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俺の言葉に同意するように、冬木と松井も佐倉を見下すようにクスリと嗤った。
「そんな、なんで伊月が」
「修」
愕然としながらもいきり立つように、佐倉がこっちに向かって一歩踏み出そうとした時、遠い、教室の窓際最前列あたりから制するように、高城が声を掛かけた。
「お前らさ、怪しいよな」
高城の、普段は見せない微妙な焦りに、過った違和感。その辺でいい加減にしろよ、というニュアンスではなく、佐倉に、逆上して変な地雷を踏ませないようにと咄嗟に動きを止めようとした、といった風な。
ぞわり、と、黒い何かが胸の内に頭をもたげ、そいつの囁くままに言葉にすると、目前の佐倉が、目を見開いて硬直した。
へえ。
俺の中の黒い魔獣が嗤う。
「あれえ、図星? なんだよ、お勉強ってなんの勉強してたわけ? ちゅーとかしちゃってんの。ホモとか、まじきもいんだけど」
ノリのいい冬木と松井も、俺に同調して口笛を吹き、ニヤニヤ笑いを浮かべていた。
佐倉は、そんな俺たちから視線を逸らし、ふっと、怒りとも、哀しみともつかない表情を浮かべた。視界の隅で、高城が勢いよく席を立ち、ずんずんと歩み寄ってくる。
「何言ってんだよ、お前等、いい加減にしろよ。修、相手にする事ないぞ」
怒りに燃えた目で見据えられて、冬木と松井は気まずげに顔を見合わせているようだった。
ムキになりやがって。高城、お前の失点だぞ。こんなにわかりやすい態度、俺の問いを肯定したのも同然だ。優勢を確信して口角を上げると、高城は、他のヤツラに気付かれない程度に、ほんのわずか「しまった」というカオを見せた。
「へえ、ホモ仲間の友情ってやつ?
そんな事言ったって高城、お前、前にいる二人がこけて、順位あがってラッキーだったよな」
「なんで、伊月や湊の事、そんな風にいうんだよ」
「修、よせ」
「なにもない」
佐倉は、激情に軽くパニックを起こしているらしく、流れに気付いていない。失策を覚ったらしい高城が、会話を終わりにしようと必死に佐倉を止めるのも聞き入れない。
慣れない怒りのせいか、顔を赤くし、泣きたいのを堪えるような目のまま、絞り出すように言った。
「僕と伊月は、何もない。そんな想像する方がおかしい」
息を荒くし、がくがくと震えながら、制しようとする高城に掴まれた腕を無理やり振り解くと、ぐらりと体勢を崩した。
なんだ? 怒りが強すぎるからといっても、いくらなんでも様子がおかしい。
「伊月も、湊の、事も、根も葉もない事で悪く言うな。ど、うせ、本当は」
浅く乱れる呼吸の合間にそういいながら手近な机に手をつき、ゆっくりと膝を床につき、高城が、そんな佐倉を支えるように背中に手を回す。佐倉は床に跪くと、く、と、俯いて苦しげな声を漏らし、力を振り絞るように顔を上げ、ぎっと俺を睨んだ。
「自分の、願望、なんだろ」
やっとそれだけ言うと、う、と呻いて、自らの制服の胸辺りをぎゅっと掴んでうずくまった。
え、え、なんだよこれ、ちょっと待てよ。
「修!」
あまりの状況に動揺して固まっていると、教室後方のドアから声とともに駆け寄ってくる気配がした。