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深更トライアド

置き配禁止の家──天霧谷の空虚を貪る怪異

作者: 比古狭霧
掲載日:2026/06/21

6/25 22:09

舞台や怪異はそのままですが、よりホラー感を強める為に全編に渡ってストーリーを修正しました。

第一章 天霧の呼吸


天霧に来て三週間。

白鹿運輸の研修は、まだ一週間目だった。


六月の天霧谷は、山陰の海霧が迷い込む場所だ。昼は、浜から吹き上がる潮の粒が谷底に沈み、国道を走るトラックの音が途中で“折れる”。音が遠ざかるのではなく、谷のどこかで吸い込まれて途切れる。山の斜面に貼りつくように建つ集落は、昼でも影が濃く、瓦は常に湿り気を帯びていた。


夕方になると湿度が増殖し、軒下に落ちた生活音が一つずつ溶けていく。夜の気配が山の稜線から降りてくると、谷全体がゆっくりと体温を下げ、天霧谷そのものが“息を潜める黒い塊”へ変わる。


寮の廊下で届く声も、日が落ちると壁に吸い取られ、自分の足音だけが存在の証になる。村瀬直斗むらせ・なおとは、鼓膜に返ってくる音量が日によって変わるような、この土地の“呼吸の仕方”にまだ馴染めずにいた。


倉庫で、研修担当の杉本が順番に箱を指していく。段ボール自体は一般的なものだが、擦れた文字で古びたステッカーが無造作に貼られていた。


"天示無用"


天地無用の誤植のように見えるが、間違いではないらしい。杉本はそれを指で軽く叩き、「気にすんな」とだけ言った。


触ると細かな砂が指先に擦り付きそうな質感。他所者である直斗に対して、何かを言い淀み隠しているというより、言葉にしないまま放置している“空白”が、倉庫の湿気と共鳴していた。


「天霧奥の家」


そこへの道は細く、二人を乗せた車の頭上を塞ぐように木々が垂れている。


タイヤが苔を踏む感触は、わずかに柔らかい。昼間のまだ道が視認できる時間帯に案内してやるという杉本の配慮だった。


ラジオは途中でノイズを増やし、やがて音が事切れた。杉本は特に気にせず、窓を少し開けて煙草に火をつける。


湿った風が車内に入り、どこか遠くで水が落ちるような音がした。谷のどこかで、音が勝手に生まれては消えていく。


「ここから先は家が少ないからな。迷うほどじゃないが、初見だと不安になると思ってよ」


道は言葉どおり急に狭くなり、谷に沿って畝り始めた。伸び切った枝が車体をはじく音が小刻みに響く。影は木漏れ日を遮るようにじんわりと背を伸ばし、昼なのに薄暮の色をしていた。


轍の跡が目立ち始めると、

視線の先に一軒の家が現れた。


古い木造の平屋。外壁の板には雨に打たれた跡がそのまま残り、屋根瓦には薄く苔が広がっている。増築を繰り返したであろう簡素な車庫や物置の波板屋根は、錆びた湿気を溜め込み、ゆっくりと吐き出していた。


車を降りた瞬間、

直斗は “音の変化” に気づく。


背中に感じていたエンジンの余韻が、透明な箱に囲まれたように途切れた。風も通さず、葉の擦れる音も防ぎ、川の音すら届かない。耳の奥に、空白だけが広がる。


玄関脇の壁には古い釘跡と掠れた糊の断片がいくつも残っている。曇りガラス越しに中の様子は見えないが、空気の奥に、誰かが息を潜めている“残り香”のような気配が薄く漂っていた。


何かを貼っては剥がし、貼っては剥がした跡の中に、風化しかけた紙片が一枚だけ残っている。文字の判別はできないが、紙の質感が倉庫で見たステッカーを思い出させた。


「ここらは夜になるともっと暗い。霧なんかもよく出るから、今のうちに場所の特徴とか覚えておいた方がいいぞ」


それだけ言うと、

杉本は踵を向けた。


天霧奥の家は昼間なのに、玄関灯がうっすら点いている。霧のない昼の空気の中でありながら、朧げに息をする光は弱く、そこだけ夜のような色をしていた。背後に気配を感じた後、冷たいものが背中に流れ落ちた。


