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第十六話 五瀬の孔舎衙坂の戦い

 河内に入った。

 この地は 凡氏が治める地。

 ここからはもう民が逃げてくることもなかった。

 田畑も、青々としており、良い土地である。

 

 しかし、要所には凡氏が陣をひきわれわれの侵攻を妨げている。

  

 やむを得ぬと、力押しにして、一つずつ陣を破って進んでいくしかなかった。


 河内に入って三日がたった。

 ついに生駒山麓に至った。

 明日からはここを越えていかねばならない


 これまで敵は 凡氏の兵ばかりで、葛城は全くいない。

 確かに、凡氏の領地ではあるが、連合軍を組んでいないのか?

 この夜、各軍の長たちを集め明日からの作戦を伝えた。

 このまま進めばやがて孔舎衙坂に至る。

 戦いの地は、この孔舎衙坂になるであろう。

 この地は大軍の利点を使えず、かなり不利な戦いになり、まともに戦えば

 多くの負傷者が出ることになる。

 お互い、負傷者を出すことは避けたいはずだ。


 「我々は、最後まで話し合いを申し込む。

 しかし、敵がこれに応じない時には、攻め込み、こちらの

 覚悟を示さなければならない

 その時には、決して引かず、勇気を持って攻め込んでほしい」

 「敵の中には、葛城はいないかもれないが、

 目の前の敵を倒さなければ、葛城は出てこない」

 将たちは覚悟を決めた。


 翌朝

  「五瀬様、前方に敵軍が」


 報告を受け、私は眉をひそめた。


 「葛城軍か?」


 「いえ、旗印から見て、登美と凡氏の連合軍のようです」


 予想外の展開だった。

 葛城に向かっているはずが、なぜ登美と凡氏が我々の前に立ちはだかるのか。


 「数は?」


 「合わせて三百ほど。孔舎衙坂に布陣しています」


 孔舎衙坂は、大和盆地への要衝だ。

 そこを押さえられては、進軍できない。


 「葛城の姿は?」


 「見当たりません」


 私は考え込んだ。

 これは葛城の策略か。

 邪馬台国や吉備との全面対立を避け、登美と凡氏に我々を阻ませる。

 汚い手だが、効果的だ。


 各軍は侵攻を開始した。

 相手の軍の駆け引きは、巧みで、我が軍はズルズルと孔舎衙坂に引き込まれている。

 このままでは、まずい。さらに被害が拡大する


 「この先敵は罠を仕掛けているぞ。守りを固めろ」

 必死で叫んだ。多少は守れたが、やはり被害が出ている。


 次の瞬間、坂の上から無数の矢が降り注いできた。


 「全軍、突入準備!」


 やむを得ない。

 戦うしかない。


 「亀甲の陣! ゆっくり前進!」


 兵たちが盾を掲げ、じりじりと坂を登り始めた。


 狭い坂道での戦いは、数の優位が活かせない。

 地の利は完全に向こうにある。


 「負傷者は後ろへ! 無理をするな!」


 私は指示を出しながら、前線で戦った。


 敵の抵抗は激しかった。

 特に長脛彦の弓は恐ろしく正確で、次々と我が兵を射抜いていく。


 「このままでは埒が明かない」


 私は決断した。


 私は最後の説得に出た。

 兜を脱ぎ、素顔で叫んだ。届いてくれと。


 「登美と凡氏の諸君! 私は五瀬命!」


 声を張り上げた。


 「我々の敵は葛城だ! なぜ同じ苦しみを持つ者同士が戦わねばならない!」


 しばらく沈黙が続いた。

 そして、坂の上から一人の老将が姿を現した。


 長身で、鋭い目つき。

 噂に聞く長脛彦だろう。


 「五瀬か、私はお前のことを知っている、お前は私には勝てない。」


 長脛彦の声が響いた。


 なぜ、彼が歴史を知っている?彼も生まれ変わりか?

 疑問はつきぬが、今は目の前の命の駆け引きに集中しなければならない。


 「お前の言うことは分かる。だが、我々には守るべき民がいる」


 「だからこそ、共に戦おう!」


 「できぬ」

 「お前のことを信用できない。第六天魔王信長よ」


 長脛彦は首を振った。


 私は、完全に動揺してしまった。なぜ知っている。確かに前世で武田信玄当てにその名で文を送ったことはある。

 やはり、彼とはこれ以上戦うことはできない。


 長脛彦の目にも、深い苦悩が浮かんでいた。

 

 私は拳を握りしめた。

 このまま引き返すわけにはいかない。

 背後には、私に希望を託した民がいる。


 「申し訳ないが、それはできない」


 「ならば」


 長脛彦が弓を構えた。


 「力ずくで止めるしかあるまい」


 その声は、戦場に響き渡った。


 「私は戦いを望まない! 話し合おう! 共に、より良い国を作ろう!」と

 

