2.
心を騒がせるな。自分を信じなさい。そして、他人も信じなさい。
わたしの父の家には住むところがたくさんある。もしなければ、あなたのために場所を用意しにいくだろう。
行ってあなたのために場所を用意したら、戻ってきて、あなたをわたしの元へ迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたもいることになるのだ。
――ヨハネにより福音書14章1~3節 一部改変――
ホームから出ると夕刻だった。
中世ヨーロッパを彷彿とさせる街並みに夕日が照り、町全体をオレンジ色に染め上げている。所々、窓から明かりが漏れ、それがまた一層幻想的だった。
俺はそんなリアルに作りこまれた街並みを楽しみながら、NPC武器屋を訪れた。これから「聖王の墳丘」――昨日のフロアポータブルから攻略を再開する準備をするためだ。昨日の戦闘でバスターソードの耐久上限値が著しく低下してしまい、新しく購入しなければならなかった。
通常武器には耐久度が設定されており、戦闘を行うと耐久値が減少してしまう。耐久値が0になると武器が壊れてしまい使用不能になるのである程度磨耗したら砥石で研ぐのだ。その時研磨スキルが使用武器に比べて低いと耐久上限値を減少させてしまい、新規購入か鍛冶屋に持っていき修理となってしまう。
NPC武器屋には沢山のプレイヤーが訪れていた。そのほとんどが展示されている高級魔砲をしげしげと見つめている。そんな彼らを尻目に、人目に付かないように大剣のコーナーに向かい、思考操作で素早くバスターソードを2本購入した。
「あの…、すいません」
転移門に向かって居たときの事だ。振り返ると初期装備に身を包んだ女の子が立っていた。亜麻色の髪を肩まで流し、俺の胸元くらいの身長、くりっとした愛らしい目。思わず小動物を連想してしまった。
「なに?」
「これからダンジョンいかれるんですか?」
「そうだけど……?」
「よければご一緒させてもらえませんか?わたし……その…初めてあんまり日が経ってないもので……」
俺は使用武器の関係で今までソロを突き通してきた。やはり外部に口外されてしまえば、今までの俺の苦労は全て水の泡だ。
「どうして俺が墓に行くって思ったんだ?ご覧の通り初期装備のままだ」
「ダンジョンの情報買ってるあなたを見てきたから……」
「……悪いが他の奴をあたってくれ。ソロでクリアしたいんだ」
「そう…ですか……。分かりました」
悲痛な面持ちで俺から離れて行く彼女の背中に静かに詫びをいれて転移門に向かった。
昨日のフロアポータブルに降り立つと早速リザードマンが寄生を上げながら向かってきた。素早く思考操作でバスターソードを装備し、昨日と同じ容量で灰塵にしてゆく。
ダンジョン攻略は実に順調に進んだ。順調に進んでいるのだが胸に痞えているモヤモヤが晴れない。原因は分かっている。先ほどの彼女だ。
「何をそんなに……はぁ」
集中出来ない……今日は攻略を中断して街でも散策するか。
バスターソードを格納して来た道を引き返すことにした。
「パーティー、組まなかったのか?」
噴水の近くで座っている彼女を見つけ、声を掛けずにはいられなかった。
「私……人見知りだから、声掛づらくって」
はにかみながらすっかり暗くなった空を見上げる彼女にとてつもない罪悪感を感じた。
「…ったく。魔砲師だよな?」
彼女にPKされても高い授業料を払ったと思えばいいか。諦めとも似たような感情が広がった。
「うん。笑わないでね……?二丁の魔砲を使うの」
このゲームでは従来のMMOと違い装備のアイテムスロットは存在しない。インベントリに入っているアイテムなら全部装備することも可能だ。しかしアイテム1つ1つに重量が設定されており、装備すればするほど自重が増え、動きが重鈍になってゆく。筋力の熟練度が上がれば重鈍さが軽減される仕組みだ。
「二丁とは珍しいな。色物パーティーになりそうだ」
クックックッ、と静かに笑う俺に小首を傾げて不思議そうに見つめていた。
「今からパーティー申請を送る。今日は15階から行ける所まで行くつもりだが。大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫!」
満面の笑みにほんのちょっと癒されてから、パーティー申請を送った。
「えっと……カイトくん?だよね?」
視界左端に表示されているパーティーメンバー一覧を見たのだろう。
「あぁ。よろしくな、チトセ」
俺も素早く確認する。
「うん、よろしくね。私のことはチセって呼んでくれたら嬉しいかな」
「分かった。早速行くか」
夜空に浮かぶ天空城に見守られながら俺達は転移門へと入っていった。
ダンジョン攻略は思いのほか、順調に進んでいる。その大きな要因はチセの戦い方だろう。彼女は外見からは予想できないほどクールな戦い方をしている。二丁の魔砲を巧みに操り、寸分たがわぬ精確さでクリティカル音を鳴らしながら次々にヒットさせていく。近づかれる前に全て射抜いていくのだ。カートリッジかチュートリアルで貰える【マテリアル・バースト】のままなのから察するに、射撃訓練場で余程の練習をしてきたのだろう。
「お疲れ様。ほら、青ポ」
俺が近接装備使用者なのはまだ伝えていないが、遠距離から一方的にチセが倒して行くので俺の出番はなかった。
「ありがとう」
試験管に似た小瓶を口に咥えながら器用にお礼を言ってきた。
「どう致しまして。それよりチセ一人でも十分攻略できそうだな」
「ぷはっ。そ、そんな事ないよ。カイトくんのアドバイスがあるから何とかここまで来れたんだよ?」
「あの射撃センスがあればアドバイスなんて無くても大丈夫じゃないのか?」
チセはちょっと怒った顔で俺の口元に人差し指を当てて睨んできた。そんな事されても、怖いどころか逆に微笑ましいだけなんだがなぁ。
「カイトくんは難しく考えすぎだよ。せっかくパーティー組んでるんだから楽しもうよ」
「楽しむ、か……」
「そうだよ!楽しまなくちゃ損、損。ほら、先に行くよ!」
俺の返事を待たずにチセは駆け出していった。
次連載1ヶ月後くらいの予定だったんですが、予想以上に読んでいただける方がいらっしゃったので急遽投稿。




