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第二十話:西への道

新章 ニギの凱旋

 葛城の包囲網を突破してから三日。

 私、ニギは、わずかな数十名の富から運命を共にしてきた護衛と共に西へ向かっていた。


 五瀬殿から託された勾玉が、懐で静かな光を放っている。

 不思議な温もりを感じる、古の力が宿った品だ。


 「ニギ様、このまま西へ進めば、吉備に入ります」


 配下の一人が報告した。


 「吉備か……」


 五瀬殿が良好な関係を築いたという国。

 ここで補給と情報を得られれば、邪馬台国への道のりも楽になるだろう。


 前世では、大学教員として運動とは無縁であった私。

 まさか古代日本で、このような歩き旅をすることになるとは。


 「運命とは、不思議なものだな」


 独り言のように呟いた。


 吉備の国境に差し掛かった時、前方に軍勢が現れた。


 「止まれ! 何者だ!」


 吉備の兵たちが、警戒の色を見せている。


 「私はニギと申す」


 「五瀬殿の使者として、邪馬台国へ向かう途中です」


 勾玉を示すと、兵たちの態度が変わった。


 「その勾玉は……!」


 「すぐに吉備津彦様にお知らせしなければ」


 どうやら、この勾玉には思った以上の力があるらしい。


 吉備の都に案内された私は、吉備津彦との謁見を許された。


 「ニギハヤヒ殿。初めてお目にかかります。」


 吉備津彦は、温和な笑みを浮かべていた。

 二十代半ばだろうか。威厳がありながら、親しみやすさも感じさせる人物だった。


 「初めまして」


 「五瀬殿の使者として邪馬台国へ行かれると聞きました」


 吉備津彦の目が、一瞬鋭くなった。


 「はい。五瀬殿から、邪馬台国への使者として向かいます。これはその証として託されました」と

 勾玉を見せた。


 「五瀬殿と、我々は共に力を合わせることを約束している」

 「何があったのかを。教えていただきたい」


 私はこれまでのkとについて説明した。

 大和での戦い、葛城の罠、そして長脛彦の犠牲。


 吉備津彦の表情が、次第に厳しくなっていった。


 「葛城が、そこまで……」


 「はい。五瀬殿は東へ逃れ、私は援軍を求めて西へ」


 「なるほど」


 吉備津彦は深く頷いた。


 「五瀬殿は、約束を守る人だ」


 「少し不思議なところを持った方だった」


 吉備津彦は遠い目をした。


 「まるで、未来を知っているかのような……」


 (やはり、気づいている人もいるのか)


 私は内心で思った。


 「私は五瀬殿と共に戦います」


 慎重に言葉を選びながら、私は続けた。


 「新しい国づくり。民が安心して暮らせる世界」


 「ほう」


 吉備津彦の目が輝いた。


 「若いのに、しっかりした考えをお持ちだ」


 その夜、吉備津彦は盛大な宴を開いてくれた。

 

 吉備の重臣たちも集まり、私たちを歓迎してくれた。

 

 「皆の者、こちらはニギ殿。五瀬殿の盟友であり、大和から来られた」

 

 吉備津彦の紹介に、重臣たちがざわめいた。

 

 「五瀬殿の……」

 「あの、邪馬台国と同盟を結んだ……」

 

 どうやら五瀬殿の名は、この地でも知られているらしい。

 

 「ニギ殿、我々も五瀬殿の理念には共感している」

 

 一人の老臣が口を開いた。

 

 「民を大切にし、戦いのない国を作る。それは我々の願いでもある」

 

 「ありがとうございます」

 

 私は深く頭を下げた。


 「ニギ殿、大和の現状を詳しく聞かせてもらえないか」


 酒を酌み交わしながら、私は語った。


 「葛城の圧政は日に日に酷くなっています」


 「民は苦しみ、多くの村が疲弊している」


 「そこに五瀬殿が現れ、希望を与えた。しかし……」


 「葛城がそれを許さなかった、と」


 吉備津彦は苦い表情を浮かべた。


 「我々も、葛城には警戒している。あの国は、力で全てを支配しようとする」


 「吉備は大丈夫なのですか」


 「今のところは。だが、いずれ……」


 話は、北の出雲にも及んだ。


 「出雲も動きが怪しい」


 吉備津彦が声を潜めた。


 「スサノオを名乗る者が現れ、急速に勢力を拡大していると聞く」


 「スサノオ?」


 (まさか、また転生者か?)


 「どのような人物なのですか」

 

 私は興味深く尋ねた。


 「商人たちの話では、若い男だという」

 

 別の重臣が答えた。

 

 「だが、その知識は尋常ではない。まるで……」

 

 「まるで?」

 

 「未来を見てきたかのような、新しい技術や考えを持っている」

 

 私の心臓が跳ね上がった。

 やはり、転生者の可能性が高い。


 「詳しくは分からないが、カリスマ性のある人物らしい」


 「民の支持を集め、既存の豪族たちを次々と配下に収めている」

 

 「しかも」

 

 吉備津彦が付け加えた。

 

 「彼は『八岐大蛇を退治する』と宣言したそうだ」

 

 「八岐大蛇?」

 

 「出雲の旧勢力の比喩だろう。古い体制を壊し、新しい国を作ると」

 

