理屈抜きに惹かれる人
それで、いったい何がどうしてこうなった?
高遠朔は眼前の光景に内心で呟いた。
「……どけよ」
「お前が失せろ」
朔を背に庇うようにして立つ假屋は怒気を隠す事なく、目の前に立ち塞がる相手を睨みつけている。
相手も苛立ちを隠す素振りは全くなく、まさに空気は一触即発。この状況をどうしたものかと考えて、そういえばそもそもの原因は自分にあったのだと朔は頭を抱えたくなった。
話は数時間前に巻き戻る。
学外研修一日目は見事な快晴だった。普段とは違う一日が始まる事に高揚した学生の一団が、教師に促されてざわめきながらバスに乗り込む。
「天気も良くてよかったー。ねぇ、朔!」
隣に乗り合わせた友人が、そっと耳元で囁く。
「今日、假屋くんと回るんでしょ?晴れて良かったね、楽しんで来なよ」
「……もうっ、加奈ってば!私で遊ばないでよ!」
こそりと囁いたその声音はとても楽しそうで、朔は思わずその唇を尖らせた。あの雨の夜がきっかけで假屋と友人になってから、毎日がとても楽しい。それは仲の良い友人達にも伝わるらしく、事ある毎にからかうネタにされるのだ。それはもしかすると、彼に対してほんのりと抱き始めている気持ちまで筒抜けになってしまっているのではないかとまで思ってしまうほど。楽しげに別の話題について話し始めた友人の傍ら、朔はそっと溜め息を吐いた。
二泊三日ある学外研修の一日目は、午後から全てが屋外研修という名の自由時間となっている。名目は研修なので、後日簡単なレポートを提出しなければならないが、その時間は外を自由に散策することを許されている。もちろん、教師の監視などもほぼ無い。羽目を外さない程度に楽しんで良いという学校側との暗黙の了解は進学校ならではの自由であると言えるだろう。
「ホテルから少し歩かないといけないみたいだけど、昔ながらの城下町みたいな所があるらしいね」
「あ、私は家族と前に来た事あるんだけど結構良いところだったな。観光地として宣伝されててね、ご当地アイスが凄く美味しかったよ、朔」
「良いね!アイス食べたいかも!買い食いもOKらしいし」
「食べておいでー。二人で」
「……っ、もう!」
友人と賑やかに話しながら道中を過ごし、目的地に着いたのはちょうど昼前となった。
広間でひとまず簡単なオリエンテーションを受けてから、各自の宿泊する部屋に荷物を置きに行く。それから全員でビュッフェ形式の昼食をとり、屋外研修開始の時刻となった。
「じゃあ、朔。私は美術部のみんなと行くから」
「うん、市内の方まで出るんだっけ?」
「そう。せっかくだから美術館の方に行くつもり。なんか安土桃山展っていうのをやってるらしくって楽しみにしてたのよね。……あんたは假屋くんと回るんでしょ?楽しんでおいでね」
「ありがと!じゃあ、また後でね」
友人達が市内へ向かうバスに乗り込むのを見送ってから、朔は假屋とあらかじめ決めていた待ち合わせ場所へ向かう。
待ち合わせ場所にしていた玄関ホールには、既に假屋が待っていた。
「お待たせ!」
「じゃあ、行くか」
そう言って笑いかけてくる假屋の顔があまりに優しくて、思わず胸の鼓動が加速する。思っていた以上に心に対して正直な反応を示す体に戸惑いながらも、並んで歩いた。
道はなだらかな下り坂。目的地である場所は市内とはホテルを挟んでちょうど反対側に位置するために、二人が通るその道はやや細めで交通量も少ない。同じ場所を目指して歩く学生もいたが、ちらほらと数えられる程度だった。大半の学生は市内へと向かったようで、話し声が騒がしく感じるという事も無い。山の木々が半ば道の上を覆うかのように枝葉を伸ばしているおかげで、初夏の強い日差しも幾分か優しいものになっていた。
「町までは徒歩で二十分くらいかかるらしいけど……」
「なんだ。思ってたより近いね。道も木陰ばかりで涼しいし、歩きやすいし、そのくらいなら全然平気だよ」
「まあ、普段から部活してるし意外と高遠って体力はありそうだよな」
「試合なんて体力勝負なとこもあるから。もしかしたら假屋くんよりあるかもね」
「……それは困る」
むう、と眉を寄せる假屋に朔は声を上げて笑う。假屋もそんな朔を見て楽しげに笑った。
静かな道に二人の笑い声が響く。
歩きながらの会話は、朔が思っていた以上に楽しかった。不思議と話題は尽きる事を知らず、気付けば道の先に目的地が見えていた。