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第一章 ②異世界へと越えて

「う……、あ……」


自らの身に何が起こったのかよくわからないが、ただ一つだけわかるとすれば今は体がすごく怠いということだろうか。

はっきりいって、目を開けるのさえ煩わしい。

それでも、時間をかけて目を開けた俺は――


「……どこだ、ここ」


目を開けて、体を起こしてみると周りには見慣れない高価そうなアンティークの家具が置かれていた。

床には深い赤色の絨毯が敷かれていて、どこか洋館を思わせる部屋だ。

掃除が行き届いているのか、周りを見渡しても埃ひとつなかった。


「夢、なのか?」


――そもそも、俺はさっきまで何をしていた?

その考えに至るまでにえらく時間がかかったものだと思う。

自分の記憶を必死で思い起こしていく。


「たしか和樹が寝てて、だから俺は一人で――」


――! そうだ。そのあと、青色の仮面野郎に……


思い出した俺は歯を噛み締める。

ボロボロにやられてしまった。成すすべもなく、一方的に。

それはやはり俺にとっては屈辱的であり、また信じられないことだった。

そして奴は俺にとどめを刺すこともなく、訳の分からないことを呟いて消えて行った。


――まてよ、消えて行った?

(俺が消えたんじゃなかったか?)


たしか、そうだ。あいつはわけわからないことを言った後、手を振りかざして、それで…!


「……」


だんだん思い出してくると共に、冷静になってきた。



――俺はどこかに飛ばされた?


確証もなく、また、そんな事ができるはずがないのだが、何故か俺はそう感じとっていた。

少なくとも、現実に目が覚めたらまったく見覚えのない場所に飛んでいたのは事実だ。


とりあえず、この部屋を捜索してみることにした。

夢なら夢で、途中で覚めるだろうし、現実だとしたらここから出る方法を考えなくてはいけない。

合理的な判断を俺は取ったつもりだった。


――ベットから降りて、部屋の中を物色しようとした瞬間、膝から折れて、俺は地面に倒れこんでしまった。



「っく……、なんだ……、これ」


うまく足が動かない、踏ん張れない。

長距離のクロールをした後の足の様に、足がフラフラ震えてうまく立てない。


「……!」


足音が外から聞こえてくる。さっきの倒れた時の衝撃で気づかれたのだろうか。

自分は泥棒でもなんでもないのだから悠然としておけばいいものを、俺は内心ドキドキになりながら足音をやり過ごそうとしていた。

――そして、足音が、この部屋の前で止まる。


トントン。

扉を優しくたたく音が聞こえる。

緊張しすぎて返答できない俺の状況を知ってか知らずか、そんなことは構わずにドアノブが回される。


「――あら、お気づきになられましたか」


ドアから見えたのは優雅なドレスを着た、、綺麗な女性だった。

――まるで作り物のように、床に付きそうなほど長い深紅の髪を“纏って”いた。

その女性は、部屋に入る前に一度ドレスの裾を掴みお辞儀をした。

そして部屋に入った瞬間、さきほどまであんなに主張していたアンティーク家具がたちまち引き立て役と化す。


「え、と……。どちらさまでしょうか」


普段はあまり敬語なんて使わないのに、思わず畏まってしまうのは目の前のお姉さんが美しいからか、それとも。


「そうね……。わたくしからも聞きたいことはあるのですけど、まあいいでしょう」


姿勢を正し、俺の目をしっかりと見据えてくる。ルビー色の眼差しを真正面から突き付けられて俺はドキリとしてしまう。


「私の名前はデニス・アイアランド。あなたは?」

「えっと、俺は、奏多和久かなたかずひさ

「か…なんですって? ……服装といい、異国の方なのかしら?」

「か・な・た・か・ず・ひ・さ――です」


(異国……、言われてみれば、確かに)

目の前の女性は如何にも英国のお金持ち――って感じがするし、この部屋だって。

言語が普通に通じているのは不思議だが。


「なら、和久でいいわよね。私のことはデニちゃんって呼んで頂戴。ええ、是非ともそう呼びなさい」

何故かニッコリ笑顔のデニちゃん。こえええ。


「い、いえっ。さすがにそれは…。デニスさんでお願いします」

「……っち。 まあ、仕方がありませんね……」


何故かションボリするデニスさん。……つーか、いま舌打ちしなかったか?


