大人っぽくなったって」
「そう、か」
マジか。千春さんみたいな人にそんな風に言われると、めっちゃうれしい。照れたのと合わせて顔がにやけてしまいそうになるのを何とか堪えようとした。
やべえ、顔が熱い。
「たくちゃん、うれしい?」
「え、ああ、そりゃ、うれしいよ」
そういう俺の顔をじっと見る千尋に、ん? という風に首を傾げた。
「たくちゃん、お姉ちゃんと付き合うの?」
はああああ? なんだ、その突拍子もない発想は。
「そんなわけないだろ、この前何年かぶりに会ったところなのに」
「そっか」
言いながらも、難しい顔で俯きがちに何かを考えている風の千尋に、妙な既視感を覚えていた。
なんだっけ、どこかで、似たような事が。千尋は、俺が見ているのに気付くと、急ににっこりと表情を変え、
「でもさ、たくちゃんがお兄ちゃんになったら、それはそれでうれしいかも」
と言った。
「ならねえよ、どこから出てきた妄想なんだよ。
お前さ、マジでまだ熱、あるんじゃないのか?」
額にあてようとした俺の手を、大丈夫だよ、と、困ったように払う千尋の様子に、気付いた。
「そういえば、同じクラスに、千尋に似ているヤツがいるんだ」
「え、僕に?」
そうだ。やっぱり、千尋と佐倉は似ている。
容姿や雰囲気だけじゃない。こんな、ぶっとんだ発想も、わけのわからない思い込みを頑固に信じ切ってしまうようなところも。
「どんな人だろう。その人、たくちゃんと仲良いの?」
「んー、仲が良いってわけでは。最近ちょっとあってよく話すけど」
佐倉の事と同時に、ここに来た理由も思い出した。いろいろ衝撃的な事が重なり過ぎて後回しになっていたけれど。
千尋は、口を結んだ俺の雰囲気を察したらしかった。なんて切り出そう。鼓動が早くなる。
「今日、来たのは、その、話があって」
「うん?」
やっとそこまで言って、次の言葉が出て来ない。
一分くらい、重い空気が張りつめた。千尋が問いかけるように俺を見ていたから、思い切るしかないと、深く息を吐いて決意を固めた。
「あの、さ、ずっと、謝ろうと思っていたんだ。
もう、一年くらい前になるけど、県立の合格発表の時、八つ当たりして、ごめん」
そういって頭を下げると、目の奥がじんとして声が少し震えてしまった。顔を上げる事ができなくて、俯いたまま千尋が何か言うのを待ったけれど、千尋も黙ったままだったから、沈黙に耐えられなくなって、そのままの姿勢で言葉を続けた。