帳尻合わせの恋心
「そもそも、自分の気持ちが分からない」
「……いきなり何を言い出すんですか、あなたは」
「これは恋なんだろうか?」
「真顔でそんな事言うの止めてもらえますか。あらぬ疑いを向けられるので」
珍しく假屋から放課後に誘われたかと思えば、これだ。次郎は疲れた様子で溜息を吐いた。場所はいつものファストフード店。目の前には困惑顔をした前世からの友人。いったいどんな状況だ、と他人事のように笑い飛ばしたくなった。
姉と假屋が友人として仲良くなるのはとても喜ばしい。次郎自身が望んでいたことであり、そうなるように動いてきたつもりだ。けれども、こんなにめんどくさい事になるなんて完全に予想外である。
「とりあえず、順番に話して下さいね」
それでもどうしたって投げ出すつもりになれないのだから、己も損な性格をしているものだなと次郎は自嘲気味に笑った。
「……要は姉さんと友人関係になったは良いが、向けてる気持ちが友人に対するものではない、と?」
「ああ」
「かと言って恋愛感情かと問えばそうだとはハッキリ言えず、過去と重ねてしまってる気がしてモヤモヤしている、と」
「そうなんだよ……」
次郎の言葉に、假屋の眉が下がって情けない顔になった。
假屋の話を整理してみたは良いが、はっきり言ってめんどくさい。だからつい、本音が漏れた。
「馬鹿ですか」
「ば、馬鹿ってなんだよ⁈こっちは本気で悩んでるんだぞ⁈」
「だから馬鹿だって言ってるんですよ」
次郎の言葉に、假屋は本気で怪訝そうな顔になる。
どうして、こんなに簡単な事が分からないのだろうか。
「忘れてしまえばいい」
「え?」
「昔の事なんて、もう忘れてしまえばいいんです。だって、姉さんは憶えていない」
「次郎……」
「思い出させたいんですか?姉さんにあの頃の事を。憶えていて欲しかった?」
「止めろ」
「俺は絶対に嫌です。あんな事を思い出させたくない。もう二度と、あんな思いをさせるのは御免だ」
「もういい、止めろ次郎!」
假屋の鋭い声音に次郎がようやく口を閉ざす。
「……なんて表情してんだよ」
「そっちこそ」
二人、顔を見合わせて苦笑した。
どうやらお互いに酷い顔つきをしていたらしい。過去の記憶に傷付いているのは、二人共同じだったのだと、気づいた。
「あーもう!止めだ、止め!俺、頭悪いから考えたってわかんねぇよ!」
焦れたように腕を振り上げて、假屋は声を上げた。あれこれ考えるのはもう止めよう。そんなのはどうも性に合わない。
ひとつ、呼吸をして次郎を見据える。
「やっぱり、俺は過去のあの人の事が好きだ。あの頃の俺はあの人の事を愛していたし、今の俺も好意を持っているのは否定しない。けど、高遠とあの人は違うとちゃんと分かってる。魂は同じでも、やっぱり過去と今とじゃ全く違う。それは俺も、お前も同じだから。だから、ちゃんと分かるよ。……それでも、俺は今の高遠の事も大切に思ってる。どう言ったらいいか分からないけど、友達になる前と今とじゃ、違う感情なんだ。守りたいって、笑っていて欲しいとそう思うんだ」
話している内に、なんだかスッキリしてきた。
なんだ、俺はちゃんと高遠とあの人を別人と認識しているじゃないか。それが分かって、假屋は内心でひどく安堵した。
「だから、側にいると決めた。もう後悔なんてしたくないからな」
友人としてでも何でもいい。彼女が許す限り、その側で生きよう。
「これが恋かどうかなんて、初めから考える必要も無かったみたいだ」
あー、スッキリした!と清々しい笑顔を見せた假屋に、次郎は大きな溜め息を吐いてみせた。
「假屋さんと友人になってから、姉さんは毎日楽しそうです。いろいろ思うところはあるけど、正直なところ、俺は姉さんが笑って過ごしてくれるだけで構わないんですよ。假屋さんの姉さんに対するその気持ちが恋心であったとしても、構わない」
「そうか」
「……けれど!」
次郎は假屋の胸倉を掴んで、真正面から睨みつけた。
「もし泣かせるような事があれば俺は許さぬぞ、亜稀」
「御意」
低く唸るように告げられた言葉に、主であった頃の面影と気迫をひしひしと感じながら、假屋は静かに首肯した。