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第十九話 老将の決断

 朝霧が立ち込める中、戦いは突然始まった。


 「突撃!」


 私の号令と共に、我が軍は登美軍に襲いかかった。


 お互いに先の孔舎衙坂の戦いのことは覚えている。


 「五瀬! まだ生きていたのか!」


 長脛彦の怒声が響いた。


 孔舎衙坂で負った足の傷がまだ癒えていない彼は、思うように動けない。

 それでも必死に剣を振るい、部下たちを指揮していた。


「動けるようになったのか。長脛彦」


 私は冷酷に言い放った。


 前世の記憶が蘇る。

 織田信長として、幾度となく敵を欺いてきた。


 「エウカシ、左翼から回り込め!」


 「承知!」


 エウカシが勇猛に突進していく。

 宇陀の猛将の名は伊達ではない。

 次々と登美兵を薙ぎ倒していく。


 「くそっ!」


 長脛彦は足を引きずりながらも、的確な指示を出していた。

 さすがは老練の将。

 劣勢でも、なお戦線を維持している。


 だが、数の差は歴然としていた。

 我が軍二千に対し、登美軍は千に満たない。


 「もはやこれまでか……」


 長脛彦が呟いた時、戦況が急変した。


 「エウカシ、後ろだ!」


 オトカシの警告も間に合わなかった。


 調子に乗って突出しすぎたエウカシの背後から、長脛彦の親衛隊が現れた。


 「しまった!」


 エウカシが振り返った時には、すでに包囲が完成していた。


 そして次の瞬間、長脛彦自身が現れた。


 足を引きずっていたはずの彼が、まるで別人のように素早く動いた。


 「罠か!」


 「お前だけが、策を使えると思うな」


 長脛彦の剣がエウカシの喉元に突きつけられた。


 「動くな! 動けば、この者の命はない!」


 戦場が静まり返った。


 「エウカシ!」


 オトカシが叫んだが、一歩も動けない。


 私も剣を下ろさざるを得なかった。


 「卑怯な……」


 「卑怯?」


 長脛彦は苦笑した。


 「お目から卑怯という言葉を聞くとは」


 返す言葉がなかった。


 「さあ、五瀬」


 長脛彦は続けた。


 「この者の命が惜しければ、話を聞け」


 「……何が望みだ」


 「話し合いだ」


 意外な言葉だった。


 本来なら私の方から望みたいところだ


 私は選択を迫られた。

 しかし、ここで言ってくるのは、おそらく罠であろう。

 エウカシを見捨てるか、それとも……。


 「分かった」


 ついに、私は剣を捨てた。


 この危機は、むしろ私の望んだ展開ではないのか


 「話を聞こう」私は告げた


 両軍に停戦の号令が下された。


 丘の上で、私と長脛彦は向かい合った。

 エウカシは縛られたまま、側に座らされている。


 「なぜ、ヤマトに侵攻している」


 長脛彦が問うた。


 「勝つためだ」


 私は正直に答えた。


 「お前の足の傷をはどうだ?良くなったか?」

 

 私は尋ねた。


 「信長らしくもない」


 長脛彦は頷いた。


 「それだ、なぜ私のことを知っている」

 「私も同類、ただし、お前より後世から来た」


 「どういう意味だ」

 「私の時代には、お前は有名人だった。どのように生き、そして死んだかは知っている」


 「しかし、私が書物で知った信長と違うところがあると思った」


 長脛彦は続けた。


 「戦いの最中、お前は何度も躊躇した。とどめを刺せる場面で、剣を止めた」


 確かに、そうだった。

 無意識のうちに、無駄な殺生を避けていた。


 「そして、この者を人質に取られた時」


 長脛彦はエウカシを示した。


 「前世のお前なら、迷わず見捨てただろう。だが、今のお前は違った」


 「……」


 「お前は変わった。第六天魔王ではなくなった」


 長脛彦の目に、理解の光が宿った。


 「なぜだ。何故変わった」

 

