第二十二話 三つの道
邪馬台国を出航してから五日後、我々は本州に上陸した。
「ニギ様、ここからどのルートを取りますか」
部下の一人が地図を広げた。
「選択肢は二つ。吉備を経由する南回りと、出雲を経由する北回り」
私は地図を見つめながら考えた。
「イワレビコ殿はどう思われる」
「出雲ルートを推奨します」
イワレビコの即答に、私は驚いた。
「理由を聞かせてもらえるか」
「吉備は既に友好的です。しかし出雲は未知数」
彼は地図上の出雲を指した。
「スサノオを名乗る者が勢力を拡大していると聞きます」
「だからこそ危険では?」
「危険はあります。だからこそ、あえて飛び込む必要があるのです。」
イワレビコは静かに語った。
「葛城はヤマトをまとめつつあります」
「今では周りの諸国も巻き込み兵力は1万人を超える可能性も出てきています」
「邪馬台国と、吉備、それに終わりの兄上の兵を集めても、数で負けることになります。」
「さらに地の利も葛城にあります」
「遠征兵は圧倒的な武力がないとその地の兵には勝てません」
「そのためには危険でも出雲に味方になってもらうしかないのです」
「出雲を味方につければ、ヤマトに北からも圧力をかけられる」
確かに理にかなっている。
だが……。
「出雲が敵対的だった場合は?」
「その時は、戦うまでです」
冷徹な答えだった。
「吉備ルートの方が安全では?」
私は反論した。
「既に友好関係にある吉備を通れば、確実に大和に到着できる」
「確実性を取るか、戦略的優位を取るか」
イワレビコは私を見つめた。
「兄上なら、どちらを選ぶでしょうか」
その言葉に、答えは明らかだった。
五瀬殿なら、より大胆な選択をするだろう。
「……出雲ルートで行こう」
「賢明な判断です」
イワレビコの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
それは一瞬で消えてしまったが。
出雲への道中、私は兵士たちと話をした。
「出雲は強大な勢力だと聞いています」
年配の兵士が言った。
「スサノオという男が、瞬く間に国をまとめ上げたと」
「どのような人物なのか」
「詳しくは分かりませんが、恐ろしく強いらしいです」
別の兵士が続けた。
「八岐大蛇を退治したという噂も」
八岐大蛇……神話の怪物の名だ。
以前、この地は8国に分かれていたそうだ。
お互いに戦うこともあったが、
危機に際しては協力しあう緩やかな連合国家のような形をとっていた。
そんな中、小豪族の姫を取り合うことで、8国の中の二国が対立関係になった。
その小豪族にいたスサノオが二国以外も巻き込み、互いに潰させて気がつけば
須佐の王となったスサノオがこの地帯一体を収める王として君臨するようになった。
スサノオがすごいところは、この地帯だけでなく、丹波から北陸、信濃の諏訪まで
勢力を広げたところにある。この侵攻も自らではなく、元8国の一族を兵とともに
送り込み、一部の国は征服し、また、一部の国は同盟を結び、勢力を広げるとともに
自らに敵対する可能性のある人物を遠方に送っているところにある。
このようにして、圧倒的に強い力を握ったスサノオは出雲から壱岐を通じて
大陸とも通商をして、さらに力をつけていたのであった。
比喩的な意味だろうが、興味深い。
数日後、我々はついに出雲の国境に到着した。
「止まれ!」
出雲の兵士たちが、我々を取り囲んだ。
その数、五百はいるだろうか。
「何者だ」
「ヤマト、ニギと申します。私は邪馬台国から来ましたイワレビコと言います」
「スサノオ様にお目通り願いたい」
兵士たちがざわめいた。
「邪馬台国だと……」
「お待ちください」
しばらくして、一人の武将が現れた。
「私は出雲の将、ヒイタケヒコ」
「この地はスサノオ様の収める地だ」
「まさか、お前たち、スサノオ様の敵か」
「いや、敵ではない。むしろ、力を勝ちたいと願ってきたものだ」
「力を借りるだと。」
「お前たちに力を貸して、出雲に利はあるのか」
「今、ヤマトは乱れている」
「この乱れはやがて、出雲にも伝わり、出雲も乱れ、作物が少なくなり、
