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そこから先は、硬直している間にばたばたと状況が進んでいった。
駆け込んできた神崎は、うずくまる佐倉を抱き起し、制服のネクタイを緩めてシャツのボタンを二つほど外し、高城に救急車を呼ぶように指示をだした。
頷き、立ち上がろうとした高城の腕を、佐倉が掴んで引き留め、囁くように小さな声で何かを告げると、神崎が、
「そんな事言っている場合じゃないだろ」
と、泣きそうな声で諌めた。
誰かが駆け出す気配に視線を上げると、早瀬が、教室の前の入り口近くに設置してある、職員室に直通のインターフォンの受話器を上げた。
きっと、間もなく先生が来る。ほっとしながらも、佐倉の様子は刻々と悪くなっていくようだった。
ざわざわとした気配に見回すと、廊下の方にも人だかりができている。なんなんだよ、見世物じゃないぞ。
と、その人垣を分けるように、担任の椎野と学年主任が入ってきた。状況を確認し、救急車が呼ばれた。佐倉の傍らにしゃがんだ椎野先生に、高城が、以前、クラスマッチの時に同じような発作を起こしました、と話していた。
神崎は佐倉を抱きかかえたまま、虚ろな目で何かを必死に訴える佐倉を、うっすらと涙を浮かべながら宥めようとしているようだった。
どうしよう、俺のせいか?
けれど、動く事もできず、ただ、その場に立ち尽くすしかなかった。
ほどなく、思っていたのよりも早く救急車のサイレンが聞こえて来た。ほっとして再び佐倉に視線を移すと、怯えたような目をして、ふっと意識を失った。
ぐったりした佐倉の名を呼ぶ神崎の声に、ぞわ、と、全身に鳥肌が立って、鼓動が早くなり、がくりと膝から崩れ落ちそうになった。
まさか、佐倉。すぐにバタバタとストレッチャーがセッティングされて、意識を失ったままの佐倉が乗せられると、神崎は、付き添いに手を挙げた担任の椎野と救急隊員に向けて、
「修は心臓が悪いのかもしれません。年に一、二回、こういう発作があるって聞いています」
と告げた。
「僕も病院に行きます」
「生徒は、学校で待機だ」
神崎の訴えは聞き入れられず、佐倉を乗せたストレッチャーと大人たちはすぐに教室から姿を消し、生徒だけが残された。
心臓が悪い? 発作? クラスマッチの、時にも? それって、急激なストレスが原因、とかって事か? つまり、クラスマッチの時も、今回も、どっちも俺のせい?
もし、佐倉に何かあったら。ざわざわとした教室内、女子生徒数名は怯えたように涙を浮かべている。
「みー」
立ち尽くしたままだった神崎が、高城の名を呼ぶと、一気に教室内がしんとした。
「修に、何言った?」
強い感情を、無理やり抑え込んだような声に、高城だけでなく、クラスの連中も息を飲んで神崎を見た。高城は無言で神崎を見返しているだけ。答えを待ちきれぬと言った風に、苛立ちを含めて、さらに神崎が詰め寄り、高城の制服のジャケットの襟を掴んだ。
「修に何を言ったってきいてんだよ」
「ちがう」
取り囲んでいたクラスメイトの中から上がった女子生徒の声に、神崎はびくりと動きを止めた。
「戸川君が」
クラスにいた全員の視線が集まった。ある者は咎めるような、別な者は少し同情を示すような。激しい心臓の鼓動で、体が揺れているような気がする。なんで、こんな事に。
「てめえか」
狂気すら感じるような目で、神崎が俺を見た。その手が高城の制服からゆっくりと滑り落ちる。速度を上げながら俺に向かってくる神崎の動きが、何かにぐん、と、引かれるようにとまった。
高城が、神崎の腕を掴んで引き留めていた。
「いっち、よせ」
「ざけんな、てめえ、みー、離せ」
俺に向かって吼え、必死に高城の腕を振り解こうともがくが、体格も腕力も高城の方が上で、ぎっちり掴まれた腕は離れなかった。その二人の光景が、唐突に視界から遮られた。
目前に現れた後姿は、早瀬。
「だめだよ、神崎、落ち着いて」
「早瀬、そこどけ。どけよ!」
「何を騒いでいるんだ。席につけ」
神崎が噛みつかんばかりに早瀬を怒鳴りつけた時、プリントの束を抱えた学年主任が教室後方のドアから声を掛けた。