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 心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。

 悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。

 柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。

 義に飢え乾く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。

 ――マタイによる福音書5章3~6節 抜粋――



 俺は違和感を感じていた。25階はこれまでとは違い、大きな円形のフロア。転移してすぐに地面から無数のスケルトン・ナイトが沸きあがってくる。

「さすがにキツイね……」

 絶え間なく弾幕をはるチセに習って俺も引き金を引く。クリティカル音が鳴り響いているのにも関わらずスケルトン・ナイトのHPゲージの減少が少ない。

「火力が足りなさ過ぎる」

 普段魔砲を使っていないため熟練度が上がっておらず、俺の弾丸は慰め程度でしかなかった。

「諦めちゃダメだよ!最後まで頑張ろう!!」

 完全に違った構造、新モンスター。そしてここがダンジョンということ。

「チセ、ボスが沸くかもしれない。気をつけろ」

「分かった!でも、この状況でボス沸いたら勝てないよ!」

 チセはさらに弾幕を形成するために連射系スキル<<バーストリガー>>を発動させた。

 スキルは魔法と同様、MPを消費して発動させる熟練度は全くの別物だ。隠しパラメーターである熟練度が一定値になると街のスキルマスターの所でスキルブックが購入できるようになり、それを読破すれば習得できる。

 チセの正確無比な射撃はスキルの連射効果も相まって、スケルトン・ナイトのHPゲージを見る見る減少させていった。


カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ カタ … …


 突然、部屋に響き渡る笑い声のような音。そして背後で仄かな光を放っていたフロアポータルが色を失い、機能が停止した。

「ボスだ!」

 俺の叫び声と同時に頭上からソレは降ってきた。

 スケルトン・ナイトに似た容姿だがくすんだ王冠を戴冠し、右手には欠けた湾曲刀を左手には円形の盾を装備していた。そしてなによりも特筆すべきなのはその全長。俺のゆうに5倍もあろう巨体を震わせ、着地の衝撃を殺していた。


―King of living debt―


 ソレの頭上に突如として名前が掲げられ、その下に尋常ではない量のHPバーが出現した。

 唖然としている俺達に「リビングデットの王」は無慈悲にも黄色いエフェクトを纏った湾曲刀を振り下ろす。俺は寸前でなんとか回避できたが、チセは直撃し、体から赤い燐光を撒き散らしながら吹き飛んだ。突然過去の光景が脳裏をよぎった。

「チセぇぇええええ!!」

 パーティー一覧でチセのHPを確認する。後3ミリの所で止まり、HPバーが赤く点滅している。死んではいないはずなのに、なぜか起き上がらない。その姿が目の前でトラックに轢かれた妹の姿と重なった。

「ぶっ殺す」

 思考操作でインベントリを呼び出した。両の手にバスターソードを、そして今までアイテムスロットの肥やしにしてきた防具に装備のチェックをいれる。体にエフェクトが走り、装備の変更が完了した。

背中に大きな逆さ十字の紋様が入った紅いロングコートにフィールドモンスター、コカトリスのレアドロップ装備「フェザーライトアーマー」の白い衣が翻る。移動速度を上げるこの装備は重いバスターソードを抱えて移動するのに相性がいい。その分、防御力がお察しなのはご愛嬌だ。

 ボスは再度黄色いエフェクトを纏わせた湾曲刀を振り落とす。重量のせいで振り上げることもままんらないバスターソードを引きずりながら体をひねり、バスターソードの重量を利用して回避。スキル後の硬直が発生している隙に大きく跳躍し、右のバスターソードを頭蓋骨めがけて振り下ろす。骨を砕く手応えと共に伝わってきた衝撃をも利用して右手を起点に体を回転させ、遠心力の乗った左のバスターソードを叩き込んだ。

 直後、硬直が解けたボスに振り落とされ湾曲刀が横薙ぎに振られる。咄嗟にバスターソードを立ててガードしたものの大きく吹きとばされ、余波でHPが僅かに減少した。

 空中でなんとか姿勢を建て直し着地する。今度は盾で押しつぶしてくるも、先ほどと同じ要領で回避。

「セイッ!」

 <<戦声>>を発動するも一瞬スタンしただけでシステムにより解除されてしまった。だが、その一瞬で十分。素早く懐に潜り込み<<ファントム・エッジ>>を左右両方の剣で発動させた。刀身を赤いオーラが纏わりつく。10秒間幻影の刀身が出現するこのスキルは1度の攻撃で3連撃、2本で6連撃の攻撃を与えることが出来る。しかし効果時間中、被ダメージが通常の2倍になるといったハイリスク・ハイリターンなスキルなのだ。

 途中の攻撃がいくつか防がれるのにも構わず、システムのアシストにのって左右の剣を次々と叩き込む。

 速く、速く、速く。もっと速く!!

 叩き込むたびに蒼い燐光が舞い上がる。

 手を動かしている感覚は最早消失し、ボスの姿以外は視界に存在しない。僅か10秒の時間が永遠にも感じられた。


 いくつ叩き込んだが分からないが、「リビングデットの王」は蒼の燐光に包まれながら灰塵となった。HPを確認すると赤く点滅していた。そして全身を虚脱感が襲う。最早剣を振るう気力など残されておらず、今モンスターが出現したら簡単にやられてしまうだろう。

 そんな思いとは裏腹にフロアポータルが光を取り戻す。それを見て安心した俺は大の字で、横になった。

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