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「ま、ヒトの趣味に口出すつもりはないけど。千尋、お前、気をつけろよ?」
俺の言葉に、東野は顔を真っ赤にし、千尋はおろおろと俺と同行者の表情を交互に見た。
「元々! 僕は、にーくーみーを見に来たんだ!
男のくせに、じょ、女装とか、低俗すぎるだろ! ほんっと、バカばっかりだなっ!
こんなところで、時間をつぶしている暇はないんだよ! 二組はどこ!」
「隣だよ。上に書いてあるだろ。
だいたい、ここが一組なんだから、それくらい察しろよ」
東野は、いくよ、さあ! と、
「僕は一組を」
と、抵抗する千尋の腕を掴み、引きずるように二組の中に消えていった。
二組なんて、それこそそこまで夢中になってみるようなものなんてないだろ。変なヤツ。呆れてため息と共に肩を落とした時、ちょうど香田が一組から出てきた。
「いやあ、凝っているねえ。作るの、大変だったでしょ?」
「まあな。ハラ減って来たんだけど、何か食いに行かない?」
「あー、僕も。中庭の方行ってみようか、確か、ラーメンと鉄板焼きが」
頷き、教室内に、そろそろ交代だから持ち場を離れるとことわった。一応、二組のドアを開けると、車座になって話していた男子生徒数人と、うろうろしている千尋と東野がこちらに視線を向けた。
「友達が手、空いたって言うから、一緒にメシ食ってくるわ。ま、ごゆっくり」
千尋は、無理やり笑ったような泣きそうな顔で、うん、と小さく応えた。
せっかく来てくれたのに、置き去りにするようでちくりと罪悪感を覚えたが、元はと言えば、千尋がそんなヤツを連れてくるからじゃないか。普段どんなヤツなのか、どんな付き合いなのかは知らない。けれど、俺を、蓬泉高校自体を完全に見下しているのはわかっていたはずだろ。
香田と並んで中庭を目指した。歩きながら、さっきの千尋たちとのやり取りが思い出されて、思わずにやけてしまう。
「ん? なににやにやしているの」
「いや、別に」
佐倉が男だと言った後の、東野とかいうやつの、あのカオ。ある意味気の毒だが、はっきりいって、かなりスッキリしてしまった。いい気味だ。佐倉に、何かお礼でもしたいくらい。
文化祭が盛況のうちに幕を閉じ、祭りの後の気怠いような喪失感がクラスに漂っていたのもつかの間、日々は慌ただしく過ぎていった。
一組の連中は、文化祭後、さらに親交を増したようで、かといって過剰にベタベタする感じでもなく、誰もがいるべき場所をみつけて収まっているといった風に、ぐんと落ち着いた。
千尋とは、文化祭以降、再び没交渉になった。前回、夏休みの間全く話さなかった頃の事が過って、こちらからなんらか連絡をとろうと思いもしたが、きっかけが全くつかめなかった。文化祭、来てくれてありがとう? 少ししか話せなくて残念だった? 東野とかいうヤツに対する愚痴?
くだらねえ。自室で机に向かっている時、ちらりとケータイに視線が止まるとそんな事を考えて、小さく頭を振り、再びノートに文字を書き込むことに集中した。