第一章 ①何の変哲もない世界 Ⅱ
和樹は大学生なので暇は相当にあるらしいが、俺はそうはいかない。
なにせ、高校生なのだ。ちなみに二年。
だから、俺はいつもの和樹との早朝ゲーセン格闘トレーニングを終えた後は学校に行く。
はっきりいって授業はつまらない。人並みに知識欲だとかはあるのだが、どうしてもリアルファイトと比較してしまう。
けど、サボる気にもなれないのだ。サボったら次の日もサボりたくなるから。
――だって、そうなったら廃人と一緒じゃないか?
「よ。おはよう」
「あ、和久! もう十時だぞ? またゲームやってたのか?」
「……」
どうやら白熱しすぎていたらしい。よくよく考えてみれば登校途中、学生が誰一人としていなかった。
……友人からみれば俺は立派な廃人かもしれない。
「まあいいや、次体育だから早く用意した方がいいぜ。俺は先に行っとくから!」
じゃあな、と言いながら友人Aは急ぎ足で教室を出て行った。
友人Aとは彼のあだ名だ。命名は俺。西王寺何ていうかっこいい苗字をもってやがるので、腹いせにつけてやった。
今思えば八つ当たりに他ならないのだが、まあいいだろう。
……もう教室には誰もいない。さっさといかないと。
どうやら今日はバスケットボールをするらしい。皆はいつも通り、適当に挨拶をして、適当に準備運動をして、真剣に先生に怒られていた。
……まあ、そんなこんなで試合開始。Aは敵チームらしい。
「おらああ!!!受け取れぇ、和久ぁぁぁぁ!!!」
まるで黒い怪物を見たときの俺の様な顔をしてAがボールを投げてくる。
Aは日頃から俺に対しての恨みが積もっているらしいから、こういう場面は容赦してはくれない。
――って、うおい!
「待て! これはドッジボールじゃない! バスケットボールだ!」
ボールが俺の顔面へと迫ってくる。透かさず右に避け、ボールを受け流す。
……バスケットボールは堅いから当たったら痛いっての。
そう思った瞬間、体育館にすごい音が響いた。
――――――!!!!!
これは、ボールが壁に当たった音じゃない。――人、か?
後ろを見ると、審判をするためにコート外で俺たちを見ていた体育の先生が頭を押さえながら肩を震わせていた。
「あ、ちょ……」
Aが言い終わるのを待たずに。
「西王寺……覚悟はできてるな?」
頬がピクピク動いているのが俺からでも確認できた。
自業自得とはいえ、Aよ、哀れ。
◆◆◆
よく考えてみれば、和樹との初めての出会いはゲーセンでだった。
あいつはここらへんで有名な不良だったらしく喧嘩が強かった。
そんな不良が、最近はリアルファイトをやっているらしい、という噂をキャッチして俺は戦いを挑みたくなったのだ。
リアルファイトでのキャラの能力はユーザの能力依存なので、現実の喧嘩が強いやつは強い、と俺は考えていたんだ。
そのころ俺は負けをしらなかった。リアルファイトを始めてから、誰にも負けたことがなかった。
――だから俺は、この町最強の不良に戦いを挑んだ。
その時の結果は、時間切れで決着がつかなかった。
お互いに負けを知らなかったので、俺は好奇心から。
和樹は負けず嫌いの性格のために、戦い続けた。
――その日から、俺たちがリアルファイトで戦うのは日課となっていった。
今、改めてゲーセンにあるソファーで大口開けて眠っている和樹を見る。
(あのころの面影は全然ないよなぁ…、丸くなったもんだよ、本当)
学校帰り、いつものゲーセンに寄った俺はソファーで寝ている和樹を発見した。
和樹は寝る間も惜しんでリアルファイトをしているらしく、こういうことはたまによくある。
――ああ、たまによくあるんだ。
和樹を起こす必要もないので、俺は一人でリアルファイトをすることにする。
ここのゲーセンは隠れ家的な雰囲気があって、俺たちみたいな半廃人にはすごく落ち着く場所だ。
(和樹は殆ど廃人だけどさ……)
こんな場所だからか、俺ら以外の客はめったに来ない。
だから、和樹がいないときは専ら一人プレイ専用になってしまう。
「まあ、たまにはいいか」
和樹とばっかりやりすぎてそろそろ飽きてきた所だ。たまにはCPUを相手にするのもいいだろう。
カプセルに入ってバーチャルへと移動する。
フィールドに付いた瞬間、大きく息を吸う。
まるで故郷に帰ってきた錯覚を抱く。それほどまでに俺はコイツにお熱だった。
――CPUとやるときは殆ど作業になる。
大体、同じパターンで攻撃を仕掛けてくるのでそれを冷静に対処。
いよいよボスの手前まで来た瞬間、変化は訪れた。
『―――― interrupt ―――― 』
――なんだ、割り込み? 和樹が起きたのかな。
どうせ和樹だろうと、俺は考えていたのだが……
「あれ、違うのか」
現れたのは見覚えのないキャラだった。
ピチッとした青いスーツのようなものを着ていて、、白い仮面を覆っているらしく、顔が見えない。
珍しい奴だな…と思いながらも、俺は初めて手合せする相手に対して敬礼する。
「初めまして。よろしく」
ゲームであろうと、挨拶は基本だ。
「よ――し…い――か……お――え……ち――を……―す」
「え、なんだって?」
――回線でも悪いのか?
相手の声がよく聞こえない、砂嵐に阻まれているように、ノイズがひどい。
こんな事は初めてだったので戸惑ったものの、ゲームが開始されそうだったので俺は、咄嗟に戦闘態勢を取る。
(……まあいいか。ちょうどCPUにも飽きてたところだったし)
試合開始のゴングが鳴り響く。
まず、俺は様子を見るために間合いを取る。
――が、何故か間合いを取ったはずの俺はいきなり宙に浮いていた。
「――は?」
気が付けば、俺は空中で殴られていた。成すすべもなく、腹を一方的に。
相手の動きが見えない。いや、見れないといったほうが正しい。
まるで相手には重力の概念が通用しないかのような――物理法則をすべて無視したかのような攻撃を繰り出される。
「がはっ――」
試合開始から5秒、すでに何発貰ったのかさえわからない、挨拶のプレゼントにしちゃあ、あまりにも重い。
そして俺は思い切り、地面にたたきつけられた。
「――弱い、弱い」
先ほどまでのノイズがウソのように鮮明に聞こえてくる。
すでに俺の意識は消えかけだったが、それでも鮮明に聞こえてくる。
「どうやら、今までの苦労は徒労に終わりそうだ。――あまり私を絶望させるな?」
そういいながら、白い仮面が少しズレた。どうやら、顔を歪ませたらしい。
「お、まえ、何者だよ……、大会出場者か?」
勿論、リアルファイトにも大会はある。
全国大会には俺たちには考えられないほどの猛者がいるらしい。
「大会?なんだそれは」
「……大会は、大会だ、ろ。リアルファイトの」
「リアルファイト……?――ああ、なるほど、お前はまだ、“そちら側”にいるのか!」
これは驚いた、と言わんばかりに大げさに青い仮面男は叫んだ
「なるほど! そうか、お前はまだ……! ふははははは、ならばいいだろう!」
何がいいのか訳がわからないが、そろそろ意識がヤバい。ゲーム的にいうとあと一ドットの命という所だろうか。
「ならば――、連れて行ってやろう。吾らが世界へ辿るために。だが、努々忘れるな? すべては我が世界に辿り着くために」
――何言ってんだよ。なんて言う暇もなく俺は意識を失ってしまった。