その夜、杉本から指示が出た。


「さっき行った天霧奥への道を忘れない内に、研修のつもりで今からお前一人で行って来い」


天示無用のステッカーが貼られた荷物を積み込み、直斗は夜の天霧奥へ車を走らせた。谷の空気は昼よりも湿り、霧が真横に口を広げながら漂っている。


街灯の光が白い膜の中で行き場をなくし、坂道の輪郭が曖昧になる。エンジンを切ると、自分の呼吸以外の音が一つずつ地面に落ちていくようだった。


玄関の前に立ち、インターホンを短く押す。乾いた一音が霧に隠れた後、すぐに女性の声が返ってきた。


「ありがとうございます。その荷物、扉の前に置かないでください。私が受け取ります。でも……扉は絶対に開けないでくださいね」


声は穏やかだが、言葉の間が妙に長い。誰かに聞かれているかのように、慎重に言葉を選んでいる。直斗は荷物を胸に抱えたまま、扉の表面を見つめた。木の板は古く、ところどころに細い傷が走っている。


荷物を差し出そうとした瞬間、

背後から同じ声が滑らかに囁いた。


「開けていいですよ。私はここにいますから」


反射的に振り返る。

霧だけが揺れていた。


人影はない。

声だけが、立ちつくしている。


玄関の向こう側から聞こえる声と、すぐ背後の声。二つの異なる位置から、同じ声が同じ言葉を投げかけてくる。


昼間と同じ、

背中に冷たいものが走る。


直斗は荷物を扉の前に置き、その場を離れた。坂を下りている途中、遠くから短い「ピッ」という電子音が聞こえた。さっき押したインターホンと同じ音。だが距離が合わない。


家から離れているのに、

音はすぐ後ろで鳴ったように感じられた。



第二章 隙間の向こう


翌日、直斗は倉庫で荷物を仕分けながら、

昨夜の“声”を思い返していた。


玄関の向こうと背後から、同じ声が同じ言葉を投げかけてくる。距離だけが違う。その“距離の違い”が、耳の奥に生々しく残っていた。


倉庫の空気は朝から湿っていた。山陰の谷は、晴れていても湿度が抜けない。段ボールの影が床に沈み、音が吸い込まれるように薄い。


杉本はいつも通り淡々としていたが、直斗の顔を一度だけじっと見た。


「お前、ちゃんと眠れてるか」


「……まあ、なんとか」


「天霧は夜が静かすぎるからな。慣れねぇと、音の方が寄ってくる」


音の方が寄ってくる。


腹を空かせた生き物が獲物に忍び寄るような言い方だった。説明をしないまま、杉本は伝票を渡してきた。


その日の夜も、天霧奥の家への配達があった。霧は昨夜より濃く、街灯の光が輪郭を失っている。坂道の端が見えず、足元の感覚だけを頼りに進む。


玄関の前に立つと、扉の表面が霧を吸い込み、木の板が湿っているように見えた。インターホンを押すと短い電子音が鳴り、すぐに家主の声が返ってきた。


「……隙間から手を出しますので、そこに荷物を渡してください」


声は震えていた。

だが、昨夜より “近い”。


扉の向こうにいるはずなのに、

耳元で囁かれているような錯覚。


直斗は箱を抱えたまま、扉の隙間を探した。ゆっくりと冷気が漏れている、わずかに開いた部分。その奥に、闇のさらに奥が潜んでいる気配がある。


「ここです」


家主の声が、少し近くなった。直斗は天示無用の箱を隙間に近づけた。その瞬間、背後から同じ声がした。


「ここです」


抑揚も、間の取り方も、まったく同じ。ただ、距離だけが違う。背後の声は、息がかかるほど近いはずだった。


「ありがとうございます」


玄関の向こうからの声。

少し離れた位置。


「ありがとうございます」


背後からの声。吐息は感じられない。二つの「ありがとうございます」が、同じ抑揚で重なる。扉の隙間は暗く、冷たい。背後の空気は、霧の匂いを濃く含んでいる。


