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グズグズと微熱が続いていたらしかった千尋からメールが来たのは、それから三日後の日曜日だった。
俺は、母親に言いつけられて風呂掃除を手伝っていた。天気も良く気温も一月にしては高かったから、少し楽しくもあったけれど、やらないで済むなら、とっととサボりたい、というタイミングで。
「千尋からメールが来たから、ちょっと行ってくる」
「ええ、お風呂掃除は?」
「だいたい終わったよ」
「千尋君、熱出ていたんでしょう? もういいの?」
「メールでは、もう大丈夫だって。行って聞いてくるよ」
千尋の名前を出せば、母親はこれ以上引き留めない。病気の様子うかがいを兼ねていると言えばなおさらだ。適当に着替えて早速出かけた。
俺を出迎えようとしてくれていた千春さんと、彼女を押し退け、玄関に飛び出してきた千尋は、案の定と言うか、玄関先で一揉めした。
「ちょっと、なんなのもう」
「お姉ちゃんは向こう行っていてよ。
たくちゃん、いらっしゃい、この前来てくれたのにごめんね」
「たっくん、リビングで話さない? エリーと遊びながら」
「僕の部屋に行くから! 向こう行っていてって言っているでしょ」
「ええ、アンタ、本当になんなの? 生意気」
いつも千春さんの言いなりになっている千尋が突っかかるなんて、珍しいものを見てしまった。
もちろん、千春さんは本気で俺をリビングに誘っているわけではない。やたらと必死な千尋をからかっているだけだ。その証拠に、それ以上引止めもせず、おかしそうに笑いを堪えながら二階へ上がる俺たちを見送っていた。
年末に千尋の家を訪れたのが久しぶりなら、ヤツの部屋を訪れたのはもっと久しぶりだった。千尋の部屋のドアを開けて、軽い衝撃と共にそれを思い知った。
この部屋に入るのはいつ以来だろう。最後に来たのは、確か、中学一年の頃か。だったら、三年前って事になる。
衝撃の理由は、全くと言っていいほど部屋の様子が変わっていなかったから。
机や本棚に並ぶ本は、さすがに多少違っている。その程度。変わっていない。エリィのポスターも、多少作りの荒いフィギュアも。
俺の部屋だって、この三年で大きく模様替えをしたわけではない。家具の位置も変えていないし、ベッドカバーもカーテンも壁紙も、小学生の頃から同じものを使っているはずだ。けれど。
俺の部屋では通り過ぎ、思い出になったモノたちが、この空間には未だに現役としてあった。
「全然変わってないな」
率直にそう告げて、本棚の目についた薄い冊子を取り出した。
俺と一緒に見に行った、エリィの映画のパンフレット。中学に入ってすぐくらいまで夢中になっていたアニメ。俺の机のペン立てには、この時に買ったシャープペンシルがある。
パンフレットは、どこにしまいこんでしまったのだろう。ポスターは捨ててしまったんだっけ? ここに、千尋の部屋に来るまですっかり忘れていた過去の物たち。
パンフレットから顔を上げると、千尋は嬉しそうに、ふふ、と笑った。