 「お前は知っているのか?私が何故死んだのか」


 「私の知っている歴史では、明智光秀という自らの家臣に殺されたはずだ」


 「その通り、前世においても、戦いの中で、民のための、戦いのない世界を求めていたのだ」

 「しかし、いつの頃からか、自分の力が大きくなろうとも、従分の理想を妨げる裏切り者が

 増え続け、誰も信用できなくなっていった」

 「自分が弱かったのだ、そして最後も裏切られて死んだ。」


 「だから。今世では、人を信じよう。最後まで諦めずに戦いのない世を目指そうと思っていた。」

 「そこに、卑弥呼様が現れた。彼女は、完璧ではなかったが、やはり戦いのない世を目指して、最後まで

 戦い続けていた。その姿を見て、私は、決意をさらに固めたのだ」


 「なるほど、私の知っていた信長ではすでになかったというわけか」


 「信じてくれるのか?」


 「ニギの言葉は正しかった。お前は、民のために戦っている」


 私は息を呑んだ。


 「だから、私も考えを改めよう」


 長脛彦は立ち上がった。


 「共に戦おう、五瀬殿。葛城の圧政を終わらせるために」


 信じられない展開だった。


 「本気か」


 「ああ」


 長脛彦はエウカシの縄を解いた。


 「この者も勇敢な戦士だ。良い部下を持ったな」


 解放されたエウカシが、驚きの表情で私を見た。


 「五瀬様……」


 「すまない、エウカシ」


 私は頭を下げた。


 「危険な目に遭わせた」


 「いえ、私の不注意です」


 その時、ニギが姿を現した。


 「話がまとまったようですね」


 彼は微笑んでいた。


 「実は、私も本当のところは疑っていたところもあったのです。長脛彦様を後世の政治家です。人を見る目は私よりあるのです。

 だから、信じたいけれど、信じきれないところもあったのです。五瀬殿の真意を」


 なるほど、そういうことか。


 「では、これからは一緒に戦おう」


 私は手を差し出した。


 長脛彦がその手を握った。


 「新しい国のために」


 「民のために」


 こうして、思わぬ形で同盟が成立した。


 だが、その時だった。


 「報告! 葛城の大軍が接近中!」


 斥候の叫びに、皆が凍りついた。


 「なんだと!」


 「敵の数は五千以上! 四方から包囲されています!」


 葛城が、すべてを見ていたのだ。

 我々の戦いも、和解も。


 「罠にかかったか」


 長脛彦が苦笑した。


 「葛城め、漁夫の利を狙っていたのだろう」


 丘の四方から、葛城の軍勢が姿を現し始めた。

 その数は圧倒的だった。


 「我が葛城に背くものどもよ、聞け!」


 葛城の将軍が声を張り上げた。


 「反逆者に、もはや逃げ場はない!」


 「長脛彦、ニギ、そして邪馬台国の五瀬命。まとめて始末させてもらう!」


 「邪馬台国には長髄彦たちが、五瀬命を殺したので、我々が長脛彦を征伐したと報告しておいてやる」


 「これでヤマトは完全に我々の支配下に入る」

 「邪馬台国との関係も強化され、いうこことはない。」

 「お前たちに礼を言わねばな」


 完全に包囲されていた。

 我々の兵を合わせても、四千に満たない。


 「どうする」


 私は長脛彦に問うた。


 「共に戦うか」


 「当然だ」


 長脛彦は剣を構えた。


 ニギも頷いた。


 「最後まで戦いましょう」


 だが、戦いは一方的だった。


 数の差だけではない。

 葛城軍は、この瞬間のために準備を整えていた。


 矢の雨が降り注ぎ、次々と兵が倒れていく。


 「このままでは全滅する」


 オトウカシが叫んだ。


 その時、長脛彦が決断した。


 「五瀬、ニギ」


 彼は静かに言った。


 「お前たちは逃げろ」


 「何を言っている」


 「私が、道を開く」


 長脛彦の目に、決意の光が宿っていた。


 「この命、どうせ長くはない。ならば、未来ある者たちのために使わせてくれ」


 「長脛彦殿……」


 「五瀬」


 彼は私を見つめた。


 「お前を信じる。第六天魔王ではなく、新しい時代を作る五瀬を」


 「頼んだぞ」


 そう言うと、長脛彦は部下たちに号令をかけた。


 「凡氏の兵よ! 最後の戦いだ! ニギと五瀬を守り抜け!」


 「おお!」


 登美兵たちが、決死の覚悟で葛城軍に突撃を開始した。


 長脛彦自身も、鬼神のように戦い始めた。

 足の傷など、もはや関係ないかのように。


 「今だ! 東と西に分かれて逃げろ!」


 私はニギハヤヒと目を合わせた。


 「五瀬殿は東へ、尾張を目指してください」


 ニギハヤヒが言った。


 「私は西へ、あなたの祖国、邪馬台国へ向かいます。必ず援軍を連れて戻ります」


 「分かった。これを持っていけ。」


 私は、日御子様から、新歓から貰った古い勾玉を渡した。相変わらず、不思議な光沢を放っている。


 「これは?」


 「これを持って、邪馬台国の台与に会え」


 「きっと力になってくれる」


 断腸の思いで、我々は撤退を開始した。


 エウカシとオトウカシ、そして残った兵たちと共に、東へ向かう。


 振り返ると、長脛彦がまだ戦っていた。

 周りには敵兵の山。


 それでも、彼は倒れない。


 「最後だ、長脛彦!」


 葛城の将軍が叫んだ。


 無数の矢が、長脛彦に向かって放たれた。


 「ニギ……五瀬……」


 長脛彦の最後の言葉が、風に乗って聞こえてきた。


 「新しい……国を……」


 そして、老将はついに膝をついた。


 涙が、止まらなかった。


 前世では、敵も味方も、ただの駒だった。

 だが今は違う。


 長脛彦は、私を信じて死んでいった。


 「必ず……必ず戻る」


 私は誓った。


 「そして、あなたが信じてくれた国を作る」


 葛城の追撃をかわしながら、我々は東へ向かった。


 一旦は退く。

 だが、これで終わりではない。


 尾張で力を蓄え、必ず戻る。


 長脛彦の犠牲を、決して無駄にはしない。


 遠くで、まだ戦いの音が聞こえていた。


 凡氏の兵たちが、登美の兵たちが、そして私についてきてくれた多くの兵たちが、最後まで戦い続けていた。


 彼らの勇気を、私は一生忘れない。


 こうして、私たちは大和を後にした。

 

 一時の撤退。

 だが、必ず戻る。

 

 長脛彦の信じてくれた新しい国を作るために。

 

 葛城の圧政を終わらせ、民が笑顔で暮らせる日まで。

 

 私の戦いは、まだ終わっていない。

五瀬命=信長の章はここまでです。

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