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一組は、最終種目の大縄跳び以外は全て敗退してしまったので、香田たちとうろうろとグラウンドを歩いた。昨日の雨で空気が洗われたせいか、肌にチリチリと刺さるような初夏の陽射しが眩しい。学校の奴等とは馴れ合わないつもりで、はじめから壁を作っていた俺は、クラスメイトと少し距離ができていたが、誰彼となく話しかける香田を通じて、教室後方組のヤツ数人と会話を交わすようになっていた。壁を作り続けるのも疲れる。こうして、フェイクだったとしても、話し、行動を共にするヤツがいるのは、完全に一人でいるという状況よりずっと楽だった。無理にピリピリと気を張る必要もない。楽なら、その方がいい。この状況は、なかなかに好都合だった。
「おー、あのコート、みて。二年生だよね、うまいなあ」
香田の声に立ち止まって眺めると、ボールをキープし、敵のゴールを果敢に攻めている男子生徒の姿に目が留まった。ボールは吸い寄せられるように足元を思い通りに動き、目の前に立ちふさがる敵の脇をすり抜け、ゴールを決める。その妙技に、心底感心してしまった。すごいな、どれだけ練習したら、あんな風にできるんだろう。香田たちも同じような思いなのだろう、顔を見合わせて笑った。ふと視線をめぐらせて、競技場の隅の木蔭に、一組の真紅のTシャツをみつけた。佐倉、神崎、高城、そして、さっき対戦した七組にいた、俺と同じ真柴中出身の山崎。ぎり、と、胃が締め付けられるように痛む。
真柴中は、運動部の活動に力を入れていた。部活の名選手は、クラスでも華やかに振る舞い、一目置かれる立場で、文化部と帰宅部は、暗い、と、一段下に見られる存在だった。中学時代の事を苦々しく思い出す。各部活は、それぞれに特徴を持っていた。まず、野球部は、先輩後輩の序列、練習内容が厳しく、基本的に「能天気バカ」が多かった。無神経にズケズケと悪意なく、他者との距離感を図ろうともしない、いかにも体育会系といったヤツラがほとんど。野球の事で頭がいっぱいで、授業は二の次、といったところ。サッカー部は、野球部の連中に、ほんの少し、チャラさと陰湿さがミックスされる。「後輩は先輩のために体を動かすべき!」とただ純粋に思い込んでいる野球部に対し、多少の嫌がらせを楽しむ空気が含まれる。ただ、サッカー部のほとんどの奴は、自分たちがクラスの上層にいる事を理解していて、わざわざ下の者に関心を持たず、さらに貶めるような事まではしない。「いかに自分が楽しく、格好良く、スマートな学生生活を送っているか」が最重要事項なお調子者集団。陸上、卓球、テニス、バスケ部などなどは、運動部の中では、ひたむきに練習に打ち込む、比較的おとなしい、物静かな奴が多かった。問題は、バレー部。表向き、明るいさわやか系男子を装っていて、シャレにならないような陰湿な奴が多かった。目立つ女子や、クラスのリーダーっぽい野球部、サッカー部の奴らと広く浅くにこやかに付き合い、友人の少ないタイプの男子をからかい、貶めて笑いを得ようとする。野球部、サッカー部には、人気者だったとしても、気さくな話しやすいヤツも多かった。が、バレー部は。嫌な事を強く拒否していた俺は、たまにウザく絡まれる程度だったが、千尋の扱いはひどいものだった。「冗談だろ、むきになるなよ」といえば何をしても許されると思い込み、いじめと断罪するのには軽く、けれど、「見られてはまずい人種」には見つからないようにコソコソと、ゲーム感覚で悪意をぶつけてくるような集団だった。山崎からは、直接何かを言われたり、されたりした覚えはない。バレー部の中で言えば、かなりマシな奴だったと思う。が、バレー部だ。他校の部活事情は知らない。けれど、真柴中のバレー部に所属していて、悪名高い奴らとチームメイトだったというだけで、俺にとっては悪だ。そんな山崎と、楽しそうに談笑しているヤツラの姿に、不快感がこみあげる。なんとなく、佐倉は「こっち側」だと思っていた。けれど、今日の容姿、バレーでの活躍なんかを見ていると、違う気がしてきた。佐倉も神崎も、バレーであれだけ動けていたという事は、具合が悪いと言うのも、ウソだったのだろう。ちょっとからかわれたくらいで、逃げ出してメソメソ泣いて、こっちを悪者に仕立てて。やっぱり、あいつらとは、どうにも相容れない。
混み合ったバスの吊革にぶら下がりながら、なんとか体を支えて不規則な振動に揺られていた。クラスマッチの閉会式が終わり、委員長、副委員長と、実行委員以外は帰っていい事になっていたが、クラスのヤツラが帰り支度をする観覧席で、高城が、残れるやつは、片づけを手伝って行かないか、と声を掛けた。
「修もあんまり具合よくないみたいだし、少しでも人多かったら早く終わるし」
そう言われては、朝の件の罪悪感もあって、手伝わずに帰りにくい。てか、高城、お前、ハラ壊したのは神崎だって言っていただろ。まあ、こういう貧乏くじには慣れている。バッグを座席に置いたまま立ち上がると、ほぼ同時に動いた香田と目が合った。俺を見てにやっと笑う口元に、どこか照れ臭いような、誇らしいような気がした。