民が苦しむ」
「スサノオ殿はそれを望むか」
「勝手な言い分だ」
「そのようなことで、スサノオ様お会いにはならないであろう」
「伝えるだけは、伝える。」
「まず、兵士たちの武器は、すべてここに置け」
「我々が管理する」
「なんだと」
兵士たちが気色ばんだ。
「皆、待て」
「彼らが言うのも尤もだ」
「知らない人たちが武器を持ってうろうろされれば、私でも武器は預かる」
「ヒイタケヒコ殿、私たちは武器を預ける。
なんとか、スサノオ殿への取次を頼む」
数日待たされた。
諦めかけた頃
「スサノオ様がお会いになるそうだ。ついて来い」
とヒイタケヒコが来て言った。
「ただし」
オロチの目が鋭くなった。
「兵はここで待て、来るのは、とものものも含めて10名までだ」
「承知した」
イワレビコが即答した。
「ちょっと待て」
私は慌てた。
「それでは危険すぎる」
「問題ありません」
イワレビコは振り返らずに言った。
「相手が我々を害するつもりなら、とっくに攻撃している」
確かに、一理ある。
だが……。
結局、私とイワレビコ、あとは精鋭を連れて、出雲の大社へ向かった
整然とした街並み、活気ある市場。
そして、中央にそびえる巨大な社。
大社は想像以上に立派だった。しかも空高くに聳えていた。
一体なんだこれは。我々は見たことのない大社に驚愕した。
あまり感情を表に出さないイワレビコですらこの時ばかりは、驚きのあまり呆然としていた。
「あれがスサノオの大社です」
イタケヒコが説明した。
「スサノオ様が立てられました。これまで誰も見たことのない大社」
「ここに来ると皆、スサノオ様の偉大さを実感されます。」
現代人の私でも見たことがない。
高さだけなら、現代のちょっとしたマンションの方がよっぽど高いが、
この何もないところから迫り上がる階段。そしてそこからつながる回廊と大社・
現代でも圧巻だろう。
我々は長い階段を登っていた。回廊で、待っていた兵士に止められた。
「ここから入れるのは一人だけだ」
私が覚悟を決めて行こうとすると、
「待ってくれ」
イワレビコが声を上げた。
「彼はヤマトのニギ。しかし、この使節はヤマトと邪馬台国両方からなっている」
「邪馬台国の代表である私も中に入れてくれ」と
兵士の一人が、中へ入っていった。
しばらくして出てくると、
「スサノオ様の特別な計らいである」
「二人とも入られよ」
中は、少し暗い。目が慣れないとよく見えないが、大柄な人物が座っていた。
野性的な風貌で、鋭い眼光を持っている。
「よく来た、ヤマトそして邪馬台国の使者よ」
男は豪快に笑った。
「俺がスサノオだ」
素戔嗚尊。
神話の荒ぶる神の名を持つ男。
「初めまして、私はニギ」
「堅苦しい挨拶は抜きだ」
スサノオは手を振った。
「で、何の用だ?」
単刀直入な物言いに、私は戸惑った。
「実は……」と言いかけたところで、
「お前の話、長くなりそうだな」
「酒と食べ物を持って来い」とスサノオが言った。
おそらく用意されていたのあろう。
あっという間に大量の食べ物と酒が用意された。
「少し飲みながら話そう」
周りにいた出雲の従者に酒を注がれた。
「まずは一杯。遠いところよく来られた」
人懐っこい顔でそう言って、飲み干していた。
私も慌てて、
「お招きありがとう」と言って飲み干した。
それから私はこれまでのことを何も隠さず説明した。
五瀬殿のこと、葛城との戦い、邪馬台国との関係、それでもまだ援軍が必要なこと。
スサノオはだいたい黙って聞いていたが、
時折、鋭い質問を投げかけてくる。
「つまり、葛城を倒すために協力しろと?」
「はい」
「面白い」
スサノオは立ち上がった。
「だが、タダでは協力できない」
「条件を聞かせてください」
「三つある」
スサノオは指を立てた。
「一つ、戦いの後、出雲に逆らわぬこと」
「二つ、これは邪馬台国への条件だが、対島経由の交易路の優先権を出雲に与えること」
「そして、三つ、俺と一騎打ちをして勝つこと」
最後の条件に、私は絶句した。
「一騎打ち?」
「そうだ。弱い奴とは組めない」
