第二十五話 裏切りの真実
私は、台与も五瀬もいなくなった宴の中に居た
相変わらず、スサノオは楽しそうだ。
吉備津彦も楽しそうだ。
スサノオと吉備津彦は隣国なだけに微妙な関係で、時には協力もするので
お互い顔は知っているが、領地争いもあり、完全に心を許せる関係にはない。
しかし、今日ばかりは、昔からの親友のように二人で盛り上がっている。
二人の従者やそれぞれの国の兵たちも、はじめは少しぎこちなかったが、
スサノオと吉備津彦が盛り上がっているので、お互いに打ち解けてきた。
彼らも兵たちのことを考えてわざと、仲良く振る舞っているのかもしれない。
やはり彼らもすごい人たちだ
そんな時、イワレビコが戻ってきた。
顔が青ざめている。
「何かありましたか?」
私は、声をかけた。
「少し困ったことになりました」
とイワレビコは答えた。
「他の人には、気づかれたくないので、こっそりついて来てもらえませんか?」と続けた。
「わかりました」と答え、一旦彼と距離を取り、ゆっくりと彼の後を、ついて行った。
着いた場所は、陣営の外れにある古い建物だった。
人気がない。警備の兵士もいない。
少し嫌な予感がした。
「イワレビコ殿?」
建物の中に入ると、イワレビコが待っていた。
その表情は、相変わらず読めない。
「来てくれましたね、ニギ殿」
何があったのですか」
「実は、大変なことが起きました」
「こちらです」
イワレビコが奥の部屋を示した。
私は部屋に入った。
そして、息を呑んだ。
台与が、縄で縛られていた。
「台与様!」
私は駆け寄ろうとした。
その瞬間、背後で扉が閉まった。
振り返ると、イワレビコが剣を抜いていた。
「どういうことだ!」
「申し訳ありません、ニギ殿」
イワレビコの声は、相変わらず静かだった。
「あなたには恨みはない。だが、これも計画の一部なのです」
「計画? 何の計画だ」
「新しい国を作るための計画です」
イワレビコは剣を構えたまま語った。
「私の前世の名は、明智光秀」
「信長……兄上を討たざるを得なかった男です」
「何?明智光秀?あの三日天下と言われた?」
「やはり貴方も、未来からの人だったのですね。兄と同じく」
「そうだ。しかし、時代はさらに後世だ」
「そのことを、兄も知っていたのですか」
「五瀬殿は、知っている。五瀬殿に会わせて欲しい。」
「残園ですが、それはできません」
「すでに殺してしまいました」
「何?どういうことだ?何故」
「あなたは、未来から来た人と言いました。
ご存知でしょう。私のことを。
明智光秀が織田信長を殺したことを。
その後すぐに殺されたことも」
「うぅ。知っています」
「その時の無念がわかりますか?」
「私は、あの非道なやり方には、我慢ができなかったのです。
本当の民のための政を行いたかった。
できると思った。」
「しかし、裏切られた」
「裏切られた?」
「あなたは、秀吉に負けたのですよね」
「誰に裏切られたというのですか?
細川藤孝とかですか?