「それで和久、あなたは何処から来たの?」

「えっと、その前に一ついいですか。ここってヨーロッパなんですか?」

「……え? ヨー……ロッパ、とはなにかしら」

質問を質問で返すなんて行儀が悪いのかもしれないが、どうしても今自分が置かれている状況を一刻も早く知りたかった。

そして年甲斐もなく(失礼だが)子供のようなしぐさで考え込むお姉さん。あるいみ可愛いのかもしれない。


「地名ですよ、地名。大まかな、ですけど」


デニスさんはさらに首をかしげてしまう。

俺はその後、あらゆる手段を使ってヨーロッパについて説明したもののお姉さんには伝わらなかったらしく、頭はずっと右に傾いたままだった。


「ヨーロッパというものが何処かはわかりませんが、少なくともここはヨーロッパではないです」


ウソをついてるようには見えない。本心から意味がわからないらしい。

――てことは、ここはどこだ?


「な、なら。ここはどこなんですか?」

「ここですか? ――ここはティル・ナ・ノーグの遥か南。エスターブと呼ばれる国です」


ティル……なんだそれ。


「す、すみません。地図を持ってませんか? できれば世界地図を……」


ちょっと待ってね、と言ってデニスさんは部屋を物色し始める。

俺を横切った拍子に、ふわっと、バラのいい匂いがした。



「んー……、あったあった! えーと、これでいいのよね」

そこそこのサイズの地図を広げてみせる。

 