スサノオは剣を抜いた。
「さあ、誰が相手だ?」
その時、イワレビコが前に出た。
「私が相手をします」
「ほう」
スサノオの目が輝いた。
「面白い。名は?」
「神倭伊波礼毘古命」
「長い名だな。イワレビコでいいか」
「構いません」
二人は庭に出た。
周りには出雲の兵士たちが集まってくる。
「始め!」
オロチの合図で、戦いが始まった。
スサノオの剣は重く、力強い。
一撃一撃が、まるで嵐のようだ。
対するイワレビコは、冷静に受け流していく。
無駄な動きが一切ない。
「やるな!」
スサノオが吠えた。
激しい攻防が続く。
どちらも一歩も引かない。
そして……。
スサノオが勢いをつけて飛び込んだ。それと同時にイワレビコの剣が弾けていた。
「これまでだ」スサノオが言った。
「待ってくれ」と私が言った。言うしかなかった。
「次は私だ」
「戦っても良いが、お目は弱いだろう」
「見れば分かる。やるだけ無駄だ」
「怪我をする。やめとけ」
「私は引くことはできぬ。」
「勝負してもらいたい」
「そこまで言うなら仕方ない。」
「でも、無理をするな。怪我をするな」と
私は、五瀬から預かった勾玉を胸につけ、剣を抜いた。
そして、気合と共に、スサノオに斬りかかった。
スサノオはゆっくりと私の剣に剣をあわせた。
その時だった、一瞬勾玉が光った気がした、それと同時に彼の剣が真っ二つに折れた。
私の剣が、彼の剣を折ったのだ。
彼も信じられない問い顔していた。
しばらくして、彼は大笑いして言いた。
「俺の負けだ。お前の勝ちだ。見事だ」と
スサノオは苦笑した。
「お前、強いな」
「ありがとうございます」
「約束通り、協力しよう」
スサノオは豪快に笑った。
「それに、お前は面白い。」
こうして、出雲との同盟が成立した。
その夜、スサノオは作戦会議を開いた。
「出雲の勢力は、丹波、北近江、諏訪まで及んでいる」
地図を広げながら、スサノオが説明した。
「我々は丹波から北近江を経て、ヤマトに入る」
「同時に、五瀬は東から攻める」
私が付け加えた。
「そして邪馬台国の第二陣は、すでに吉備に入っている頃だ、西から葛城を攻めるはずだ」
「三方向からの同時攻撃か」
スサノオは感心したように頷いた。
「葛城も、これは防げまい」
イワレビコが口を開いた。
「葛城は、無理な戦いは避ける」
「不利と見れば、すぐに降伏するでしょう」
「それは好都合だ」
スサノオは笑った。
「無駄な血を流す必要はない」
翌日から、準備が始まった。
出雲の軍勢、三千。
邪馬台国の軍勢、千五百。
合わせて四千五百の大軍だ。
「いよいよだな」
スサノオが私に話しかけた。
「あの時、お前と手合わせをした時、その勾玉が光ったように思ったのだが」
「確かに私もそう感じました」
「それは一体何だ」
「これは五瀬殿から預かったもので、元は卑弥呼様のものだったと聞いています」
「卑弥呼様か」
「実は私は、若い頃、この出雲に来る前、色々なところで、悪いことばかりやっていた」
「そんな時、邪馬台国へ行った」
「怖いものは何もなかった。」
「俺を捕まえることのできる者もいなかったしな」
「そんな俺の前に、卑弥呼様が現れたのだ」
「むしろ俺が卑弥呼様と言う人に興味を持って会いに行ったのだったかな」
「しかし、彼女の前では、全く力が出なかった」
「怖いのではない。動けなかったのだ」
「そして、なぜか涙が止まらなくなってしまった」
「彼女が何を言ったのかも覚えていない」
「何も言わなかったのかもしれない」
「でもそれまでやってきた。人からものを取ったり、
暴力を振るったりすることを後悔した」
「でも、どうしたら良いかわからなかった」
「卑弥呼様は、人生はいつでも今を生きるものです。」
「人を助けることを自分の生きがいとすれば、あなたにとって、
豊かな人生になるはずですと言ってくれた」
「その言葉を糧に、出雲に来て、今まで生きてきた」
「これも何かの縁だな」と
十日後、全軍の準備が整った。
「出発だ!」
スサノオの号令で、大軍が動き出した。
丹波へ、近江へ、そしてヤマトへ。