「隙間から手を出しますので」


玄関の向こうの声が、もう一度言った。だが、隙間からは何も出てこない。代わりに、背後から同じ声が重なる。


「隙間から手を出しますので」


直斗は箱を隙間に押し当てた。向こう側で何かが触れたような、軽い圧力。すぐに消える。背後の声が、少しだけ近づいた。


「開けてくれ。寒いんだよ」


その言い方は、自分の口癖に似ていた。仕事中に何度も口にした言葉。背中越しの声は、それを完璧に真似ていた。


──その夜、気が付くと寮の部屋に戻っていた。


天井の向こうから、

床の下から、

壁の中から、

誰かが名前を呼ぶ。


「直斗さん」

「直斗」

「ここにいますよ」


声は距離を変え、位置を変えながら輪唱する。直斗は布団の中で目を閉じ、息を殺した。


翌朝、杉本が何気なく言った。


「最近お前、独り言増えたよな。なんかあったのか」


直斗は首をかしげた。

自分では覚えがない。


だが杉本は続けた。


「昨日、倉庫で『開けていいですよ』って言ってたぞ。誰もいないのに」


その言葉は、直斗の胸を締め付けた。霧の匂いが薄く漂う倉庫の中で、自分ではない声が、自分がいない場所で誰かに言葉を繰り返している。


直斗の声は、

輪郭を持ち始めていた。



第三章 記録の影


その日の午後、

直斗は荷物を積みながら、

倉庫の奥にある古い扇風機の音を聞いていた。


羽根が回転するたび、湿った空気がゆっくりと切り裂かれる。だが、ふとした瞬間、その振動の中に “声の断片” が混じった気がした。


「……と……う……」


耳を澄ませたが、声のような揺らぎはすぐに消え、ただの風切り音に戻った。背後からは何も聞こえない。だが、空気の密度が一瞬だけ変わった。


夕方、杉本が伝票を渡しながら言った。


「今日も天霧奥、頼む」


その声はいつも通りだった。だが直斗の耳には、杉本の声が “少しだけ遅れて二重に響いた” ように聞こえた。


ほんの一瞬。


だが確かに、

同じ言葉が二度重なった。


「……今、何か言いました?」


「ん? 頼むって言ったことか?」


杉本は怪訝そうに眉をひそめた。

二人の間に、会話は生まれなかった。


夜。霧は昨日よりさらに濃く、街灯の光が白い膜の中で滲んでいる。坂道を上るたび、足音が霧に吸い込まれていく。谷の斜面から落ちてくる冷気が、霧の層を押し広げるように流れていた。


玄関の前に立つと、

扉のすぐ向こうから声がした。


「……来てくれたんですね」


インターホンを押すより前に応答した声は、前後交互に重なりながら続いた。違うのは、聞こえる距離だけ。


直斗は箱を抱え、

隙間に近づける──。


坂を下りる途中、スマホが震えた。通知はない。画面を開くと、通話履歴に見覚えのない項目があった。


天霧奥の家

23分17秒


昨夜、配達を終えたはずの時間帯。覚えがない。直斗は震える指でタップした。録音はなかった。だが、通話時間だけが、霧のように記憶の隙間に残った。


寮に戻ると、

直斗は布団の中でその履歴を何度も見た。


23分17秒


自分がそんな長時間、何を話したのか。思い出せない。第一、勤務時間中だ。思い出せないことが、ゆっくりと胸を締め付けた。直斗は目を閉じた。声はまだ、耳のすぐ横で囁いている気がした。


「……ここにいますよ……」


その夜、直斗は初めて、

自分の記憶が少しずつ溶け始めていることに気づいた。



第四章 もう一人の直斗


四日目の朝、

倉庫はいつもより静かだった。


湿った空気が低く沈み、照明の光が段ボールの影を濃く落としている。直斗が歩くたび、足音がやけに響いた。反射しているのではなく、空間そのものが吸い込んでいるような響き方だった。