「……」

その地図を見て俺は絶句する。

――ユーラシア大陸が、アメリカ大陸が、アフリカ大陸も、そして日本も、ない。

地図が間違っているんじゃないかと聞こうとしたが、彼女の真剣に自分の国を探して、ここがエスターブです、何て教えてくれる仕草を見て俺は。


「? 和久、どうしました?」

下を向いている俺の顔を心配そうに覗いてくるデニスさんに


「……どうやら、俺は異界から来たみたいです」


俺は世界を越えてしまったのだろうか。




◆◆◆




デニスさんとの話が終わった後、デニスさんからお昼ごはんを一緒に食べましょう、との提案が。

腹が減っていた俺は気持ちよく了解したものの、足がうまく動かないので自力で部屋を移動することができないとの旨の話をした所。


「すみません、女性にこんなこと頼んでしまって」

「いいんですよー。久々のお仕事ですからっ。気になさらないでください」


――優しいメイドさんに肩を貸してもらっている所だった。


「それにしてもメイドさんがいるなんてすごい家なんですね。ここって」

「ええ、それはもう」

えっへん、とメイドさんは自慢げだ。


「なにせ、貴族様ですからね」

「なるほど貴族……って、ええ!?」

驚いた拍子にメイドさんから手を放しそうになる。

「ああ、もう危ないですよー。……聞かれてなかったんですか?」


聞いてなかったが、デニスさんの衣装や振る舞い、またそこかしこに置いてある家具などを改めてみてみると、なるほど、貴族といっても遜色ない様なものばかりだ。

素人目に見ても高そうな壺だったりが普通に置いてあったりする。


「あ、あと聞いておきたいんですけど。ヨーロッパってご存知ですか?」

「ヨーロッパ? お菓子か何かですか?」


……ダメか。

デニスさんがものすごいアレな人で、自分の国の名前を間違えて覚えている……何てバカみたいな可能性をどうしても否定できなかった俺は、確認のために聞いてみたのだが。


その後、10分程度歩いて案内された先は、予想に反して簡素な個室だった。

ベットが一個あり、他に目ぼしいものといえばクローゼットとテレビぐらいだろうか。

ここに来るまでの道のりが結構長かっただけに、ある意味期待外れではあった。


「ここは、私の部屋なんですよー。ホント何もないですけど、ゆっくりしていってくださいね」

「え、俺はご飯を食べに行くんじゃ?」

「ええ、ここで、です」

……てっきりデニスさんと食べるのかと思っていたのだが。

まぁ貴族らしいし、俺みたいな何処の誰かもわからない奴と食事を共にするわけにはいけないのかもしれない。

――そう思ったのだが。


「おにいちゃん――!」

「は?」


俺の身長の半分ぐらいの背丈の少女が急に部屋に入ってきたかと思えば、俺の姿を見た瞬間目を輝かせて胸へと飛び込んできた。

想定外の出来事に呆気に取られている俺には構わず、頬をスリスリしてくる。


「いつ帰ってきてたのっ? 何で、全然連絡してくれなかったのぉ?」


涙目になって少女の蒼い両の眼が俺の顔を凝視する。

思わず抱きしめそうになってしまう衝動を抑えて、俺はメイドさんに助けを出してもらおうと視線を送る。


「お嬢様。この方は男爵様ではありませんよ。まったくの別人です」

「え? ……貴方、何を言っているの?」


意味が解らない、と目を細めて怪訝な顔をする少女は、すべて計算してわざと歪められた西洋人形のようで――


「確かにこの方はそっくりですが……、よく見てください所々違います」

「……どこが?」

「具体的にいうと、鼻の右側にあるはずのデカい黒子が見当たりません。あとは身なりが貧相なのと、身長ももう少し大きかったはずです」


……会話についていけないのだが、俺は不名誉なことを言われているのだろうか。

少し気になるのはさっきから二人の空気感が微妙な事だろうか。メイドさんはどこか少し業務的になってるし、少女はさっきの俺に対しての態度と打って変わって他人行儀だし。


「……、確かに。おにいちゃんのチャームポイントである左胸にある傷がない……」

気が付いたら少女に上の服を、胸の辺りまで下から捲られていた。

――って、うおい!


「え、えっと誰と間違えてるのかは知らないけど、俺は君のお兄ちゃんじゃないよ」

ささっ、と少女から素早く離れる。離れたのはいいが、少女は何処か寂しげだ。


お兄ちゃんじゃない、という言葉にショックを受けたのか少女は何かを呟き、下を見きながら部屋を出て行ってしまった。


(……よかったのかな、あの子)

気にはなったが、とにかくお腹が空いていた俺には、追いかける気には到底ならなかった。

それに、メイドさんがお嬢様と呼んでいたのだから、この館にいれば嫌でもまた会えるだろう。


「あの、メイドさん、ちょっといい……」

「アルテミシアと申します♪」

「あの、それで聞きたいことが……」

「アルテミシアと申します♪ 是非、シアとお呼び下さい」

「ええっと、シアさん」

「はい、どうされました?」


――やっと聞いてくれた!


「ここで飯を食うんですよね? えっとシアさんと俺とで食べるんですか?」

「ええっと、私と貴方とデニスお嬢様?」


何で疑問系?


「デニスさんもここで食うんですか!? ……一応聞いておきますがあの人もこの家のお嬢様、ですよね?」

「ええ、ここアイアランド家の次女様でございますよ。ちなみに先ほどの小さなお方が三女のエレナ様です」

「何でそんな人が……その、言い難いんですがこういう個室で?」

「私もよく聞かされてないんですよー。ただ、貴方なら大丈夫そうね、とだけ言われて。何が大丈夫なんですか? って聞いたらご飯をこの部屋で食うから準備しておいて頂戴、って」


うまい事はぐらかされてるなー、と思いながらまぁデニスさんにも色々な事情があるんだろう、と自己解釈する。

そうしないと、そろそろ本気でお腹が空いてきたからだ。


「私、そろそろお昼ご飯取ってきますね。ここで待っててください」

にっこり笑顔で出て行こうとするシアさん。男としてそれでは情けないと思うので手伝う、と言ったのだが。

笑顔を一切崩さないシアさんに何度も、待っていてくださいと言われてしまったので諦めて待つことに。



――それにしても、俺に似てる人って一体?


図らずも独りになった俺は、先ほどの少女――エレナっていってたっけ、とシアさんが話していた内容を、思い出していた。

 

 

 

 


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