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第十話 天下人の転生

新章 邪馬台国の五瀬命(織田信長)

 天正十年(1582年)六月二日、京都本能寺。

 

 炎に包まれた本堂で、私は最期の時を迎えていた。

 

 「是非に及ばず」

 

 明智光秀の謀反。

 やはり、あの男はやらるとは思っていたが。

 これまでも、ときどき、何故かわからねがポカンと大きな不用意な間違いをしてきたが、これまでは、妙な運に助けられてきた。

 今回は、運もなさそうだ。

 その時が来たということか。

 

 しかし、悔いはない。

 天下布武の道半ばとはいえ、私は私なりに全力で駆け抜けた。

 

 炎が迫る。熱い。苦しい。

 だが、不思議と恐怖はなかった。

 

 これで、最後か。クソ坊主どもは、仏の国や来世などと言っていたが、私には、全く信じられない。

 そんなものが、あるなら、生まれた時から前世のことを覚えておるわ

 意識が薄れていく中、私は微笑んだ。

 死は私にとって、全世界の終わりだ。

 

 そして――。

 

 気がつくと、私は泣いていた。

 赤子の泣き声。それが自分のものだと理解するまで、しばらくかかった。

 

 (……転生、か)

 

 前世の記憶は鮮明にある。どうしよう、信じておらなかったのに。

 織田信長としての四十九年の人生。その全てが、この小さな頭の中に詰まっている。

 

 周りを見渡す。

 豪華ではないが、品のある部屋。潮の香りがかすかに漂っている。

 

 (これは……相当古い時代だな)

 

 言葉が違う。いや、古い倭言葉だ。

 かろうじて理解できるが、平安時代よりもさらに古い。

 

 私を抱く女性が、優しく子守唄を歌っている。

 その美貌は尋常ではない。まるで、人ではないかのような……。

 

 「五瀬いつせ、良い子だ、大きくなれ……」

 

 五瀬。それが私の新しい名前らしい。

 

 やがて、断片的に聞こえる会話から、状況を理解した。

 

 父は彦火火出見尊ヒコホホデミノミコト

 この地方の山岳地域を支配する一族の族長だ。

 後世には、天孫降臨した瓊瓊杵尊ニニギノミコトの子で、山幸彦とも呼ばれる。

 

 そして母は……豊玉姫トヨタマヒメ

 海神の娘。と、後世伝えられるが、まぁ、海賊の親玉の娘だ。

 

 (五瀬命……神話の世界に生まれたのか)

 

 もし本当なら、私は後の神武天皇の兄。

 運命は既に決まっている。東征の途中で戦死する、悲劇の皇子。

 

 (いや、違う。私は織田信長だ。運命なんぞ、変えてみせる)

 

 ある日、母が苦しそうに私を見つめていた。

 

 「五瀬……母を恨まないでおくれ……」

 

 そして、信じがたい光景を目にした。

 母の一族と父の一族の対立が大きくなってきて、ついに母は、実家に帰されることとなった。

 美しい女性から、巨大なわに――いや、龍のような姿にでもなれば、神話を信用できたのだが。

 

 どうも父方の一族が約束を破ってしまったらしい。

 詳しいことは、わからないが互いの信頼が完全に崩れたらしい。

 

 とはいえ、まだ小さい代わりに、妹の玉依姫タマヨリヒメが乳母として私を育てることにして残していった。

 おそらく姉妹とはいえかくに違いがあり、玉依姫タマヨリヒメであれば、彦火火出見尊ヒコホホデミノミコトに渡しても良いとの判断であったようだ。

 ところが流石父上、この美しい玉依姫のことも大事にして、ついには子供まで成してしまった。


 いずれにしても、赤子の体に、戦国の覇王の魂が宿った。

 神話の世界での、新しい人生の始まりだった。


 ――


 それから二十数年が経った。

 

 私は成人し、日向ひむかの地で地方族長の子として育った。

 

 十五の歳の時、父・彦火火出見尊が私を呼んだ。

 

 「五瀬よ、お前も成人した。世の中を見て回るがよい」

 

 それは体の良い厄介払いだった。

 弟たちが生まれ、特に末弟は神がかった才能を見せていた。

 長男の私は、もはや邪魔な存在だったのだろう。

 

 私は供を連れ、各地を巡った。

 そして、筑紫の地で、津守氏という豪族と出会った。

 

 火明命ホアカリノミコトを祖とするという一族で私とは遠い親戚にあたり、幼い頃から何度か会っていた。

 この一族は技術力は高いが、現当主は病床にあり、息子がいなかったことから、後継者争いで混乱していた。

 

 病床の族長に呼ばれた。

 「わしの後のことが、心配だ。

 我々は、武力で生き残った一族ではない。周りとの関係を保ち、争わないようにして、これまでやってきた」

 しかし、私の後は、混乱するだろう」

 「血族の中で、争いが起こり、最も力の強いもの、好戦的なものが、族長になるだろう。

 そうすると、どうしても、周りの他族と争いが起こるようになる。

 その時には、五瀬命の一族を頼ることになるだろう」

 「いずれにしても、あなたの力を借りなければならなくなる。

 いっそのこと、あなたにいっときでも良いので、この国を委ねたいのだが、如何か」


 「私は、他から来た者、皆が納得しますまい。

 補佐として、お支えしましょう。」


 「しかし、このままでは、後継者を軽めることもできない。

  一度、あなたが引き受けて頂き、しかるべき後継者の育成を

 お願いできないものだろうか?

