第二十六話 大和大王(最終回)
樟葉の地。
かつて三軍が合流し、葛城の降伏を待った場所。
今、ここで新しい歴史が始まろうとしていた。
「我が国 和(倭)はこれから、一体となって連合国家とする」
「これからは大いなる和、大和と号する」
「それは素晴らしい」
「次に指導者にはイワレビコ様になって頂きたい」
と平群氏から進言があった。
「神倭伊波礼毘古命様、これから大和となりますので、王ではなく、大王となって頂きたい」
厳かな声が響き渡った。
こうしてイワレビコが、大和を統一して大王となった。
五瀬を殺した邪馬台国の陰謀を暴き、大和を救った英雄として。
皆からの大きな期待を受けていた。
「大王万歳!」
「大和万歳!」
集まった諸豪族たちが、一斉に頭を下げた。
「皆のもの」
その声は、感情を押し殺したように平坦だった。
「今日より、新しい大和が始まる」
「まず、功ある者を称えよう」
イワレビコは一人の少年を前に呼んだ。
五瀬の息子、まだ十歳にも満たない子供だった。
「五瀬命の子、イツセワカよ」
少年が緊張した面持ちで前に出た。
「そなたの父は、大和のために命を捧げた」
「その功績を称える。これからも、尾張の地を治めよ」
「今後は尾張臣として、大和に仕えよ」
少年は深く頭を下げた。
その瞳に、亡き父への思いが滲んでいた。
次に、イワレビコはカシキヤ王を見た。
「葛城王よ」
「はっ」
カシキヤが恐る恐る顔を上げた。
「そなたは早々に降伏し、無駄な血を流さなかった」
「その賢明な判断を評価する」
「今後は葛城連として、大和連合国の一員となれ」
カシキヤの顔に安堵の色が浮かんだ。
滅ぼされることを覚悟していたのだろう。
「ありがたき幸せ」
続いて、吉備津彦が呼ばれた。
「吉備津彦よ」
「はい」
「そなたは五瀬と共に戦い、大和統一に貢献した」
「吉備連として、大和の有力な一員となれ」
吉備津彦は同盟者。大和と同格のはずだ。
しかし、吉備津彦は今の大和とは力の差は歴然としていた。
出雲と同盟をすれば、しばらくはなんとか維持できることは可能だろうが、
先々の不安を思えば、ここは大和に入ったほうが良いかと考えた。
吉備津彦も深く礼をして答えた。
「これからは、連合国大和の一国として、協力しましょう」
これが精一杯であった。
こうして、イワレビコは次々と論功行賞を行った。
葛城のカシキヤ王も、吉備津彦も、皆がイワレビコの前に膝をついた。
巧みに諸豪族を取り込み、大和連合国の基盤を固めていく。
そして、最後に重大な宣言をした。
「諸君、聞け」
イワレビコの声が、一段と厳しくなった。
「我々の真の敵は、邪馬台国だ」
ざわめきが広がった。
「邪馬台国の陰謀により、五瀬命は殺された」
「奴らは大和を支配しようと企んでいる」
「これを許すわけにはいかない」
イワレビコは剣を抜いた。
「よって、邪馬台国討伐を宣言する!」
「おおっ!」
歓声が上がった。
だが、一人の武将が進み出た。
「大王」
「何だ」
「出雲はいかがいたしますか」
「逆賊を匿った出雲も、討つべきでは」
場が静まり返った。
確かに、スサノオはニギと台与を逃がした。
大和から見れば、敵対行為だ。
イワレビコは、しばし黙考した。
(スサノオ……)
あの男との一騎打ちを思い出す。
確かに約束した。
出雲独立を認めると。
そして、台与を逃がす時の、あの不敵な笑み。
(面白い男だ)
「出雲には、使者を送る」
イワレビコは言った。
「従属を促すのだ」
「しかし、大王」
「出雲は独立を保っている」
イワレビコは武将を見据えた。
「戦は最後の手段だ。まずは外交から始める」
実際には、イワレビコは心の中で誓っていた。
少なくとも、自分が大王である間は、出雲には手を出さない、と。
あの国には、スサノオがいる。
そして、ニギと台与も。
(いずれ、決着をつける時が来るだろう)
(だが、今ではない)
「まずは邪馬台国だ」
こうして、大和は邪馬台国との戦いに向けて準備を始めた。
そして、邪馬台国との多態となっていくのであった。
その後、何度か出雲に使者を送った。
しかし、不思議なことに、使者は誰一人として帰ってこなかった。
「大王、やはり出雲を」
部下たちは出兵を促した。
だが、イワレビコは首を振った。
「まだ時期ではない」
一方、出雲では。
「また使者が来たぞ」
スサノオが豪快に笑っていた。
「で、どうする?」
「いつものように?」
私は苦笑した。
「私が話をしましょう」
大和からの使者は、私と会い、台与と会い、そしてスサノオに心服して、出雲に留まることを選んでいたのだった。
「イワレビコも、分かっているだろう」
台与が言った。
「我々もいるのだ。本気で従属させるつもりなら、軍を送ってくるはず」
「使者だけということは」
「ああ」
私は頷いた。
「形だけの要求だ」
「本心では、出雲の独立を認めている」
それは、イワレビコなりの償いなのかもしれない。
兄を殺し、私たちを陥れた。
だが、出雲だけは手を出さない。
複雑な感情が、そこにはあるのだろう。
「さて」
スサノオが立ち上がった。
「邪馬台国が攻められるなら、我々も動かねばな」
「はい」
台与が頷いた。
「私の国です。彼、イワレビコの国でもあります。」
「彼も故郷の国に無茶なことはしないでしょう」
「できるだけ、戦いを減らして死傷者が出ない形で、
収まるよう、私からも使いを出しておきましょう」
今は祈るだけだ。
私は勾玉を握りしめた。
五瀬殿、あなたの夢は、形を変えて続いています。
いつか、本当の平和が訪れる日まで。
窓の外を見ると、美しい夕焼けが広がっていた。
まるで、新しい時代の始まりを告げるように。
そして、物語は幕を閉じる。
神倭伊波礼毘古命は、後に神武天皇と呼ばれることになる。
だが、その心の奥底に、何が秘められていたのか。
それを知る者は、もういない。
ただ、歴史だけが残った。
勝者によって書かれた、歴史と神話となった敗者の歴史が。
(完)