あなたと子供を通じて姻戚関係にあったそうですが、
それで裏切られたというのですか?」
「細川さんのことではありません。」
「秀吉めのことです」
「秀吉は私が信長を殺すことを知っていた、いや、
共謀していたのです。」
「もし、あの時信長が、手勢を持たず本能寺に滞在するということがなければ、
信長が中国攻めに行っている間に隙を見つけて、私か、秀吉かで
殺す算段をつけていました」
「だから隙があれば私が信長を殺すことを秀吉は知っていたのです」
「殺した後すぐに。書状も送りました」
「ところが彼は、裏切ったのです」
「農民から成り上がった彼は民のことをよくわかっていて、
信長を殺して、民のための政を行うことを彼はよく理解していると思っていたのです。」
「その後、彼がどのような政を行ったのかは知りませんが、
彼への恨み、そして全ての人間への不信感は未だにあるのです。」
「まだ私が子供だった頃、兄がふと漏らした言葉で、彼が信長の生まれ変わりではないかと、
疑念を持ったのです。」
「私も、生まれ変わりですから、彼が生まれ変わりであっても、何の不思議もありません」
「私は素知らぬ無垢な子供演じながら、時々、信長でないと知らないことを、聞いたのです。」
「そして、私はこれが信長だと確信しました」
「それからは恐怖の日々でした。」
「そうでしょう。彼を殺した私が身近にいるのです。」
「もし、彼に私が光秀であることがバレたら、確実に殺されます」
「そんなことはなかったのではないですか?」私は答えた。
「私の知っている五瀬さんは決して光秀さんを恨んでいませんでしたよ」
「そんなことは、今だから言えることでしょう」彼は答えた。
「あの恐怖の日々、前世から続く恐怖を知らないから言えるのです」
「それでは、なぜ台与様を」
「話は前世だけではありません」
イワレビコの目に、初めて感情が宿った。
それは、深い憎しみだった。
「今世で、私と兄上の一族は、邪馬台国の中でも小族でした」
「戦いに駆り出され、作物も供出され、民の多くが死んでいる」
「邪馬台国の繁栄の陰で、小族は苦しんできた」
私は言葉を失った。
「この世を変えるためには」
イワレビコは続けた。
「邪馬台国という国を徹底的に破壊する必要がある」
「そして、私が統治する理想の国を作る」
「だから台与様を……」
「そうです」
イワレビコは頷いた。
「計画はこうです」
「既に五瀬兄は討った。次に、あなたと台与を殺す」
私の背筋が凍った。
「そして、五瀬とあなたを殺した罪を、台与に負わせる」
「邪馬台国が全てを支配するために、あなた方を殺したと」
「その凶行を知った、私が台与を討つ」
「なんという……」
「こうして私は、救国の英雄となる」
イワレビコの声は、恐ろしいほど冷静だった。
「邪馬台国もヤマトも、私が統一する」
「和(倭)の国を統一し、大いなる和、大和を作る」
「そして大和大王として、新しい国を治める」
「そんなことが許されると思うのか!」
「許される必要はない」
イワレビコは言い切った。
「歴史を知っているか?イワレビコ、そう神倭伊波礼毘古命は初代天皇神武天皇となるのだ。」
私は知っている。その通りだ。
しかし、真実など、どうでもいい
縛られた台与が、必死に何かを訴えようとしていた。
だが、猿ぐつわで声が出ない。
「なぜだ、イワレビコ」
私は問いかけた。
「五瀬殿も、新しい国を作ろうとしていた」
「なぜ協力できなかった」
「兄上の国?」
イワレビコは嘲笑った。
「所詮は、力ある者が支配する国だ」
「民のためと言いながら、結局は自分の理想を押し付ける」
「前世と何も変わらない」
「それは違う!」
「違わない」
イワレビコの声が、初めて感情的になった。
「私は見てきた。小族の苦しみを」
「大国に翻弄される民の嘆きを」
「だから、全てを壊して作り直す」
私は必死に考えた。
このままでは、殺される。
台与様も助けられない。
何か、方法はないか。
その時、私は気づいた。
懐の勾玉が、熱を帯びている。
五瀬殿から預かった、卑弥呼の勾玉が。
「最後に聞かせてくれ」
私は勾玉に手を当てながら言った。
「本当に、それでいいのか」
「前世の恨みに囚われたまま、生きていくのか」
「黙れ!」
イワレビコが剣を振り上げた。
その瞬間、勾玉が激しく光った。
「なんだ!」
イワレビコが目を覆った。
今だ!
