TWWO学校 赤色の女
いったいどれくらいの月日が流れたのだろう……
あの日以降、この刀はどれほどの血を吸ったのか……
両親の血、友の血、敵の血、道行く者の血、畜生の血、木々の血……
この世を生ける者の血は全て吸った。
だが、まだあ奴の血だけは吸えていない。いったいどこを彷徨えばこの刀はあ奴の喉に向かうのか……
この刀があ奴の体へと刺さるまで、私はこの刀を血で濡らそう。
たとえ我が身が闇へ落ちようとも……
この刀で奴を葬ることができるのなら……
ここは何処だ?
確か私は森を彷徨っていたはずだ。屋敷の主人から庄屋の人間を総て斬るよう言われ、言われた通り斬った。その後、頬に血の付いた私を見て騒いだ娘も斬った。屋敷の主人に報告すると、突如として大量の人間に囲まれた。もちろんそ奴らも斬り、主人の家族も屋敷にいた人間も総て斬った。
そこまでは覚えている。
その後、町を出て森に入り、雲行きが怪しくなって来たために洞窟へ雨宿りに入った。
そこからだ。洞窟に入ったと思った次の時にはこの異質な場所にいた。
白い壁に起伏のない奇妙な床。その床でできた廊が長々と続いている。どう見ても木ではない。岩か? 石畳にしても表面が滑らかすぎる。
『あらあら。こんな所にワフクを着たおサムライさんがいますね』
背後から気配を感じる。だが人の気配ではない。だからといって物の怪の気配でもない。
「何者だ。貴様は」
振り向きながら刀に手を添える。
だが、背後には何もいなかった。厳密に言うと何やら珍妙な光が浮いているだけであった。
『私は校長先生です』
……何を言っておるのだ? そもそも何処にも人の気配などしない。
「何処にいる!! 姿を隠さず出てきたらどうだ!!」
『私は目の前に居ますよ』
……明らかに光が揺れ動いた。
『この姿がお気に召さないのでしたらこちらはどうですか?』
光が動きゆっくりと姿形を変えて行く。
光が消え、金色の長い髪の幼子が現れる。
「き、貴様!! その髪色は異国の者か!? さらには妖術まで使うとは!? 何奴だ!!」
「ですから校長先生ですよ。私は校長。他に呼び方などありませんよ」
「こう……ちょう? 可笑しな名前であるな」
「まぁ私については置いといて、他に質問などはありませんか? 石楠花さん」
「なっ!? 貴様!! 何故私の名を知っている!!」
刀を素早く抜き、こうちょうへと切っ先を向ける。
「わっ!? ま、待ってください!!」
「問答無用!!」
刀が動き校長を一閃する……はずであった。
「あ~びっくりしました。私は精神体なので斬ることは不可能ですよ。斬られた感触はありますが……」
「なっ……!? やはり物の怪か!!」
「違いますって、校長ですよ……といっても埒があきませんね」
少女はため息をつき石楠花を見上げる。
「ここはあなたがいた世界とは違う世界です」
世界? 違う世界?
「理解できていないようですね」
「……たしかに、貴様の言うことはよくわからぬが、ここは私がいるべき場所ではないという事がわかった。というわけで帰らせてくれぬか?」
「できません」
思わぬ返答に思わず体を強張らせてしまう。
「私は呼ぶ専門ですから。石楠花さんを返すことはできないですね」
何という事だ。
「ならば斬るしかないな」
「何故そうなるんですか!!」
校長とやらが叫び声を上げる。今思うと見た目の割に言葉使いが大人びている。
「ではこういうのはどうですか?」
「なんだ?」
「あなたの仇である男がこの世界にいる」
「な!?」
石楠花の心に衝撃が走る。
何年もの間探していた弟の仇。どれほど人を殺めても、どれほど方々を訪ねても見つからなかった仇がここに居る。
「何処だ!! 奴は何処にいるのだ!?」
校長の襟を掴み持ち上げる。
この際相手が子供であろうと関係なかった。
「私にはわかりませんよ。私はここにお呼びしただけ。それいがいのことはわからないのです」
仇がここに居る。何よりも大切な弟を殺したあの男が。
復讐心。ただそれだけが私の中を覆い尽くしていく。
「……」
だまって校長の胸倉から手を離す。
「……この場所に私の仇がいるのだな?」
「そうですよ」
「ならば……」
石楠花はいったん言葉を切り、目を閉じる。
まぶたの裏に出てくるのは、自分が唯一心を開いたかわいらしい弟の姿。
「私はこの世界であの男を探す」
何を考えていたのだ私は。
私の目的はただ一つ。男を殺すこと。
「それでは失礼する」
その目的の達成のためなら、いくら自分が汚れようと、いくら自分が地獄へ落ちるようなことをしようと別にかまわない。
血の道の果てにあの男がいるならば……私の目的は変わらない。
たとえ違う世界でも変わらない。
たとえ、この刀が、この心が、この体が錆びようとも……
必ずこの手で。
「待っていろ……」