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第十五話 決断の時

 ヤマトの地に足を踏み入れてから、一月が過ぎていた。


 最初の村で盗賊を討って以来、私の評判は瞬く間に広がった。

 葛城の圧政に苦しむ村々が、次々と保護を求めてきた。


 「五瀬様、また新たな村から使者が」


 部下の報告を聞きながら、私は複雑な心境だった。


 「また、葛城支配の村からか」

 「はい、助けて欲しいと」


 「しかたない、税は三割。こちらから、連絡要員を送るので、葛城からの使いは、追い返すように伝えよ。」

 「また、他の村同様、村長は、ここへ来て、話し合いに加わるようにと」


 「はっ」


 村を救うつもりが、いつの間にか小さな勢力の長のようになっている。

 これは本意ではなかったが、民の期待を裏切ることもできなかった。


 ある朝、見慣れない一団が陣営に近づいてきた。


 「葛城からの使者である!」


 立派な装束を身にまとった男が、傲慢な態度で名乗った。


 私は使者を迎えた。


 「何用か」


 「お前が盗賊団の頭か」

 「これ以上の勝手な振る舞いは許されぬ」


 使者は高圧的な態度で続けた。


 「とはいえ、お前が、すぐ大王に使えるのであれば、認めてやらぬでもないと大王は仰られている」

 「すぐ準備せよ」

 「葛城の領内で、勝手に集めた物を上納物を葛城に持ってこい」


 「上納物?」


 「とぼけるな。村々から集めた米や絹、その他の物資だ」


 「私は村から三割しか取っていない。それも村の発展のために使っている」


 使者の顔が歪んだ。


 「三割だと? ふざけるな! 葛城は七割を徴収している。お前が勝手に決めることではない」


 「民が飢えては、国は成り立たない」


 「黙れ!」


 使者は声を荒げた。


 「今すぐ上納物を差し出せ。さもなくば、葛城の大軍がお前たちを滅ぼすぞ」


 私は静かに立ち上がった。


 「それは脅しか」


 「脅しではない。事実だ」


 「ならば、大王とやらに伝えよ」


 私は毅然と言い放った。


 「私への攻撃は、邪馬台国への攻撃と同じ。吉備もまた、私に好意的だ」


 使者の顔色が変わった。


 「邪馬台国と吉備だと……」


 「そうだ。私は正式な使節として東に来た。もし私を攻撃すれば、西からの大軍が葛城を襲うだろう」


 これは半分脅しだったが、完全な嘘でもない。

 台与は私の安否を気にかけているし、吉備との友好関係も築いている。


 使者は憎々しげに私を睨んだ。


 「覚えておけ。葛城を侮るな」


 そう言い残して、使者は去っていった。


 「五瀬様、本当に大丈夫でしょうか」


 副将が心配そうに尋ねた。


 「葛城は必ず報復してきます」


 「分かっている」


 私は拳を握りしめた。


 その夜から、不穏な報告が相次いだ。


 「五瀬様! 隣の村が葛城の兵に襲われました!」


 「何だと」


 「村長が処刑され、全ての食料が奪われたと」


 翌日も、また別の村から悲報が届いた。


 「我が村の若者たちが、強制的に兵として連れて行かれました」


 「抵抗した者は、見せしめに……」


 葛城の圧政は、日に日に酷くなっていった。

 明らかに、私への当てつけだった。


 「助けてください!」


 「五瀬様だけが頼りです!」


 各村から、必死の嘆願が届く。


 私は苦悩した。

 このまま見過ごせば、多くの民が犠牲になる。

 だが、動けば全面戦争になる。


 「五瀬様」


 ある村の老人が、涙ながらに訴えた。


 「もう限界です。このままでは、皆死んでしまいます」


 「葛城の兵は、少しでも逆らえば家を焼き、女子供も容赦しません」


 別の村人も続けた。


 「五瀬様が来てから、初めて希望を持てたのに……」


 民の苦しみを前に、私はもはや傍観者ではいられなかった。


 「分かった」


 私は決意を固めた。


 「全軍に告げる。我々は生駒を越え、ヤマトの中心部へ進軍する」


 幹部たちが息を呑んだ。


 「本当に戦うのですか」


 「他に道はない」


 私は地図を広げた。


 「葛城の圧政から民を解放する。それが我々の使命だ」


 「しかし、相手はこの地の最大の勢力です」


 「だからこそ、やらねばならない」


 私は幹部たちを見渡した。


 「恐れることはない。民の支持は我々にある」


 決意は固まった。

 もはや後戻りはできない。


 翌朝、私は村長たちを集めた。


 「皆、聞いてくれ。我々はこれより生駒を越える」


 村長たちは、皆、私を見つめている。


 「葛城の圧政に苦しむ民を救うために」


 「戦いは避けられないだろう。だが、多くの村々が苦しんでいる。我々はやらねばならぬ」


 「新しい国を作る。民が安心して暮らせる国を」


 「力を貸して欲しい」


 村長たちの目に、決意と希望の光が浮かんだ。


 「それぞれの村に帰って、民に話してくれ。

 そして、集めることのできるもの、戦うことのできるものは、ここに来てほしいと」

 「戦いでは、死ぬこともある。しかし、このままで良いのかと、

 問うて欲しい」


 村長たちは、一人でも多くの兵士を連れてくると、言って、それぞれの村に帰って行った。


 それから10日

 この村には3千もの兵が集まっていた。

 

 兵たちの目に、決意の炎が灯っていた。


 「よく集まってくれた。我々は葛城から独立する」

 「家族に幸せのために、そして正義のために! 」

 「いざ、出陣だ!」


 「おう!」


 雄叫びが響き渡った。


 こうして、運命の進軍が始まった。

 生駒山に向けて。そしてその向こうのヤマトの葛城へ。


 孔舎衙坂の戦いへとつながる、長い道のりの始まりだった。

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