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文化祭の二日目。
一日目は在校生や先生たちだけの校内の公開だったが、今日、二日目は一般公開。一日目はたいしたトラブルもなく、一組の発表はなかなかに好評だった。
千尋は、来るだろうか。
知っているヤツが見に来るかもしれないと思うと、事前の文化祭の準備にも気合が入った。俺も大概単純だな。ほんっとうにガキだった頃、親が授業参観とかで学校に来る時みたいな、ソワソワした期待感に落ち着かなくなる。普段だったら、わざとらしく無愛想に振る舞ってしまう所だが、俺が多少浮かれたところで誰も気にしはしない。拗ねているとかいうのではなく、学内でもトップクラスに浮かれていて目立つやつらが近くにいるので。
クラス発表は「アリスの迷宮」という題で、不思議の国のアリスをモチーフにした参加型アトラクション。
で、委員長の佐倉が水色のドレスに金髪のウイッグをつけ、ご丁寧に薄っすら化粧までして女装しているのだが、これが唖然とするくらいの美少女に仕上がっている。他のクラスにも女装しているヤツラはいるが、なんていうんだろう、まるっきり格が違う。
本当は少女ではないという事実が、さらに妖しさを増している部分もあるのかもしれない。例えるなら、精巧に創られた球体関節の人形のような、どこか耽美で物憂げな、人間離れした存在感。「俺ら女装してハメ外してるぜ、ヒャッハー!」っていうヤツラから、さらりと全てをかっさらうくらいの可憐さ。
副委員長の神崎は、その相方として頭の上で長いウサギの耳を揺らし、高そうなスーツをさりげなく着こなしている。親類の結婚式用に量販店で安く買って来た物とはワケが違うという事が、俺の目から見てもわかる。七五三のガキが着せられているという風でもなく、まるで普段着のように着慣れて、馴染んで見える。付け焼刃ではない、物心つく以前からのお坊ちゃまとは、こういう事を言うんだろう。ぱっと見だけでも文句なく格好よく、並んで立つ佐倉、神崎は嫌でも周囲の視線を集める。
そんなわけで、いつも通りの制服姿の俺には誰も気になんて留めるはずもないってわけだ。そいつら二人が客引きをして宣伝している事もあって、一組は急遽整理券を配布するほどの大盛況になった。今は二組の香田も遊びに来て、
「一組は忙しそうだねえ、うちのクラス、ヒマでさ」
と、うれしそうに笑った。二組は、窓を模造紙で覆って薄暗くした教室をハロウィン風に飾り付け、床にカーペットを敷いて雑誌などを適当に並べ、プロジェクターで適当にDVDを放映するという、「休憩室」をやっている。飲食店関係は三年生にしか許可が下りないので、喫茶室というのでもなく、本当に休憩だけをするスペースとして教室を開放している。何をやっているんだろうと時折覗く奴はいるが、回転良く入っていきやすいという雰囲気でもなく、同行者と顔を見合わせて素通りしていく者がほとんどだった。
「さっきまで当番でさ、終わって交代したところなんだ」
「当番って何するんだ?」
「んー? DVDが終わったら、次のに替えて、スタート」
その作業を再現しながらのんびり言う香田に、思わず笑ってしまった。
「俺ももうすぐ案内係、交代なんだ。一緒にどこか回らないか?」
「お、そうなんだ? じゃ、交代になるまで敵情視察して来ようかな。今、入って大丈夫?」
「おう、ってか、完成度にビビんなよ?」
敵情視察ってなんだよ、と、内心呟きながら、一組の教室に入っていく香田を見送り、廊下の先を見ると、千尋が歩いてきた。笑って声をかけようとして、一瞬、表情がこわばった。隣に、勘違いエリート野郎が立っている。なんであんな奴と。