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P12

 クラス分けの結果を知らされぬまま、夏休みを迎えた。きっと、もう結果は出ていて、香田は二学期をどちらのクラスで過ごすのかわかっている。長期休暇と言っても、ほぼ毎日のように夏期講習があり顔を合わせているのだから、自分から聞けばいいのだが、直接問うのが憚られた。表情や態度から察しようとしているが、今まで通りどっしりと穏やかに笑っているばかり。夏期講習は選択式でクラス混合だから、早瀬の姿を見る事も増えた。こちらも相変わらず淡々としていて、一組の連中に話しかける様子もない。このまま、何も変わらないのかもしれない。香田は、一組に残ることになったのかもしれない。


「おっはよー」


 夏真っ盛りの鬱陶しい太陽にも負けないくらい、能天気な声に眉をしかめる。今日は神崎も同じ選択か。お前は、俺の視界に入ってくるな。無理な事はわかっているが、耳にふたでもしてシャットアウトしたい。


「あ、二組の早瀬君でしょ? てか、元二組、か。二学期から一組なんだよね」


 続く神崎の言葉に、ざあっと血の気が引く感じがした。早瀬が、ああ、うん、まあ、とかなんとか、曖昧に応えているのが聞こえる。ふっと、視界が陰り、見上げると香田が立っていた。


「ま、そういう事なんだ。せっかく一番後ろの席だったんだけどね、二学期は最前列で、後ろの人に悪いなあ。ええー、ちょっと、戸川君、そんなカオしないでよ、すぐ隣のクラスなんだし」


「わ、かってるよ」


 わかっている。高校生にもなって、なかよしごっこなんてばからしい。ここには、少しでもいい大学に進学するために、ただ勉強に来ているだけだし。香田に言われるまでもなく、今生の別れでもない。俺の感情が今、乱れているのは、入れ替えに二組に行く奴の目の前で、早瀬とハイテンションで話している神崎のガキっぽい無神経さに対してだ。寂しいとか、そういうのでは、決して。俺は今、どんな顔をしているんだろう。香田の言う「そんなカオ」が、どんな顔だったのか、講習中、ずっと考えていた。


 学校での補習と、予備校の夏期講習、家の往復で夏休みは過ぎていった。改めて考えれば、確かに、香田が同じクラスからいなくなったとはいっても、今までだって、誰かと行動を共にする場面では一緒だったというだけで、そんなに親しかったわけではないのかもしれない、と思い始めていた。普段よりは幾分まったりした、気怠く、温い水の中を歩くような、重い日々。忘れ物をしているような、もやもやとした不可解な喪失感。ある時、午前で終わった学校から予備校への移動途中、書店のウインドウの向こうに、私服姿の千尋を見かけた。家の最寄り駅の近くにも小さな書店はあるが、こちらの方が断然店舗が広く、特に、学生向けの本の品ぞろえは豊富だ。そういえば。その瞬間気付くまで、千尋の存在を忘れていた。一体、いつから、と考えて、脳裏に、あの雨の日、駅の改札で振り切って、ホームで俺の乗る電車を見送っていた千尋の姿が蘇る。あれから、千尋からも連絡はない。中学時代まで、なんだかんだと毎日のように顔を合わせていて、こんなに会わずにいた事は初めてだった。店内に入って声を掛けようと一歩踏み出そうとして、やめた。千尋に親しげに近寄る、「同じソーシャル・スケール」のヤツの姿が見えたので。楽しそうに笑いながら応える千尋を横目に、その場を離れた。

 通り過ぎる歩道の街路樹に、ミンミンゼミが止まって鳴いている。ひたすら、必死に。誰かを求めて、力の限り叫び続ける。暗い土の中で、栄養価の低い、薄い木の根の汁を吸い続ける事数年、それだけの時間を費やさなければ、羽化できるレベルまで成長する事ができない。じっと動かず、ただ、体をつくる事だけを目的にした数年を過ごして、成虫になれば、慌ただしく相手を求めて叫び、子孫を残す。まるで年末年始のバーゲンセールだ。産み落とされた卵は、やがて幼虫になり、湿った土の中で何年も、木の根にしがみ付いて過ごす。何のために、そんな事を繰り返すのだろう。俺に、今は夏だと思い知らせるための贄なのだろうか。ならば、俺は? 何のために這いずるように学校と家を往復し続けている? ふと我に返ると、目の前にある景色はいつも、文字が綴り続けられるノート。延々、延々と。羽化する日が来るとも思えず、誰かを求める事もなく、叫び声を上げる事もなく。

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