第十八話 ヤマトへ
どれくらい眠っていたのだろうか。
深い闇の中で、私は夢を見ていた。
前世の記憶、今世の戦い、そして見知らぬ光景が混ざり合う。
「目覚めたか、五瀬」
声に導かれて、重い瞼を開けた。
そこは薄暗い洞窟のような場所だった。松明の明かりが揺れている。
「ここは……」
「我らの里。まぁ隠れ里だ」
黒い衣を纏った者が、私を見下ろしていた。
顔は相変わらず布で覆われているが、声には安堵が滲んでいる。
「どれくらい……」
「七日七晩、お前は眠り続けた」
七日。
その間に、部下たちは熊野へ向かったはずだ。
「傷は癒えた。毒も完全に抜けている」
鴉族の長が、私の左腕を診ながら言った。
確かに、痛みはない。むしろ、前より力が漲っているような気がする。
「なぜ、助けてくれた」
「天の導きと言ったが、それだけではない」
長は立ち上がり、洞窟の奥を指差した。
「来い。見せたいものがある」
歩けるかと思ったが、不思議と足取りは軽かった。
洞窟の奥へ進むと、壁一面に古い絵が描かれていた。
「これは……」
「我らの祖先が残した予言だ」
絵には、西から来る者と、東から導く鴉が描かれていた。
そして、その先には統一された国の姿が。
「お前は、予言の者だ」
「予言……」
私は苦笑した。
「私は、もう予言など信じない。」
前世でも、多くの予言者がいたが、本物はいない。
確かに卑弥呼には力の兆しを感じたが、そうそうある物ではない。
「少なくとも、私は予言のものではない。」
「そうか。だが、これは違う」
長は壁の別の部分を指した。
そこには、複数の人影が描かれていた。
「見ろ。一人ではない。多くの者が、共に歩む」
「言い伝えがある。時を超えた者、世界を越えた者。皆が集い、国を作ると」
確かに、絵の中の人影は様々な姿をしていた。
人もいれば、獣のような者もいる。
「我々一族は、ずっと待っている。これまでにも何人もこれはと言う人がいたという」
「しかし、その時はまだ来ていない」
「私の時代には、こないと思ったが、どうやらお前がその人のようだ」
「これまでと同じく、見込み違いかもしれないが」
「人は一人の力ではない。皆の力が合わさって、動いていく」
「お前は、違うと言ったところで、そんなことは、我々にとってはどうでもよいことなのだ」
その時、洞窟の入口から声がした。
「長、客人だ」
「通せ」
現れたのは、意外な人物だった。
「五瀬様!」
私の部下の一人が、息を切らして駆け込んできた。
「熊野でお待ちしていましたが、鴉族の方から居場所を聞いて」
「皆は無事か」
「はい。熊野で態勢を整えています」
部下は続けた。
「ただ、宇陀の情勢が……」
「どうした」
「宇陀の兄弟、エウカシとオトウカシが、我々の進路を塞いでいるとの報告が」
エウカシとオトウカシ。
聞いたことがある名だ。宇陀を治める豪族の兄弟。
「兄のエウカシは武勇に優れ、弟のオトウカシは知略に長けていると」
「なるほど」
私は立ち上がった。
「すぐに出発しよう」
「待て」
鴉族の長が止めた。
「もう一つ、伝えることがある」
「何だ?」
「宇陀の兄弟について、我らも知っていることがある」
長は続けた。
「エウカシは残忍で、民から過酷な税を取り立てている。だが、弟のオトウカシは兄とは違う」
「違う?」
「心優しき者だ。だが、兄の影に怯えて何もできずにいる」
なるほど、兄弟で性格が正反対なのか。
鴉族に別れを告げ、私は部下たちと合流すべく熊野へ向かった。
熊野で部下たちと再会すると、皆が涙を流して喜んだ。
「五瀬様! ご無事で何よりです!」
「心配をかけた」
私は皆を見渡した。
負傷者も回復し、士気も高い。
「宇陀へ向かう。エウカシとオトウカシに会わねばならない」
数日後、我々は宇陀の入り口に到着した。
果たして、狭い山道を塞ぐように、宇陀の兵が布陣していた。
「来たな、余所者ども!」
先頭に立つ武将が叫んだ。
屈強な体格、鋭い目つき。エウカシだろう。
「我は宇陀のエウカシ! この地は我が領地! 立ち去れ!」
私は前に出た。
「五瀬と申す。戦いに来たのではない。話をしたい」
「話だと?」
エウカシは嘲笑った。
「武装した集団が何を言う! 素直に帰るなら見逃してやる。さもなくば……」
彼は剣を抜いた。
「皆殺しだ」
この山間の地、こちらには2千の兵がいる。相手はせいぜい5百程度。
しかし、こちらから突っ込めば、地の利は敵にある。こちらは圧倒的に不利になる。
しかし、こちらの陣のある広くなっているところには、敵は決して来ない。
睨み合いが続く。
そんなある夜、汚れた服装の一人の人が来た。
警戒をしながらも会うこととした。
「私はオトウシカの使いのものでございます」
「兄は、あのような性格ですので、このままでは、共倒れになってしまします。」
「一度、私のところに来ていただけないでしょうか?兄にわかってもらえるように
話をしたいと思っています。との伝号です」とそのものは言った。
「もし、来ていただけるならば、私が案内します。」
私は、迷った。
普通であれば、罠であると考えるところだ。
しかし、歴史ではオトウシカはカムヤマトイワレビコノミコト=神武天皇の味方となったものだ。
このままの膠着状態でもうつ手はない。
思い切っていくこととした。できるだけ屈強のもの百人を連れて。
山道を我々は進んだ。
敵に会うこともなく、少しひらけたところまで来た。
前には新しい館が見えてきた。
「あの館でオトウシカ様がお待ちです。」連れてきた人がそう言って、前を歩いていく
その時である。走ってきた人がいた。
「お待ちください」
「あなたは、五瀬命様ではありませんか』
周りの兵士が、速やかに彼を取り押さえた。
「皆、待て。彼の話を聞こう」
その時、案内をしてくれていた彼がいきなり刃物をこの人に向けて切り掛かる。
「取り押さえよ」
何が何だかわからない。
そなた、何をする。
「あれは、嘘つき十兵衛というものです。
我々の恥晒しです。速やかに処罰を」使者が言った。
「タミオカ、絵うしかに何を言われた。
五瀬命暗殺か?
