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俺の表情に気付いたのか、千尋が気まずそうに、おずおずと近づいてくる。
「よ、いらっしゃい」
「たくちゃんの発表、ここ?」
「そ。
まああれだ、君らの知的好奇心を満足させるほどの出来栄えでは、ないかもしれないけどね」
「そんなの、最初から期待しているわけないだろ」
ムカつくソーシャル・スケール男は、ふん、と鼻で嗤ってそっぽを向く。だったら、最初から来なきゃいいだろ。いちいち、いちいちイライラさせるヤツだな。
「東野君、僕が蓬泉の学園祭に行く、チケット二枚あるって言ったら、どうしても来たいからって、言っていたじゃない。
本当はね、すごく楽しみに」
「こーんな低俗な発表が目的だったわけじゃないよ」
千尋は、薄笑いで同行者に抗議して、後半、俺に向かって弁解めいて言いかけ、途中で遮られた。
お前な、この周辺には、お前の言う低俗な発表を一所懸命作ったヤツラがうようよいるんだぞ? よくもでかい声でそんな事が言えるな。来たくなかったんだったら、帰れよ、俺のチケット返せ、と、喉元まで出かかった時、一組の出口側のドアが勢いよく開いた。立って話していた俺たち三人は、一様にびくっとしてその方を向いた。
追い立てられるように出てきたのは、ウサギ耳の神崎と、アリスコスプレの佐倉。
「さあさあ、教室での休憩はおしまい。とっとと宣伝して来て」
「休憩って、荷物を置きに来ただけだろ。てか、話しがちが」
「ゴタクはいいから、ちゃっちゃとお客さん呼んできて。あー、忙しい、忙しい」
イベント主催の女子生徒は、神崎が言い終わらぬうちに教室内に取って返し、ぴしゃりとドアを閉めてしまった。佐倉は目をぱちくりさせて、肩をすくめる神崎と顔を合わせ、二人で廊下を進んで行ってしまった。
女っておっかねー。
「な、なあ、あの子」
東野とかいう千尋の同行者が、上擦った声で俺に向かって言った。
「可愛いな、紹介しろよ」
「はあ? なんで俺が。教室に入っていって、自分で声かけたらいいだろ」
あんな剣幕で男子生徒を追い出すような女が可愛いなんて、こいつ、俺をドMとか言っていたくせに、自分の方がMだろ。
「違うよ、なに言ってんだよ。さっき向こうに行っちゃった、水色のワンピースの子だよ!」
唖然。
ああ、そう、そっちか。うん、まあ、そうだよね。笑いを堪えるのに口をぎゅっと結んで、変顔を見られないように数秒俯いた。
「なんだよ、お前、もしかしてあの子が好きなのか?」
「いや、金髪のかつらのヤツ、だろ? あいつ、男だし。俺はそっちの趣味、ないし」
「え」
東野の人生が終わったようなカオに、つい吹き出してしまった。