表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

シーソーゲーム

作者: ぱるき
掲載日:2026/01/28

 ギイ……


「なあ、カミコ」

「……」


 ギイ……


「いつまでこんな事やってんだよ」

「……」


 ギイ……


「……」

「……」


 ギイ……


 ため息をつく。

 彼女は俯き、黙ったままだ。一点をただ凝視し、足が地面に着いたら跳ね上げる。彼女の中で動いているのはそこだけだ。

 ゆっくりと、規則正しく。音楽室にあったメトロノームの様だ。


 ***


 卒業式も無事に終わり、俺達はお互いの親を先に家へ返すと、学校を出てから無言で川沿いの土手を延々と歩き続けた。普段、通学に使う駅とは逆の方向。


『ちょっとだけ、一緒に歩かん?』


 彼女にそう言われて学校を出てみたものの、言い出した本人はというと別に並んで歩くわけでもなく、どんどん一人で先に行ってしまう。

 俺が追いついて横に並ぶと無言で早足になってしまうし、わざと遅く歩いて距離が開くと今度は立ち止まり、振り返って『早う歩きなさいよ』と言わんばかりに不満そうな表情で俺を見る。それでも何か言葉を発するわけでもなく、無言だ。仕方なく追いつき、それでも並ばず、彼女の後をただ黙ってついていく。

 そんな調子で30分も歩いて辿り着いたのは、河川敷にある小さな公園だった。俺は初めて来る場所だった。

 ベンチがあって、滑り台があって、ブランコがあって。どこの公園にでもある遊具が並んでいる。

 でも、誰もいなかった。

 天気は良かったが、今日は冷え込んでいる。

 彼女は土手からその公園へ下りる階段をやはり無言で下りていく。俺も黙って下りる。


 そして、下りたところでようやく彼女は振り返り、

『ガクちゃん。あれに乗ろう』

 そう言って指差したのがシーソーだった。


 寒い中30分も歩いて、結果がこれか!


 さすがの俺も不満だった。

『オイ。こんなところまで来て何故ガキみたいな遊びをしなけりゃならん』

 だが、彼女はそこからまた無言だった。

 というより有無を言わさず俺の腕をむんずと掴み、グイグイ引っ張っていった。

 そしてシーソーの前で俺の腕を放すと、彼女はスクールバッグを放り投げ、自ら先にシーソーの片方にどっかり腰を下ろした。無表情で前を眺めて。

 

 始まった。いつものヤツ。

 

 昔から何かと続いている、俺と彼女の根競べ。

 ただ、俺が勝った試しがない。いつも彼女の軍門に降る。この前はいつだったろう?

『俺はやらないからな』

 俺はそれ以上近寄らず、声を上げた。

 だって、シーソーって。

 どういう発想だ。

 いい大人が(まだ高校を卒業するところだけど)、こんなモン乗れるか。


 ………

 来月から俺は熊本、彼女は地元高知に進学する。お互い第一志望の大学に合格し、晴れて大学生になるというのに。

 何だ、その膨れっツラは。

 気持ちが分からないでもない。

 小学校の時からずっと一緒だったから。


 でも、コミュニケーションアプリがあるし。

 電話はいつだって出来るし。

 顔を見たけりゃフェイスタイムもあるんだから。

 今は平成の時代。江戸や平安ではない。

 離れ離れになったところでたかが知れている。


『高知を出るの?』

『四国も出ていくの?』

 

 志望校を決めた時、散々言われた。

 あのな、日本を出るワケじゃないんだ。

 いくらお前の要望でも、大学まで同じにしろだなんてそれはムチャクチャだ。

 ひと月かけて何とか納得してくれたけど。

  

 そうか。

 この時だけ俺は根競べに勝ったんだ。

 唯一の勝利。何敗したかは分からないけれど。


 卒業式の日までこいつのワガママに付き合っているヒマはない。

 そもそも今晩は親戚も来て進学祝いをやってくれるのだから、早く帰らなければならない。


『俺は帰るぞ』

 そう言って踵を返した。

 無言で階段を上っていく。

 ………

 ………

 ………

 真ん中あたりで立ち止まり、振り返ると。

 

 彼女はシーソーに座ったままだった。微動もせず。


 ………

 ………

 ………

 

 ああ、もう!


 俺は階段を駆け下り、彼女がそうした様にバッグを放り投げると、彼女と反対側の端に乗った。

 無言でシーソーが始まる。


 自分に呆れてため息も出ない。

 これで何回目の根負けだ。

 というより、そこで初めて気付いた。

 彼女のワガママを助長したのは他ならぬ俺なのかも知れない。

 他の人にはそんな態度見せないクセに。


 高校生ふたりをのせて、シーソーはただひたすら上下に動く。軽く音を軋ませながら。

 どういう光景だ、一体。


 ***


 不意に、スピードが緩む。

 俺は思わず前のめりになり、慌てて姿勢を正した。

 程なくしてシーソーは平行になって止まった。

「何だよ。満足したか」

 久しぶりに俺を見るカミコに、彼女はポツリ言った。


「私、ガクちゃんが好き」


 そこにはもうブスッとした不満そうな表情はなくて。

 少しだけ微笑んでいた。でも、どこか不安で寂しそうで。でも――

 俺は眉を吊り上げた。

 それって、事ある度にお前が言ってきた台詞じゃないか。何を今更。

 それに、俺は『ガク』ではなく『マナブ』だ。長いから短くするって、たった1文字だけ。しかも読み方変えやがって。

 ……俺も、無理矢理短縮しているけど。『上長者 優子』。略して『上子カミコ』。散々言われたっけ、『私はユウコ!』。

 でも、どちらの呼び方もいつの間にか慣れてしまって。


 大学が別々になるからといって、お前の気持ちぐらい充分分かっているし、それに俺も――


「ガクちゃんは、私の事好き?」

 ああ、やっぱりそれか。

 聞き飽きた。

 答えるのが嫌で、そっぽを向く。

「ね、好き?」

「……」

「好きやろ?」

「……」

「そっか。嫌いなんや」

「……」

「じゃあ、これを機会に私も新しい恋をしてみようかな」


 なっ。


 思わず振り向くと、カミコがしてやったり顔で俺を眺めていた。


「やっぱ、好きなんや」

「……好きで悪いか!」


 また、根負けした。

 悔しくて、俺はまたそっぽを向く。多分、頬を紅潮させて。


「高知にも、たまには戻って来てね」

「……おう」

「私も熊本に行くき」

「……おう」


 程なくして、来た道を俺達は戻って行った。

 今度は並んで、手を繋ぎながら。


 俺達は、追いつ追われつ。

 今までも。

 多分、これからも。

 それはまるで、シーソーゲームの様で。


 でも、

 そういう関係が、何だか落ち着く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