昨夜の通話履歴──37秒。


短いのに、確かな時間。記憶の隙間に霧が入り込み、数字だけが胸の奥で棘のように残っている。


画面をスクロールするたび、37秒という数字が、自分の名前のように目に飛び込んでくる。


杉本が伝票を差し出した。


「今日も天霧奥、頼むぞ」


直斗は頷いた。

その瞬間、杉本の目が細くなった。


「……今、何か言ったか?」


「……いえ」


自分では声を出していない。

少なくとも、自分には聞こえなかった。


倉庫の奥で荷物を積んでいると、ふと、背後で誰かが立っている気配がした。振り返ると誰もいない。だが、空気の密度が変わっていた。誰かがさっきまでそこにいたような、微かな温度の残り方。


午後、休憩室でスマホをいじっていると、社内共有フォルダの防犯カメラ映像が目に入った。昨日、独り言を指摘された時間帯のものだ。


再生する。体温をなくした指先が小刻みに震える。画面の中の直斗は、一人で荷物を整理している。薄暗い倉庫。誰もいない。


だが──


直斗はゆっくりと頷いた。誰に向かってか分からない。その後、空いた空間を避けるように半歩横へずれ、何もない場所を見上げたまま、十数秒、微動だにしなかった。その姿勢は、


“そこに誰かがいる” と分かっている人間の動きではない。


“そこに何があるか分からないのに、避けてしまった”


そんな不自然な動きだった。


唇が動いている。表情は柔らかく、誰かを安心させるような笑み。今の自分とは違う。“誰かを迎える側の顔”だった。


直斗は動画を止めた。

喉が乾く。


何を避けた?

何を見上げた?

誰に笑いかけた?


考えるだけで背中が冷えた。休憩室の蛍光灯がチカチカと瞬き、直斗の影が床で揺れた。


その影が、一瞬だけ

“自分の動きとずれた” 気がした。


夜。霧は濃かった。天霧奥の家の玄関灯が、いつもより強く感じられた。まるで直斗を待っているように。


光の色が、昼間に見たときと微妙に違う。黄色ではなく、白に近い。霧の中でぼんやりと滲み、呼吸しているように見えた。


インターホンを押す前に、

声がした。


「……直斗さん。今日も来てくれたんですね」


扉の向こうから。まだ押していない。直斗が箱を隙間に近づけると、背後から同じ声が重なった。距離だけが違う。背後の声は、首筋に息が触れるほど近い。


霧の匂いが濃くなる。湿った空気が皮膚に張りつく。箱を押し込むと、向こう側で軽い気配があった。すぐに消える。


「ありがとうございます」


玄関の声。弱々しい。


「ありがとうございます」


背後の声。完璧に優しい。


直斗は振り返らなかった。振り返ってしまえば、今度は取り返しのつかない何かを奪われる気がした。


坂を下りながらスマホを開く。


──天霧奥の家 37秒

──天霧奥の家 37秒

──天霧奥の家 37秒

──天霧奥の家 37秒

──天霧奥の家 37秒

──天霧奥の家 37秒

──天霧奥の家 37秒

──天霧奥の家 37秒

──天霧奥の家 37秒


同じ数字が、規則正しく並んでいる。

まるでコピペのように。


スクロールすると、さらに並ぶ。


37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒


その下に、


最新

37秒


直斗は息を殺した。

37秒という数字が、画面の中で脈打つように見えた。


寮に戻ると、

廊下の奥から自分の声が聞こえた。


「ただいま」


誰もいない廊下。

蛍光灯が揺れ、声だけが遠ざかるように響いた。


直斗は立ち尽くした。

自分の声が、自分より先に帰ってきていた。



第五章 繰り返す37秒


五日目の朝、

目を開けると、天井の模様がわずかに揺れていた。


風もないのに、影だけがゆっくりと波打っている。直斗が瞬きをすると、影は元の形に戻った。洗面所に向かい、鏡の前に立つ。映った自分が、一瞬だけ遅れて口を閉じた。


鏡を離れた後、背後で、鏡の中の自分がもう一度瞬きをした気がした。


倉庫に入ると、空気が冷たかった。段ボールの影が床に長く伸び、直斗の影と重なって揺れた。揺れ方が、ほんの一瞬だけずれた。直斗が歩くと、影が半歩だけ先に進んだ。


杉本が伝票をめくりながら言った。


「昨日の夜……事務所に来たか?」


「いえ、来てません」


杉本は口の形を何度か動かし、その後でゆっくり頷いた。何も聞こえなかった。


倉庫の奥で荷物を運んでいると、棚の隙間から誰かが覗いている気配がした。視線を向けると、段ボールの角が静かに揺れただけだった。


“天示無用”