 回答はない。

 しばらく静寂が続いた。


 その時である、一本の鋭い矢が、まっすぐ私をめがけて飛んできた。

 やられた。その時には死を覚悟したが、体がわずかに反応した。

 すんでのところで、矢は心臓ではなく腕に刺さった。

 

 思わず膝が崩れた。

 鮮血が、腕から流れ落ちる。


 「五瀬様!」


 部下たちが駆け寄った。


 「大丈夫だ……」


 なんとかか声が出た。

 「残念だがこれまで、撤退! 負傷者を優先して運べ!」


 「しかし、五瀬様、このまま下がるのは、危険です。」


 「大丈夫だ、いいから行け! これ以上、無駄な血を流す必要はない!」


 なんとか撤退が開始された。

 隊列が崩れそうになるところを、昨日集まった、将たちが勇気を持って前線に残り、

 隊列を崩ささず、整然と、迅速に。

 負傷者を抱えながら、坂を下っていく。

 負けではあったが、私は満足していた。

 「これで良い」


 敵軍から歓声が上がっていた。


 撤退しながら、私は考えていた。


 神話では、この傷がもとで五瀬命は死ぬ。

 だが、ここには弟 神武天野となる神倭伊波礼毘古命カムヤマトイワレビコノミコトはいない。


 歴史は、どう動くのだろうか。


 「五瀬様、しっかりしてください!」


 薬師が必死に止血している。


 痛みに耐えながら、私は苦笑した。


 前世では、本能寺で死んだ。

 今世でも、志半ばで死ぬのか。


 いや、まだだ。

 まだ、やるべきことがある。


 撤退から半刻後、我々は坂の麓で態勢を立て直していた。


 「五瀬様、敵の動きは?」


 「追撃の気配はありません」


 斥候の報告に、私は頷いた。

 長脛彦は深追いしない。賢明な判断だ。


 だが、このまま撤退するわけにはいかない。

 せめて、一矢報いなければ。


 「作戦がある」


 私は幹部たちを集めた。


 「奴らを誘い出す」


 翌朝、我々は不自然な動きを見せた。

 わざと負傷兵を坂の下に残し、本隊は東へ向かう素振りを見せる。


 「五瀬様、本当によろしいのですか」


 副将が心配そうに尋ねた。


 「囮として残す兵たちが」


 「大丈夫だ。皆、承知の上だ」


 実際、志願者は多かった。

 皆、このままでは終われないという思いを持っていた。


 そして、私の読み通り、長脛彦は動いた。

 捜索隊が坂を下りてくる。


 「今だ」


 私の合図で、作戦が始まった。


 偽装した負傷兵が飛び起き、叫ぶ。

 両側の崖から、油を塗った丸太を転がし、火をつける。


 退路を断たれた捜索隊に、私は呼びかけた。


 「武器を捨てろ! 命は保証する!」


 「我々は無駄な血を流したくない! 降伏すれば、丁重に扱う!」


 長脛彦が剣を構えて突撃してきた。

 だが、落とし穴に足を取られる。


 「今だ!」


 石つぶてを放つ。

 狙いは殺すことではない。無力化することだ。


 石は正確に長脛彦の右膝に当たった。


 「ぐあっ!」


 倒れる長脛彦。

 すぐに部下が駆け寄った。


 「薬師を! 早く薬師を呼べ!」


 「この方を丁重に扱え! 絶対に死なせるな!」


 私は声を張り上げた。


 「長脛彦殿! これは貴殿への警告だ!」


 敬意を込めて続ける。


 「貴殿の知略と武勇には心から敬服する! だからこそ、無駄に命を散らすべきではない!」


 「次は必ず、話し合いの場を設ける! そのときまで、どうか生きていてほしい!」


 前世なら、皆殺しにしていただろう。

 だが、今は違う。


 民のための国を作るには、無駄な恨みを残してはならない。


 捜索隊は全員武装解除して解放した。

 長脛彦も、丁重に送り返した。


 「五瀬様、なぜ敵を逃がすのですか」


 部下の一人が尋ねた。


 「殺せば、恨みだけが残る」


 私は答えた。


 「だが、生かせば、いつか理解し合える日が来るかもしれない」


 実際、長脛彦が何故私のことを知っているのか。

 第六天魔王の名を。


 もしかすると、彼もまた……。


 「南へ向かう」


 私は決断を下した。


 「紀伊へ」


 史実通りの道を辿ることになるが、それでも構わない。

 むしろ、そこで新たな可能性を見つけられるかもしれない。


 振り返ると、孔舎衙坂が朝日に輝いていた。


 あの坂の向こうに、ニギハヤヒという若き指導者がいる。

 いつか、必ず会ってみたい。


 そのためにも、まずは生き延びなければ。


 「出発だ」


 傷の痛みをこらえながら、私は南への道を歩み始めた。

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