第十三話 東への道
邪馬台国を発って七日目。
我々は吉備の国境に差し掛かっていた。
三百の兵は整然と隊列を組み、東へと進む。
皆、新天地への期待と不安を胸に抱きながら。
「五瀬様、前方に吉備の国の砦が見えます」
「あらかじめ通ることは知らせておりますが、まだ返事は来ておりません」
吉備は、邪馬台国と大和の間にある強国だ。
出雲とともに、鉄の産地を押さえ、独自の勢力を保っている。
「警戒せよ。ただし、敵対的な態度は見せるな」
私は部下に指示を出した。
いよいよ砦が近づいてきた。吉備の兵が出てきて道を塞いだ。
数は二十ほど。だが、櫓の上にも弓兵が控えている。
「止まれ! どこの者だ!」
関守が鋭い声で問いかけた。
「すでに連絡はしておいたはずだが、邪馬台国からヤマトへ向こう使節団である」
私は馬を進め、落ち着いた声で答えた。
「邪馬台国の使節団がヤマトへ向かうのに、我が吉備は素通りか」
関守の目が警戒の色を強めた。
「なぜ兵を率いて向かっている? まさか侵略軍ではないであろうな」
「我が吉備を襲うのか?ヤマトを狙うのか」
「それにしては少数であるが、何を考えている?」
確かに、三百の兵は使節団としては多い。
私は馬を下り、懐から日御子の勾玉を取り出した。
「これを見ていただきたい」
翡翠の勾玉が、朝日を受けて神秘的な光を放った。
関守の顔色が変わった。
「それは何だ?我にはわからぬぞ」
「これは……邪馬台国の印です。」
「我々は争いを求めていない。ただ東へ向かうだけだ」
関守は勾玉をじっと見つめ、やがて後ろに合図を送った。
「少しそのまま待て」と
しばらくして
「待たせた、申し訳ない」
別の声が響いた。
関所の奥から、立派な身なりの男が現れた。
「私は吉備の大夫、吉備津彦と申す」
若い男だった。
まだ二十代半ばだろうか。だが、その眼光は鋭い。
「邪馬台国の使節が、なぜこれほどの兵を?」
「護衛です」
私は簡潔に答えた。
「東のヤマトは混沌としていると聞く。備えは必要でしょう」
吉備津彦は私をじっと見つめた。
「あなたは……五瀬殿ではないですか?」
「東に向かっているとの話は聞いています」
「いかにも」
「狗奴国を退けた軍略家ですね、その名は聞き及んでいます」
吉備津彦の表情が少し和らいだ。
「実は、我々も東の情勢を気にかけているのです」
「と言うと?」
「最近、東から逃れてくる者が増えています。ヤマトでは小国同士の争いや大国の支配がうまくいかないのか、農民の多くが逃げ出してきている」と
これは重要な情報だった。
「詳しく聞かせていただけますか」
吉備津彦は少し考えてから、提案した。
「今夜、私の館で宴を開きましょう。そこで情報交換をしませんか」
「こちらかたの提案もある」
罠の可能性もある。
だが、情報は貴重だ。
「ありがたくお受けします」
その夜、吉備津彦の館で宴が開かれた。
兵たちは、兵たちの宴が開かれ、
我々約10名ほどと吉備20名ほどは館の中で宴がもようされた。
意外なことに、それは本当に歓待をしてくれたのだった。
吉備津彦は、東の情報を惜しみなく提供してくれた。
「今のヤマトでは葛城が最大勢力ですが、まだ、完全には地域を掌握できておらず、
それどころか、圧政をしているようで、農民がたちが逃げ出し始めている。
以前は、それなりに連合国家として成り立っていたものが、葛城力が強くなりすぎ、
周りの国への支配を強めるため、葛城が税を増やしているのが原因のようだ」
「周りの部族へも取り立てを行い、ヤマトのほとんどの地域で民を苦しんで、一部が逃げ出しているようだ」
「しかし、その中で、まだはっきりはしないのだが新興勢力として登美という国が台頭してきたらしい」
私の箸が止まった。
「登美……」
「ご存知ですか?」
「いや、道中で噂を聞いた程度です」
吉備津彦は杯を傾けながら続けた。
「登美の若き指導者は、まるで神懸かったような知恵を持つと言います」
「新しい農具、治水技術、そして何より、民を第一に考える政治」
私の胸がざわついた。
まるで、私がやってきたことと同じではないか。
「その指導者の名は?」
「確か……ニギハヤヒと呼ばれているとか」
ニギハヤヒ。
饒速日命。
私の知る神話では、神武東征の前に大和を治めていた者。
「五瀬殿?」
吉備津彦の声で我に返った。
