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花守人  作者: 惠元美羽
第一章~再会編~
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いつもの日常

青空の下、あの人が笑っている姿を見ているだけで幸せだった。


「ーー……假屋かりや、おい假屋!いい加減起きんか‼」

「んがっ⁈」


ばしんという音と共に頭に走った衝撃で目が覚めた。覚醒しきれない頭のまま、ぼんやりと顔を上げればクスクスと笑われる。


「授業中にいーい度胸だなぁ、おい」

「……おはようございます」

「他に言う事があるだろうが!」

「あー、スンマセン」


怒り心頭の様子である教科担任に内心で舌を出しながら、申し訳程度に頭を下げる。

つまらん授業をする、あんたが悪い。

恐らくは言っても言い足りる事の無いだろうと思われる小言を聞き流しながら、假屋かりや 亜稀あきはふと視線を泳がせた。

こっちが現実だよなぁ、やっぱり。

真面目にそんな事を考えていたら、本日2度目の衝撃が頭に降ってきたのだった。



平和だなぁ、とよく思う。

現代においてのこの国では戦争の影は遥かに遠く、ぼんやりとした日々がいつまでも続く。

あの頃と比べれば、なんて退屈な日々か。


「よお、若!」


廊下で見つけた見知った背に声をかければ、


「だからその呼び方、いい加減止めて下さいって!」

「いいじゃん、慣れてるんだから」

「よくないですよ!」


相変わらずの反応を返してくれる、あの人の弟。

かつての主であり、友であり、そして現代における假屋の理解者の1人だ。


「まったく、俺の身にもなって下さいよ!あなたが若とばかり呼ぶものだから、あらぬ誤解までされてしまって」

「なになに?どんな誤解されてんの?俺と?」

「言いたくありませんよ!口にするのもおぞましい……っ」

「……そこまで言う事ねぇだろ」


いったい誰に何を勘ぐられたのか、凄まじいしかめっ面で吐き捨てる様子に、僅かばかりの同情を覚える。

こいつ、どうしたって真面目だからな。ショックだったのだろう、いろいろと。


「それで、何の用ですか?」

「ん?」

「あなたの事だ。用事でも無ければ俺に声なんてかけないでしょう。こんなところで」


だから早く言えと、目が言っている。

学校なんかで俺と関わりあいたくなど無いだろうに、変なところで優しい奴だ。


「悪いな」

「何がですか?」

「俺、もうちょっと素行を良くしておくべきだったと思うわ」

「……何を今更」


そうだ。今更だ。

現在を悲観して、さんざん暴れ放題したその後にまさか再会するなんて思ってもみなかったんだ。

悪評と共についた二つ名は“暴君”、“狂犬”など色々。今では周囲が驚く程にすっかり大人しくなった俺だが、噂やら評判やらは簡単には消えてくれない。

今も昔も後悔ばかりで、浮かぶ笑顔も曖昧になる。


「馬鹿なのは変わりませんか」


その言葉にカチンときたが、大きな溜息を吐いたその顔を見て、それは一瞬で霧散した。


「俺は、あなたの友でしょう?今も、昔も」

「次郎……」


仕方ないなぁと笑う顔を見て、思わず呟いた懐かしい名前。本当に小さな声でしかなかったそれを、当たり前のように聞き取って、


「そうですよ。名は変わってないんですから呼んで下さいよ。以前よりも近しく生まれる事が出来たんですから」


あの頃のように、笑った。


「身分なんてもうありませんし、あの頃だって実はそんなに気にしてなかったでしょう?」

「そんな事無いぞ」

「では、何故仕えてる家の息子を殴ってたんですか」

「腹が立ったからな。躾だ」

「それ、本来なら打ち首ものの罪って気付いてますか」

「……俺の首、欲しかったのか?」

「要りませんよ、そんなもの」


あの頃は上下に分かたれていたもの。仕える家とその人間、守るべき人達、屠らねばならぬ者共、命の重さは不平等だった。それが今では全てが横並びとされているのだから、現在を生きるのもまあ悪くは無いかもしれないと、やっと思えた。


「で、何の用なんですか?」


次郎の問いに、ようやく我にかえる。ああ、そうだった。


「……あの人は息災か?」


用事なんてたったのこれだけ。

現代人である俺達ならメールで十分だろうと思われる一言を、必死に紡ぐ俺は相当な馬鹿なのだろう。

それでも、これだけは自分自身で確認したいのだ。それが例え、あの人の弟である次郎を介したものだとしても。


「言葉、戻ってますよ」

「元気なのか?」

「……相変わらず元気ですよ。何も心配するようなことはありません。あの頃とは違うんですから」

「そうか。なら、良い」


呼び止めて悪かったな、と背を向ければ、


「假屋さん」


呼び止められた。けれどその声に色は無くて。


「どうして、直接会って確かめないんですか」

「……それを、お前が聞くのか」


振り向くことは出来ない。

次郎にこんな顔を見られるのは絶対に御免だ。酷く情けない面を晒す勇気はあいにく持ち合わせてはいない。


「じゃあな」


これが“逃げ”だと自分でも分かっていた。

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