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そのまま前のドアの方へ廊下を進み始めた先生の姿が消えたとたん、高城に引きずられるように神崎たちは教室から出ていってしまった。
二人と入れ替えに前のドアから入ってきた学年主任は、最前列の机に数枚ずつプリントを配り、後ろに廻せ、と、無言で指示を出した。生徒たちは戸惑ったのも数秒、従順に素早く、自分の席についてプリントを受け取って後方に渡して解き始めた。
俺もほぼ無意識に、その流れに倣って席に着いた。
今日ほど教室後方の席だったことをありがたく思った日はない。自分の背後には席がなく、左後方の、このクラスの成績最下位のヤツがいるのみ。
秘かに視線を上げて見回すと、一応、何事もなかったようにプリントを解く生徒たちの背中がある。さらさらと芯が紙に擦れる音と、少しずつ平穏を取り戻しつつある空気に、ほんのわずか安堵する。
けれど、内心の動揺が落ち着くはずもなくて、心臓は相変わらず大きく脈打っているし、頭の中はぐるぐるしていた。
佐倉は大丈夫だろうか。
心臓が悪いかもしれないって?
クラスマッチの時にも、同じ発作を起こした、という。あの時も、からかわれて泣いていたのを隠すための仮病なんかじゃなかったんだ。
知らなかったとはいえ、二度も傷つけてしまった。神崎と高城はどこへ行ったんだろう。きっと、高城が神崎を宥めている。
そう思っても、不安は胸を満たしていく。あいつらの事だ、妙な真似をするわけではないだろうけれど。
クラスの連中は、俺を責めているのだろう。これから、どうなるのだろう。
数分して戻ってきた神崎は、さっきとは打って変わって落ち着いた、力強い目をしていた。
学年主任に一緒に佐倉の病院へ行ってくれと促されるまま、帰り支度を整えて教室を出ていった。
俺は、少しずつ落ち着きを取り戻してきつつあったが、黙って席につき、周囲から向けられる腫れ物に触るような視線に耐えていた。
「よ、ホモ野郎」
びくりと顔を上げると、にやっと笑って立っていたのは、冬木。
「オレで変な妄想すんなよ?」
茶化すような声は、松井。
二人の言葉自体は揶揄する調子だったが、とん、と、軽く小突かれた肩の感触からは、俺を慰めようとしてくれるのが伝わってきた。
たまたま近くに立っていた女子の耳にも二人のセリフが聞こえたのだろう、やだ、とクスリと笑って俺たち三人を見た。
松井も冬木も、「大丈夫?」「戸川君は悪くないよ」なんて、ヌルイ事を言ったりはしない。バカにしたような、強い調子の絡み方も、二人なりの気遣いだ。
急にほっとして、体中に熱い血液が巡る感覚がして、目の奥がじんと痛んだ。誤魔化すように俯いて、
「うるせえよ」
と、つぶやくように言うと、二人は笑って、どちらかが俺の背中をぽんと叩いた。その暖かさに、今度こそ言葉がつまった。