「五瀬殿、早く処分をして、オトウシカ様のところへ」
「私のところへ?どう言うことだタミオカ」
「あなたは?」私は尋ねた
「オトウシカ。エウシカの弟です。」
「オトウシカ様は、あの館で待っておられると聞いていますが」
「五瀬様。よくご覧ください」
「あのできたばかりの館を」
「あそこには人は誰も住んでいません」
「おそらく天井を落として圧殺する仕掛けを作っているはずです」
「この男、タミオカは兄の忠臣。おそらくあなたをあの館に誘い込んで、
一緒に死ぬつもりだったのでしょう」
「兄も私も、あなたを憎んでいるわけではない」
「他国のものの侵略が許せないのです」
「私も、確かに、あなた方のために来たのではない」
「しかし、この地に来て、多くの民から助けてほしいと頼まれた」
「あなた方に正義はあるのか?私たちに義はないのか」
「あなた方のような外来者の侵攻に備えて、苦しい中、軍役を貸しているのです」
「葛城も頼りになりません」
「助けると言って、兵士やものを持っていくだけで、今もここに来てくれません」
「我々はどうすれば良いと言うのですか」
「残念です。」
「我々に正義があるかはわかりません」
「それでもあなたは、あなたの正義を貫くべきです」
「エウシカは正義ですか」
「人を頼るのには限界がある」
「兄エウシカも、私も、頼るのではなく、自らが立ってください」
少し間があって、オトウシカは使うの森を指した、あの辺りに、エウシカはいるはずです。
兵士が一気に移動した。あっという間にエウシカを捕縛して、戻ってきた。
「オトウシカ、お前、何をしたのかわかっているのか。
これで我が一族は終わりだぞ」と
オトウシカはゆっくり答えた。
「確かに我が一族は終わりました、でも、民は、我々と生きた民は、この後幸せに過ごすことができます」と
「兄上……私は、ずっと言いたかった」
「何だ」
「民が苦しんでいます。このままでは、皆が逃げ出してしまう」
「弱い奴は逃げればいい」
「違います!」
オトウカシが初めて声を荒げた。
「民がいなければ、村も国もは成り立たない。兄上も、それは分かっているはずです」
エウカシが黙った。
私は二人の間に立った。
「エウカシ殿、オトウカシ殿の言葉に耳を傾けてはどうか」
「部外者が……」
「部外者だからこそ、見えることもある」
私は続けた。
「兄弟で力を合わせれば、宇陀はもっと豊かになる。エウカシ殿の武勇と、オトウカシ殿の知恵があれば」
長い沈黙の後、エウカシが口を開いた。
「……オトウカシ」
「はい、兄上」
「お前の考えを、聞かせてくれ」
オトウカシの目に涙が浮かんだ。
初めて、兄が自分の意見を求めたのだ。
その後、我々は館に招かれた。
話し合いの結果、エウカシは税を下げることを約束した。
「しかし、一つ頼みがある」
エウカシが言った。
「何だ」
「大和への道案内をさせてくれ。この先の道は険しい」
「それは助かるが、なぜ」
「お前のような者に会ったのは初めてだ。もっと見てみたい」
エウカシは照れくさそうに笑った。
オトウカシも頷いた。
「私たちも、新しい国づくりに参加したい」
こうして、思わぬ仲間が増えた。
宇陀を出発する前夜、オトウカシが密かに訪ねてきた。
「五瀬様、実は警告があります」
「何だ」
「大和には、恐ろしい武将がいます。長脛彦という老将です」
「知っている。戦って負けた」
「そして、その主君が……」
オトウカシの声が震えた。
「ニギハヤヒ様。まだ若いですが、不思議な力を持つと言われています」
「不思議な力?」
「まるで、未来が見えるかのような……」
その言葉に、私は背筋が寒くなった。
もしかすると、ニギハヤヒも……。
翌朝、大和への進軍が始まった。
エウカシとオトウカシの案内で、険しい山道を越えていく。
そして数日後、ついに大和盆地が見えてきた。
「美しい……」
誰かが呟いた。
確かに、豊かな平野が広がっている。
だが、その先に待つものは……。
この美しい地を、戦いで血に染めることは避けたい。
そんな気持ちで、この地を眺めていた。