 まるで五瀬殿と同じような理念だ。

 だが、方法は違うかもしれない。


 興味深い情報だった。

 この時代に、複数の転生者が集まっている。

 それは偶然なのか、それとも……。


 「ニギ殿」


 吉備津彦が真剣な表情で言った。


 「五瀬殿を、私も支援したい。だが、今すぐには動けない」


 「しかし、時が来れば必ず」


 「ありがとうございます」


 「その代わり、これを」


 吉備津彦は、書状を差し出した。


 「邪馬台国の台与様への親書だ。我々の立場を説明してある」


 「確かに」


 翌朝、私は吉備を発った。

 吉備津彦は、護衛と道案内を付けてくれた。


 「気をつけて。瀬戸内の海賊にも注意されよ」


 「はい。ご厚情、感謝します」


 瀬戸内海を渡る船の上で、私は考え込んでいた。


 五瀬殿は今頃、尾張でどうしているだろうか。

 長脛彦の犠牲は、無駄にはしない。

 必ず、援軍を連れて戻る。

 

 「ニギ様、海の向こうに何か見えます」

 

 護衛の一人が指差した。

 

 霧の中から、数隻の船が現れた。

 

 「海賊か!」

 

 緊張が走る。

 

 だが、吉備の旗を見ると、相手の船は進路を変えた。

 

 「吉備の威光は海でも健在のようだな」

 

 私は安堵の息をついた。

 

 「この辺りの海賊も、吉備津彦様には手を出さない」

 

 案内役の吉備兵が説明した。

 

 「それほどの力を持っているのか」

 

 「はい。そして五瀬殿との同盟で、さらに力は増している」

 

 船旅は順調だった。

 吉備の護衛のおかげで、その後も危険はなかった。

 

 船上での日々、私は前世のことを思い出していた。

 

 邪馬台国の位置、卑弥呼の正体、そして神話と歴史の境界。

 

 まさか自分がその時代に転生し、歴史の当事者になるとは。


 数日後、九州の地が見えてきた。


 「あれが筑紫です」


 案内役が指差した。


 邪馬台国は、もうすぐだ。


 上陸してから、さらに数日。

 ついに、邪馬台国の都が見えてきた。


 「立派な都だ」


 思わず感嘆の声が漏れた。


 整然とした街並み、活気ある市場。

 大和とは違う、平和な空気が流れている。


 「何者か!」


 都の門で、衛兵に止められた。


 「ヤマトから来た登美のニギと申します。五瀬命殿の使者として、台与様にお目通り願いたい」


 勾玉を示すと、衛兵たちの顔色が変わった。


 「そ、その勾玉は!」


 「すぐに宮殿へ!」


 慌ただしく、私は宮殿へと案内された。


 回廊を歩きながら、緊張が高まっていく。

 台与という人物は、どのような女王なのだろうか。


 「お待ちしておりました」


 女官が深々と頭を下げた。


 「台与様がお待ちです」


 大広間に通されると、そこには若い女性が座していた。


 台与だ。


 十代後半ばだろうか。

 凛とした美しさの中に、不思議な威厳を感じさせる。


 「ニギ様ですね」


 台与の声は、静かだが力強かった。


 「はい。五瀬殿の使者として参りました」


 私は勾玉を差し出した。


 台与がそれを手に取ると、表情が変わった。


 「これは……確かに、卑弥呼様の……」


 涙が、彼女の頬を伝った。


 「五瀬様は、ご無事なのですね」


 「はい。東へ逃れ、必ず戻ると」


 私は大和での出来事を詳しく説明した。

 

 葛城との戦い、長脛彦との和解、そして最後の犠牲。


 台与の表情が、次第に厳しくなっていく。


 「葛城が、そのような卑劣な……」

 

 彼女の声に怒りが込められていた。


 「長脛彦様も、五瀬様を守って……」


 深い悲しみが、彼女の目に浮かんだ。

 

 「長脛彦様は立派な方でした。最後まで、新しい国への希望を捨てなかった」

 

 私は彼の最期の言葉を伝えた。


 「五瀬様には、本当にお世話になりました」


 台与は語り始めた。


 「私が女王になれたのも、五瀬様のお力があってこそ」

 

 「卑弥呼様が亡くなられた後、邪馬台国は混乱していました」

 

 彼女は遠い目をした。

 

 「多くの者が後継を争い、国は分裂の危機にあった」

 

 「その時、五瀬様が現れたのです」

 

 台与の声に、深い感謝が込められていた。

 

 「五瀬様は私を支持し、反対派を説得してくださった」

 

 「そして何より、民の心をまとめる方法を教えてくださった」


 「どのような方法を?」


 「民の声を聞くこと。そして、約束を守ること」

 

 台与は微笑んだ。

 

 「単純なことのようですが、それまでの支配者は誰もしなかったことです」


 「詳しく聞かせていただけますか」


 「もちろんです」

 

 台与は立ち上がった。

 

 「ニギ様、お疲れでしょう。今夜はゆっくりお休みください」

 

 「明日、改めてお話ししましょう。そして……」

 

 彼女の目に、決意の光が宿った。

 

 「援軍について、相談させていただきます」


 こうして、私は台与から五瀬殿の功績を聞くことになった。


 そして、この出会いが新たな展開への第一歩となることを、この時の私はまだ知らなかった。

 

 その夜、私は邪馬台国の宮殿で眠りについた。

 

 長い旅の疲れもあって、深い眠りに落ちた。

 

 明日への希望を胸に抱きつつ。

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