第十四話 ヤマトでの最初の戦い
煙が上がる村へ、我々は全速で駆けた。
近づくにつれ、悲鳴と怒号が聞こえてくる。
金属のぶつかる音も。まだ戦闘は続いているようだ。
「包囲しろ! 逃がすな!」
私は素早く指示を出した。
村に入ると、惨状が広がっていた。
家々から火の手が上がり、村人たちが逃げ惑っている。
盗賊は二十人ほど。
粗末な武装だが、動きは練れている。おそらく元兵士の成れの果てだろう。
「女子供は逃がせ! 逃げるものは追うな放っておけ!」
盗賊の頭らしき男が叫んでいる。
その時、一人の少女が盗賊に捕まった。
「離せ!」
少女の兄らしき少年が、木の棒を持って立ち向かう。
だが、盗賊の一撃で簡単に倒された。
「ガキが粋がるな」
盗賊が剣を振り上げた瞬間、私の放った矢が剣を弾いた。
「何者だ!」
盗賊たちが振り返る。
「邪馬台国の五瀬だ。盗賊ども、武器を捨てよ!」
私は馬上から声を張り上げた。
「邪馬台国だと? ここはヤマトだぞ!」
「民を守るのに、国境など関係ない」
盗賊の頭が嘲笑った。
「偽善者め! お前らも同じ穴の狢だろう!」
「何を言っている?
わからんことをほざくな」
「人を盗賊と呼ぶお前らの方が、タチの悪い盗賊と言っているんだよ。」
「なぜ我々がお前たちと同じだというのか」
「耳が聞こえないのか?
お前たちは、俺たちと一緒じゃない。お前たちの方が人の迷惑だと言っているんだよ」
私は馬を下りた。
「盗賊が何をいう」
「俺たちは、確かに盗賊だ。ものを奪う、でもそれだけだ」
「お前たちは、村人に物を運ばせ、奪い取り、さらに戦にも連れて行き、殺してしまう
どっちが悪人か、言うまでもない」
「お前たちの言に耳を貸すつもりはない。
今ここで苦しむ人たちを助け。
我々がすることはそれだけだ。」
「我々は民のために戦う」
「ははぁ? 笑わせるな!」
盗賊の頭が剣を構えた。
「俺たちも元は葛城の兵だった。民のために戦ったさ。だが、どうなった?」
男の目に、深い憎しみが宿っていた。
「不作を理由に、俸禄は出ない。家族は飢える。それでも戦えと言われた」
「どうすれば良いというのだ」
「だから盗賊に?」
「生きるためだ!」
男が斬りかかってきた。
私は剣で受け止める。
重い。
この男、只者ではない。
「お前も、いずれ分かる」
男が剣を押し込みながら言った。
「綺麗事では、腹は膨れない」
私は男を押し返した。
「だからといって、罪のない民を襲う理由にはならない」
戦いが始まった。
私の部下たちは、訓練された動きで盗賊たちを追い詰めていく。
数でも質でも、我々が圧倒的に優位だった。
だが、盗賊の頭は強かった。
私と互角以上に渡り合う。
「名を聞こう」
剣を交えながら、私は尋ねた。
「盗賊に名などない」
「いや、あるはずだ。葛城の兵だった頃の」
男の動きが一瞬、鈍った。
「……葛城玄蕃」
「玄蕃か。良い太刀筋だ」
「今更、褒められても」
玄蕃の剣が、さらに激しさを増した。
戦いは激化していった。
玄蕃の剣技は見事だった。
おそらく、葛城でも相当な地位にいた武将だろう。
「なぜだ!」
玄蕃が叫んだ。
「なぜ、民を守ると言いながら、俺たちを殺す!」
「あなたたちも民だった」
私は悲しみを込めて答えた。
「だが、罪なき民を傷つけた時点で、もはや許すことはできない」
「綺麗事を!」
玄蕃の剣が、私の頬をかすめた。
血が流れる。
「家族が飢えて死にそうなんだ! それでも盗みは悪か!」
私の心が痛んだ。
前世の私なら、何の迷いもなく斬っていただろう。
だが今は、この男の苦しみが理解できてしまう。
「悪だ」
それでも、私は断言した。
「どんな理由があろうと、他の民を傷つける権利はない」
「じゃあ、どうしたら良かったんだ!」
「他の道を探すべきだった。助けを求めることもできたはずだ」
「誰が助けてくれる! 葛城は俺たちを見捨てた!」
玄蕃の目に、絶望が浮かんでいた。
その時、倒れていた少年が声を上げた。
「……お願いです……」
血を流しながら、必死に言葉を紡ぐ。
「妹を……妹だけは……」
私の決意が固まった。
「玄蕃」
私は静かに呼びかけた。
「あなたの無念は分かる。だが、この少年の無念はどうなる」
玄蕃の動きが、一瞬止まった。
その隙を、私は見逃さなかった。
一瞬の交錯。
私の剣が、玄蕃の胸を貫いた。
「ぐっ……」
玄蕃が膝をついた。