 虫の良い話だ。私がやらなければならないことを、お願いしている。

 数年前の疫病で、息子たちが相次いで、死んでしまい、他の多数の

 若者も、死んでしまったため、後継者どころか、一族の生き残りすら

 危うい状況のなってしまい。このようなお願いを、せざるを得なくなり

 申し訳ない。私も、もう少し踏ん張れると思ったのだが」


 「あの疫病は、ここだけでなく、大きな影響があった。実際、あの後、多くの戦いも起こり、

 滅亡した一族もある。それを周りの一族との協力関係を保ち、ここまで生き残ってこられた、

 族長の手腕には、尊敬致します。

 微力ながら、私のできる限りのお手伝いをさせて頂きましょう」


 津守の有力者が集められた。


 「この度、五瀬様に我が一族をお任せ致すこととした。」

 族長は静かに語りかけた。

 「皆、思うとことはあるだろう。しかし、周辺の一族の様相が大きく変わってきている。

 これまでのように、周りと協調してももはや、我々の安寧を維持することはできない。

 五瀬様、どうか我らをお救いください」


 他の者たちは、無言であったが。互いを見あて、しばらくして、お互いに頷き合っていた。


 「五瀬様、どうか我らをお救いください」

 皆からも声が上がった。

 

 懇願する一族の者たちに、私は条件を出した。

 

 「よかろう。ただし、今後この一族の中で私は『尾張』を名乗る」

 

 「尾張……ですか?」

 

 「そうだ。新しい時代には、新しい名が必要だ」

 

 前世の記憶が、私にその名を選ばせた。

 織田信長として生きた尾張の地。

 その名を、この古代に刻むのだ。


 「それは、私が津守ではないということだ。つもりの族長は、

 しかるべき時、しかるべき人に託したい。

 これが、族長と私の考えである。

 皆、良いか」


 一族は、湧き立った。

 「これなら、津守を守ることができる」

 「我々がまず生き残る、そしてそれが次代に繋がる」

 

 こうして私は彦火火出見の息子から、他の豪族の長となった。

 普通なら考えられない選択だったかもしれない。

 

 この時代は何より血筋が大事である。

 しかし私のは確信があった。

 血筋より実力。

 それが乱世を生き抜く鉄則だ。

 

 こうして私は「尾張氏」の当主となった。

 自ら選んだ、前世との因縁の名である。

 

 当主となってからの私の改革は素早かった。

 鉄はまだ貴重品。馬もいない。火薬など夢のまた夢。

 しかし、私には知識があった。

 

 灌漑技術の改良、新しい農具の開発、効率的な統治システム。

 少しずつ、着実に、尾張氏の力を増していった。

 

 そして、名も変えた。

 今は「尾張のタケル」と呼ばれることもある。

 勇猛な男、という意味だ。

 

 そんなある日――。

 

 「五瀬様、女王様がお呼びです」

 

 当時のこの辺りの豪族は邪馬台国という連合を作っていた、

 邪馬台国には女王卑弥呼がいた。支配者であり、宣託者、神戸人を結び存在であったが、

 あくまで連合を束ねるという立場である。


 使者の言葉に、私は筆を置いた。

 竹簡に、将来の計画を記していたところだった。

 

 「女王が、私を?」

 

 「はい。至急女王の館へ参れとのことです」

 

 女王――卑弥呼。

 私は、深くは知らないが、この時代の倭国の支配者にして、最強の巫女だったと微かに覚えていた。

 

 私は身支度を整え、供を連れて邪馬台国へ向かった。

 道中、様々な噂が耳に入る。

 

 「女王様の霊力が衰えているらしい」

 「狗奴国がまた攻めてくるかも」

 「新しい占い師を探しているとか」

 

 なるほど、それで私か。

 

 邪馬台国の宮殿は、思ったより質素だった。

 しかし、そこに漂う霊気は本物だ。

 無数の鏡が配置され、呪術的な雰囲気を醸し出している。

 

 「お前が尾張のタケル、五瀬か」

 

 簾の向こうから、老女の声がした。

 卑弥呼は既に七十を超えているはずだ。

 

 「はい、女王様」

 

 「……お前、普通の者ではないな」

 

 さすがは霊力を持つ巫女。

 私の異質さを見抜いている。

 

 「何を仰いますか」

 

 「隠さなくてよい。私の霊力は衰えつつある。もはや、未来を見通すこともままならぬ」

 

 簾が上がった。

 そこには、白髪の老女が座っていた。

 かつては絶世の美女だったのだろう。今でも、その面影は残っている。

 

 「お前の知識を貸せ。この国のために」

 

 しらを切り通すこともできる。

 女王とはいえ、私に罰を与える力はない。

 しかし、私は少し考え、口を開いた。

 

 「……私は、遠い未来から来ました」

 

 ここは、損得なしだ。

 一か八かの勝負の時だ。

 私の天性の勘が、私の背中を押していた。


 卑弥呼の目が見開かれた。

 

 「やはり……そうか」

 

 「信じていただけますか?」

 

 「この歳になれば、何でも信じられるようになる。で、未来人よ。この国はどうなる?」

 

 私は慎重に答えた。

 

 「統一されます。多くの血が流れますが、最終的には一つの国に」

 

 「ほう……誰の手によって?」

 

 「それは……」

 

 神武天皇、と言いかけて止めた。

 私の弟?のはずの人物。それは流石に拙かろう。

 

 「分かりません。ただ、変革の時は近いと思います。」

 

 卑弥呼は深く頷いた。

 

 「五瀬よ。お前を私の軍事顧問とする。この老いぼれを、助けてくれぬか」

 

 前世でも今世でも、私は誰かに仕える器ではない。

 だが、この老女には不思議な魅力があった。

 

 「御意に」

 

 こうして、私は卑弥呼に仕えることになった。

 いずれは天下を取るための、第一歩として。

 

 だが、その道は前世以上に困難なものとなるのであった。

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