薄く印刷された文字が、夕方、棚の奥から出てきた古い紙に残っていた。杉本はすぐにファイルを閉じた。


倉庫を出ようとしたとき、背後で足音がした。自分の歩き方と同じリズム。振り返ると誰もいない。足音だけが、床に残っているように響いた。


夜。天霧奥へ向かう前に車を停め、スマホを開く。


37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

.

.

.

最新

37秒


画面の中で数字が並び、呼吸のように明滅して見えた。玄関の前に立つと、声が先に出た。


「……寒いんだよ」


自分の声。背後から同じ声が重なった。箱を隙間に押し込むと、向こう側で軽い気配があった。すぐに消える。


坂を下りる途中、

スマホが震えた。


最新

37秒


また増えていた。


寮に戻ると、

廊下の奥から声がした。


「ただいま」


自分の声。だが足音はなかった。直斗が廊下を進むと、天井の蛍光灯が一つだけ点滅した。その下を通ると、影が一瞬だけ二つに分かれた。


部屋に入ると、机の上にスマホが置かれていた。ポケットに入れていたはずのものだ。画面には再生中のマーク。スピーカーから、かすかな呼吸音。


止めても止まらなかった。

耳元で、誰かが息を吸った。


「……直斗」


自分の声だ。


その瞬間、部屋の隅で何かが動いた。影が床を滑り寄り、直斗の足元で止まった。


スマホが震えた。


最新

37秒


画面の中の数字が、

まるで直斗の名前のように並んでいた。



終章 伝票


六日目の朝。


倉庫の空気は、

昨日よりさらに冷たかった。


照明の光が弱く、段ボールの影が床に沈んでいる。湿度が高いわけではない。むしろ、空気そのものが薄くなっているような感覚だった。


杉本がコーヒーを飲んでいた。直斗を見ると、手が止まった。


「昨日……帰ったか?」


「帰りましたよ」


コーヒーの湯気が揺れたまま、杉本は止まって見えた。しばらく目を閉じて頷いた後、伝票を手に戻って来た。


配達先:天霧奥の家

依頼主:村瀬直斗


紙の上で文字が浮いて見えた。直斗が指を離すと、紙がわずかに震えた。倉庫に戻ると、影が床で揺れた。直斗が歩くより、半歩だけ早く動いた。影が先に角を曲がり、直斗が後からついていく形になった。


昼休憩。

スマホを開く。


37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

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37秒

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37秒

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37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒

37秒


最新

37秒


画面の奥で数字が脈打つように明滅していた。スクロールすると、さらに下にも同じ数字が続いていた。いつから増えていたのか分からない。


倉庫の奥で足音がした。直斗の歩き方と同じリズム。振り返ると誰もいない。足音だけが、床に残っているように響いた。


夕方、荷物を積み込んでいると、倉庫の隅で何かが動いた。影が棚の下を滑り、直斗の足元で止まった。影は直斗の影と重なり、ゆっくりと形を合わせた。


夜。寮の廊下で声がした。


「ただいま」


自分の声。廊下の奥へ消えていった。足音はなかった。


直斗が廊下を進むと、天井の蛍光灯が一つだけ点滅した。その下を通ると、影が二つに分かれ、一つが先に部屋へ入っていった。


部屋のドアを開けると、

机の上に伝票が置かれていた。


依頼主:村瀬直斗


紙が湿っていた。

霧の手で触れたように。


部屋の隅で、何かが立っている気配がした。視線を向けると、壁の影がゆっくりと揺れた。直斗の影より背が高かった。


スマホが震えた。


──天霧奥の家

37秒(録音データ添付)


画面に表示された文字。


再生しますか


直斗は画面に触れた。


「……ありがとうございます」


耳元で囁いた自分の声は、

呼吸をしていた。

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