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P2

 入学式の二日後、初登校の日は、こっちの気分などお構いなしに、イラつくくらい、いい天気だった。風が吹くたび、桜の花びらが水色の空に舞う。これから三年間、同じ高校に通う事になった新入生たちは、一様に期待と緊張の表情を浮かべ、どこか誇らしげに見えた。蓬泉の特進コースは、私立高校の中では県内一レベルが高い。私大を目指すヤツは、啓徳ではなくあえてこっちを本命に据える事も珍しくない。入学前にいろいろ情報は入って来ていたが、私立高校だけあって、営利に見合ったシステムだな、という印象を受けた。入学式当日にクラス分けの実力テストが行われるのは、近隣では有名な話。蓬泉が力を入れているのは勉強だけじゃない。各部活動はもちろん、どうしようもない低成績者でも、入学時の寄付金さえはずめばOKらしいというから噴飯物だ。かといって、クラスはきっちり成績別にランク付けされるわけだから、そんな奴らに授業の足を引っ張られる心配もない。

 クラス分けの一覧を見て、鼻で嗤ってしまった。俺の名前は、最優秀クラス、一組にあった。はじめから蓬泉を目標にしている奴らは、啓徳を志望校にしていた俺より目標が低い。でもって、私立の蓬泉は、県立の啓徳より受験日が早いから、早々に受験勉強を終了している。「自分たちの受験は終わり」と、開放感に気を大きくし、ピリピリしている県立受験組に聞こえるようにわざと、遊びの予定を立てたりしていた私立本命組の視線と態度が脳裏をよぎる。あんな奴らとは、スタートラインからして違う。一組になったのは、啓徳に合格判定をもらっていた俺なら、当然の結果だ。こんな高校のヤツらと馴れ合う気なんてさらさら無い。要は、このまま上位の成績をキープし、三年後、希望する大学に入学できればいい。それで、啓徳不合格なんていう人生の汚点は払拭できる。

 教室に入り、指定された席に着く。後ろから二列目、廊下側から二番目。戸川という俺の苗字は、出席番号で言えばだいたい真ん中あたりのはずだが、微妙に後ろの方なのが、妙に引っかかった。すぐ斜め後ろ、教室後方の黒板の前では、入学式で新入生代表挨拶をした三宅とかいう奴と二人の男子生徒が親しげに談笑している。どうやら、蓬泉の中等部からの内部進学者同士らしい。そちらに視線を向けるのが嫌で、ゆっくりと教室前方の様子を窺って、窓際に立つ背中を見てぎくりとした。


 千尋?


 いや、まさか。頬杖をついて顔を隠すようにして、再び最前列の窓際を盗み見る。当たり前だけれど、やっぱり、違う。千尋じゃない。よく見れば髪が長すぎるし。けれど、似ている。いきなりびっくりさせんな、クソ。そいつの隣、最前列、窓際から二番目の席の、なんとなくチャラい感じの奴が、背後から声を掛けたらしかった。千尋に似た後姿の男は、驚いたように振り向いて、おどおどと言葉を返している。黒縁の大きめの眼鏡と鬱陶しいほど長い髪で顔はよく見えないけれど、自信なさげな態度も、曖昧に笑う仕草も、どことなく、似ている。こういう事ってあるんだな、なんていうんだろう、人種が近い、って感じか。呆然と感嘆の混ざったような感覚でそんな事を考えていると、担任が教室に入ってきた。

 千尋に似た男と、その隣の席のチャラいヤツの名前は、その後すぐにわかった。奴らがそれぞれ、担任から委員長、副委員長に指名されたから。


「すでに説明してあるとおり、この学校は学年の途中でクラスが変わる可能性がある。一組は下がる事はあってもここから上はない。というわけで、とりあえずクラスが変わる可能性が低いと思われる、今回の成績トップの佐倉と二位の神崎に、一年間委員長、副委員長を務めてもらう。もし二人がこのクラスから移動する事になったら、その時また考えるって事で、いいな。佐倉、中学で生徒会長だったんだよな、ちょうどいいだろ」


 千尋に似た男、佐倉は、能天気そうな担任にそう言われ、気まずそうに眉を寄せて俯いた。最前列窓際の席の佐倉が、実力テストの結果、学年一位で、その隣の神崎が二位。神崎のさらに右隣は、さっき俺の席の後方で立ち話をしていた、新入生代表挨拶の内部進学者、三宅。多分、コイツが内部進学者の中では一番成績が良く、実力テスト三位って事なんだろう。つまり、窓際から廊下側へ、このクラスの中でさえ成績順に並んでいるってわけか。この俺は、下から数えた方が早い、教壇に並んで立つ、委員長、副委員長より、一組から脱落する可能性が高い、と。真ん中あたりの列の奴が数人、ちらりと後方を振り返っている。自分の背後に、どれくらいいるのか、改めて確認しているのだろう。ほっとしたような表情を浮かべる者、微妙な嘲笑を浮かべる者。新任の委員長、副委員長は、担任からクラスの係を決めるように言われ、涼しげな表情で言葉を交わしている。席が成績順に並んでいると知っても、ずい分と余裕があるんだな。そりゃ、そうだろう。はっきりと示されたカースト。ジリ、と、内臓が焼けるような感覚が広がっていく。教室の最前列が、教卓の向こうに立つ二人が、遠い。蓬泉の同じ学年に、俺より成績が良かったヤツが、二十人以上いる。

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