私は台与様に駆け寄り、縄を解き始めた。
「待て!」
イワレビコが追ってくる。
だが、勾玉の光は収まらない。
むしろ、ますます強くなっていく。
「これは……卑弥呼様の……」
台与が猿ぐつわを外しながら呟いた。
「ニギ様、急いで!」
私は必死に縄を解いた。
「逃げるぞ!」
イワレビコが光に目を細めながら叫んだ。
だが、遅かった。
私と台与は建物から飛び出した。
「待て!」
イワレビコの声が背後から聞こえたが、振り返らずに走った。
しかし、すぐに異変に気づいた。
「兵士たちを集めろ!」
「大変だ!五瀬様が殺された!」
イワレビコの声が響き渡る。
「犯人は邪馬台国のニギと台与だ!」
「邪馬台国が全てを支配するために、五瀬様を殺したのだ!」
私たちは愕然とした。
イワレビコは、すべての罪を私たちに押し付けようとしている。
「嘘だ!」
私は叫びたかったが、今は逃げることが先決だ。
「あそこだ!逃げたぞ!」
兵士たちが追ってくる。
「台与様、こちらへ!」
私は台与の手を引いて、陣営の北側へ向かった。
そこには、出雲の陣がある。
「スサノオ殿!」
私たちは必死に走った。
出雲の陣に飛び込むと、スサノオが驚いて立ち上がった。
「なんだ、どうした!」
「助けてください!」
台与が息を切らしながら言った。
「イワレビコが……五瀬様を殺して……」
「その罪を私たちに……」
「なんだと!」
スサノオの顔色が変わった。
その時、外から声が聞こえた。
「スサノオ殿!逆賊を匿うのか!」
イワレビコが兵を率いてやってきた。
「五瀬様を殺した犯人を引き渡せ!」
スサノオは私たちを見た。
その目は、真実を見抜こうとしている。
「スサノオ様」
私は必死に訴えた。
「真実は違います。イワレビコが五瀬様を」
「前世の恨みで……」
「前世?」
スサノオが眉をひそめた。
だが、今は説明している時間はない。
「とにかく、私たちを信じてください!」
スサノオは一瞬考え、そして決断した。
「分かった」
「だが、ここでは戦えない」
スサノオは素早く指示を出した。
「出雲の兵よ、撤退の準備だ!」
「スサノオ殿、まさか逆賊に味方するのか!」
イワレビコが叫んだ。
「そうだとしたら、どうする?」
スサノオが不敵に笑った。
「俺は、自分の目で見たものを信じる」
「お前の言葉より、この二人を信じる」
「愚かな……」
イワレビコの目が冷たく光った。
「では、出雲も敵だ」
「上等だ」
スサノオが剣を抜いた。
「だが、今は引く」
「数で劣る今、戦うのは愚策だ」
出雲の兵士たちは、素早く撤退の準備を整えた。
さすがは精鋭部隊だ。
「逃がすな!」
イワレビコが命じたが、出雲兵の統制の取れた撤退を止めることはできなかった。
私たちは馬に乗せられ、北へ向かった。
「出雲へ行く」
スサノオが馬を走らせながら言った。
「そこで体勢を立て直す」
「すみません、巻き込んでしまって」
台与が申し訳なさそうに言った。
「気にするな」
スサノオは豪快に笑った。
「面白くなってきた」
「それに、あのイワレビコという男」
「前から胡散臭いと思っていた」
夜通し馬を走らせ、私たちは出雲へ向かった。
後ろを振り返ると、松明の光が見えた。
追手だろうか。
いや、今は前を向くしかない。
「ニギ殿」
台与が小声で話しかけてきた。
「あの勾玉……不思議な力でしたね」
「はい。五瀬殿から預かったものです」
「卑弥呼様の……」
台与の目に涙が浮かんだ。
「きっと、守ってくださったのですね」
私は勾玉を握りしめた。
まだ温かい。
五瀬殿、長脛彦殿……
多くの人の思いが、この石に宿っている。
「必ず、真実を明らかにします」
私は心に誓った。
出雲への道は長い。
だが、まだ希望はある。
「ニギ様」
台与が静かに言った。
「イワレビコ様のことが、心配です」
私は驚いて台与を見た。
あれだけのことをされたのに、まだイワレビコを心配しているのか。
「前世の恨み、今世の苦しみ」
台与は続けた。
「どちらも本物でした。あの方の痛みは、深い」
「でも、だからといって」
「分かっています」
台与は頷いた。
「でも、あのまま憎しみに囚われ続けたら」
「イワレビコ様自身が、壊れてしまう」
私も同じことを感じていた。
イワレビコの瞳に宿っていた、深い闇。
前世と今世、二重の苦しみに蝕まれた心。
「五瀬殿も、きっと」
私は呟いた。
「最後まで、イワレビコのことを心配していたのではないでしょうか」
「そうですね」
台与は涙をぬぐった。
「兄弟として、共に歩めなかったことを」
「悔やんでおられたでしょう」
遠くで狼の遠吠えが聞こえた。
まるで、イワレビコの心の叫びのように。
「いつか」
私は勾玉を見つめた。
「いつか、イワレビコも救われる日が来るでしょうか」
「きっと来ます」
台与は断言した。
「憎しみは永遠ではありません」
「人の心は、変わることができるのです」
出雲への道は続く。
私たちの戦いも、まだ終わらない。
だが、憎しみではなく、希望を胸に。
いつか全ての人が救われる、その日を信じて。