「家族に……伝えてくれ……」
血を吐きながら、玄蕃が呟いた。
「すまなかったと……」
「伝えよう」
私は約束した。
「必ず、家族を探し出して伝える」
玄蕃が、かすかに微笑んだ。
「偽善者め……」
そして、息絶えた。
残りの盗賊たちは、頭を失って総崩れとなった。
我々は、一人も逃さず討ち取った。
たとえ哀れな境遇でも、民を傷つけた罪は許されない。
それが、私の下した決断だった。
戦いが終わり、村人たちが恐る恐る姿を現した。
「助かった……」
「ありがとうございます……」
感謝の声が上がる中、私は倒れた少年の元へ駆け寄った。
「薬師はいるか!」
村の老婆が進み出た。
「私が手当てしましょう」
手際よく止血し、薬草を当てる。
「命に別状はありません」
安堵の息が漏れた。
少年の妹が、おずおずと近寄ってきた。
「兄は……大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。すぐに元気になる」
私が微笑むと、少女も安心したように笑った。
村の長老が、深々と頭を下げた。
「邪馬台国の方々、本当にありがとうございました」
「当然のことをしたまでです」
「いえ、葛城も、誰も助けてくれなかった。まさか、遠い邪馬台国の方が……」
長老の目に、涙が浮かんでいた。
「実は、この村も葛城の取り立てで苦しんでおります」
別の村人が口を開いた。
「作物の七割を持っていかれ、残りでは生きていけません」
「それで、多くの者が村を捨てて……」
村人たちの話を聞くうちに、葛城の圧政の実態が明らかになってきた。
不作を理由に、過酷な取り立て。
逆らえば、兵を送って制裁。
まさに、恐怖政治だった。
「お願いです」
長老が土下座した。
「どうか、この村を守ってください。葛城ではなく、あなた様に従いたい。もはや限界なのです。」
「それは……」
私は困惑した。
まだ、大和に来たばかりだ。いきなり領地を持つなど。
「お願いします!」
村人たちが、次々と土下座した。
「このままでは、私たちも盗賊になるしかありません」
「子供たちを飢えさせたくないのです」
私は村人たちを見渡した。
痩せこけた顔。
ぼろぼろの衣服。
それでも、必死に生きようとしている。
「分かりました」
私は決意した。
「この村を、私が守りましょう」
歓声が上がった。
村人たちが、涙を流しながら感謝の言葉を述べる。
「ただし」
私は釘を刺した。
「私に従うということは、新しい秩序に従うということです。
皆さんには、納得できないこともあるかもしれません。
時には、戦うことも出てくるでしょう。
私は、邪馬台国でも、多くの戦いをし、多くの犠牲者を出している。
ここでも、同じことになることも、覚悟できますか」
「どんな秩序でも、たとえ戦になっても、今よりはましです」
長老が即答した。
こうして、私は大和で最初の拠点を得た。
小さな村一つ。
だが、ここから始まる。
新しい国づくりが。
夜、陣営で玄蕃たち盗賊の遺品を整理していると、小さな木彫りの人形が出てきた。
おそらく、子供のために作ったものだろう。
「家族を探し出す」
私は人形を握りしめた。
「そして、必ず伝える。あなたの最期の言葉を」
前世なら、考えもしなかっただろう。
敵の家族のことなど。
だが今は違う。
日御子から学んだ。
民を想うということの本当の意味を。
翌朝から村の復旧作業が始まった。
我が兵たちも、進んで手伝う。
焼けた家の修理、荒れた畑の手入れ、壊れた水路の整備。
「こんな親切な兵士は初めてだ」
村人が驚いていた。
「葛城の兵は、取り立てるだけで何も助けてくれなかった」
私は、邪馬台国で実践してきた農法を伝授した。
深耕、堆肥、輪作。
簡単なことだが、収穫は確実に増える。
「これは素晴らしい!」
村の農夫たちが目を輝かせた。
「これなら、取り立てられても生きていける」
「いや」
私は首を振った。
「取り立ても、もっと減らします。三割で十分です」
「三割!?」
村人たちが息を呑んだ。
「本当ですか?」
「約束します。ただし、その代わり、村を豊かにすることに協力してください」
希望の光が、村人たちの目に宿った。
ヤマトでの第一歩。
それは、小さな村から始まった。
だが、この小さな変化が、やがて大きな波となって広がっていくはずだ。
まだ、誰も予想していなかったが。




