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P24

 結局、佐倉も神崎もその日、学校に戻って来なかった。

 自宅の部屋で、電気を消したまま、ベッドに横たわっていた。

 佐倉はどうしただろう、どうしているだろうという考えが常に頭の中にあって、定期的に胸がちくりとしてまぶたを閉じた。こうなったのが実力テスト終了後でよかったという思いと、そんな、成績への影響を考えてしまう自分への自己嫌悪。

 もうすぐ冬休みで、きっとこのまま年を越してしまうだろう、とか、明日からクラスでどんな扱いを受けるだろう、とか、考えるほどに気が滅入るような事ばかりだった。

 カーテンの隙間が薄ぼんやりと明るい。起き上がって厚いカーテンだけほんの数センチ隙間を作ってレースのカーテン越しに外を覗いた。予想もしなかったひやりとした空気が、鼻の頭を冷たくする。

 冬の日が暮れるのは早く、空は真っ暗で星がいくつか瞬き、街灯や他の家の灯りが路地を明るくしていた。

 この、明かりの溢れる場所からは見えない星がある。急に、そんな事を思った。見えない星。なんだっけ、前に何かで聞いた。

 巨大な恒星は、年齢を重ねると膨張して超新星爆発を起こす。

 が、それほど大きくない星は、エネルギーが減り、徐々に光を失っていく。まぶしい煌きは、赤から燃え尽きた灰の白へ、やがて、完全に死んだ星、黒色矮星になる。

 エネルギーを持たないため、何の反応も示さず、観測できなくなる。燃え尽きた線香花火の残骸。

 俺と同じだ。存在はしているのに、誰にも関わらず、何の役にも立たず、気付かれる事すらない。

 いいんだ、仕方がない。自分で望んだことだ。どうせ、蓬泉の連中とは馴れ合わないつもりだった。大学にいけば、高校のヤツラとはきっと付き合わなくなるし。勉強して、そこそこの成績をとっていれば、大きな痛手になるわけじゃない。

 ひと気のない住宅街の路地を見下ろしながらそんな事を考えていると、犬の散歩中らしい人影が足早に歩いて来た。千尋とエリーだ。千尋は俺の家の前で立ち止まると、二階を見上げた。俺の部屋の、窓を。

 こっちは部屋の電気を消していて、むしろ路地の方が明るい。窓際に立ち、数センチの隙間から外を見ている俺の姿はきっと確認できないだろう。

 千尋の息が、白く大きく漂い、エリーに声を掛けたらしく再び並んで歩いて通り過ぎていった。


(この前も、たくちゃん、見たよ)


 ふいに蘇った記憶。そうだ。あの日、千尋が見たという俺は、千尋の部屋を見上げていたんじゃなかったのか? 言いたそうにして、口ごもっていた何かは、その事だったんじゃないだろうか。

 急にめちゃくちゃ恥ずかしくなって叫びたい衝動を抑え、足音を忍ばせて再びベッドに横になった。いろんな事が高速のスライドみたいに頭の中を過っていく。

 ぐちゃぐちゃの脳内で、けれど、気持ちはしんと静まっていった。

 入学前に八つ当たりをして怒鳴った事、千尋に、ちゃんと謝ってなかったな、と思った。昔から非を認めたり、謝ったりするのは苦手だった。いまさら、なんて言って謝ったらいいんだろう。けれど、ちゃんと謝ろう。千尋にも、佐倉にも。できれば、神崎にも。

 ぼろぼろ、ぼろぼろ涙がこぼれて、布団に潜り込み、嗚咽を堪えた。


 次の日、佐倉は学校を休んだ。人伝に聞いた話では、検査入院をしているという事だった。という事は、何もなければそんなに長い期間入院するわけではないのだろうが、冬休み前に学校に出て来られるのだろうか。

 神崎は最前列の席で、いつもより少し大人しい感じはしたが、普通に過ごしているようだった。休み時間になると、松井と冬木が昨日同様の調子で話しかけてくれた。俺は内心感謝しつつ、迷惑そうに対応すると、二人も安心したように軽い調子で俺の事をいじってきた。

 俺は、千尋の同級生の東野とかいうヤツと同じだ。よく知りもしないで蓬泉を見下し、付き合う価値なんてないと決めつけていた。そう思い込もうとしていた。松井と冬木に、それと香田と、この学校の全員に心の中で詫びた。

 さらに翌日、佐倉は学校に出てきた。謝ろうと思ってはいたが、どうやって、というまでは全く考えていなかった。なんとか二人きりになれればと思ってはいたが、休み時間のたびに入れ代わり立ち代わりクラスの誰かが声を掛けていてなかなかキッカケがつかめなかった。

 冬休みも目前で、下校時間も早い。あっという間に帰る時間になってしまって、今日謝るのは諦めよう、そう思って教室を出た。


「戸川君」


 帰りかけた生徒たちでごった返す廊下で呼び止められて振り向くと、佐倉が息を切らして追って来ていた。


「あの、ちょっといいかな」


 断る理由もない、というか、願ってもない話。頷いて、誘われるまま、屋上へ続く階段を昇った。

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