「いや、なんでもない。貴重な情報、感謝します」
「ところで」
吉備津彦が真剣な表情になった。
「我々から一つ、提案があります」
「ここまで良くしてくれたのですから、私にできることであれば、できる限りのことを致しましょう」
「吉備と邪馬台国で、交易協定を結びませんか」
予想外の提案だった。
「それは……良いと思いますが、残念ながら私一存では」
「もちろん、正式には邪馬台国に使者を送ります。ただ、五瀬殿のお口添えがあれば」と
なるほど、そういうことか。
吉備も、変化する情勢に備えているのだ。
「本当のところを教えてください。」
「吉備は出雲と協力して、機会があれば我が邪馬台国への侵攻も考えているのではないですか」
「これまで、我々は出雲と協力して、壱岐という島を通じて、大陸から鉄をはじめとする資源を得ていた」
「邪馬台国を獲れば。対馬を経由しての大利への道も開け、魅力を感じていいたことは間違いない」
「しかし、邪馬台国も変わってきた。これまでの連合国っかであれば、一部の国をとることができたのだが、
五瀬殿たちのせいか、最近では女王の国として、統一されてきた。」
「我々は、大陸との道を確保したいだけなのだ」
「何も戦う必要はない」
「なるほど。分かりました、この後も台与様に連絡する機会がありますの、その際には今の考えをお伝えしてましょう。」
「ただし、交易には我々も加えていただきたい」
「もし、近いうちに、邪馬台国に、使者を建てられる時には、これをお持ちください。」
私は、武具の中から、飾り刀を贈った。
「これを台与様にお見せいただければ、我が意志が伝わると思います。」
「それは心強い」
宴は和やかに進み、翌朝、我々は吉備を発った。
見送りに出た吉備津彦が、最後に意味深な言葉を残した。
「五瀬殿、東のヤマトでは何が起こるか分かりません。もし助けが必要なら、吉備を頼ってください」
「なぜ、そこまで」
「勘です」
吉備津彦は苦笑した。
「あなたと、東の若き指導者。何か大きな運命を感じるのです」
「今は、あなた方と協力関係を結んだ方が、我々に利があると」
彼には、彼の考えがあるのだろう。我々と利害が一致している間は、協力関係を続けたい。
「では、これで出発させてもらう」
「いろいろ世話のなった」
我々は、吉備を離れ、さらに東へ進んで行った。
道中、様々な光景を目にした。
東に進むほど荒れ果てた田畑。
戦火で焼かれた村。
道端で物乞いをする人々。
「ひどいものだ」
部下の一人が呟いた。
「これは何だ。戦乱の結果か?戦乱があったとは聞いていないぞ」
私は時折、物乞いたちに食料を分け与え、話を聞きながら進んで行った。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
老人が涙を流しながら礼を言う。
「どうしてこんなことに?」
「葛城の取り立てです。何もかも全てを持って行きます。このままでは生きていけません……」
老人の話は悲惨だった。
葛城取り立ては、周りの小国にも及び、周りの小国に住む人々も同様に食べることができな状態だという。
「そんな中、登美だけが平和だと聞きます」
老人の目に、かすかな羨望と恨みのこもった光が宿った。
「登美のものだけは、食うものには困っていないそうです」
また登美か。
ますます興味が湧いてくる。
さらに数日後、ついに我々は大きな川に出た。
「これを渡れば、いよいよ摂津の津へです。さらに山を越えればヤマトです」
部下が緊張した声で言った。
川を渡る前に、私は全軍を集めた。
「聞け、我が同志たちよ」
三百の兵が、私を見つめる。
「これより先は、何が起こるかわからぬ。未知の地だ、そして希望の地だ」
「恐れることはない。我々には使命がある」
私は声を張り上げた。
「新しい国を作る。民が安心して暮らせる国を」
「そのために、我々はここまで来た」
兵たちの目に、決意の炎が灯った。
「進め! 新しい時代へ向かって!」
「おう!」
雄叫びが響き渡った。
川を渡り終えた時、前方に煙が上がっているのが見えた。
「戦か?」
「いや、違う」
斥候が戻ってきた。
「村が襲撃されています! 盗賊のようです!」
私は即座に決断した。
「救援に向かう! 急げ!」
前世なら、関わらなかっただろう。
だが今は違う。
民を守ることが、私の使命なのだから。




