第一話 土と草の匂い
以前書いていたものが、どうにもならなくなり、全面的に書き直します。もし読まれていた方がいればごめんなさい。今回は苦手なコミカル系は少なくなります。魔法もありません。
物心ついて最初の記憶は、薄暗い竪穴住居の中だった。
私は三歳か四歳。正確な年齢は、この時代の子供にはわからない。
ただ、自分が「普通ではない」ことだけは理解していた。
前世の記憶があった。
大学で物理を教えていた。実績が挙げられず、なんとか研究業績を上げようと、少し専門は違ったが取り組んだのが時空の研究であった。
いわゆるアインシュタインの相対性理論は確立された学問として、ニュートン力学を研究する人がいないように、これだけを研究する人はほとんどいない。私も同じだ。
しかし、現代では時間をどのように考え取り扱うかに、新しい理論的研究が進んできた。この理論の融合に取り組んだのである。
大失敗であった。
あまりの絶望の大きさに、酒を飲み過ぎた。
ここまでが前世の記憶である。
なぜこの古代の世界に転生したのかはわからない。
時空の研究の副作用か、単なる偶然か。
ただ、ここが恐ろしく過酷な世界であることは、幼い体でも痛いほど理解できた。
「ニギ、起きなさい」
母が私を揺り起こす。
外はまだ暗い。だが、男たちの慌ただしい気配が伝わってくる。
「葛城の使者が来るそうよ。大人しくしていなさい」
葛城氏。
この大和盆地の西側を支配する大豪族の名だ。
我が登美氏は、その支配下にある小さな豪族に過ぎない。
家といっても竪穴住居から出ると、朝靄の中に松明の灯りが揺れていた。
集落の中央にある広場に、武装した男たちが集まっている。
父が蒼白な顔で立っていた。
膝をついているのは、我が一族の戦士たち。
そして、彼らの前に立つのは、葛城から来た使者の一団。
「今年の貢物が少ない。説明してもらおうか」
使者の声は冷たく、有無を言わせぬ響きがあった。
「今年は日照りが続き、収穫が……」
父の言い訳は、使者の笑い声で遮られた。
「言い訳は聞かぬ。足りない分は、人で払ってもらう」
私の背筋が凍った。
人で払う。つまり、奴隷として差し出せということだ。
母が私の手を強く握る。
震えているのは、母の方か、私の方か。
この瞬間、私は理解した。
転生した先は、とんでもない世界だった。
力なき者は、ただ収奪されるだけの世界。
前世の物理学の知識など、この理不尽な暴力の前では何の役にも立たない。
いや、違う。
知識はある。歴史の知識が。
前世の私は高校時代まで文系で、中でも日本史は得意な方ではあった。
あくまで、受験日本史のレベルで、かつ途中で理転しているので不十分だけれども。
その中で、古代日本史で、大和朝廷の前半には葛城氏は栄え、後の時代には衰退するいうことは知っていた。
ならば今は、ヤマト時代か?
今後、徐々には衰退するはずの?(この日本?が私の知っているものと同じか分からないけれど)葛城に立ち向かうことができるのか?
今はまだその時ではない。
今は、ただ生き延びることだけを考えなければ。
使者たちは、若い女を三人連れて行った。
泣き叫ぶ女たち。必死で追いすがる家族を、葛城の兵士たちが突き飛ばす。
私は、恐怖と驚きの中でこの事実を、現実とは思えぬまま、目に焼き付けた。
これがこの時代だ。
力がなければ、大切なものも守れない。
知識だけでは、何も変えられない。
家に戻ると、父が壁に拳を打ちつけていた。
無力感に打ちのめされた、悲しい男の背中がそこにはあった。
「父上」
私が声をかけると、父は驚いたように振り返った。
まだ幼い息子が、こんな場面を見ていたことに気づいたのだろう。
「ニギ……見ていたのか」
「はい」
私は頷いた。
隠しても仕方ない。これが現実なのだから。
父は私を見つめ、そして深く息をついた。
「お前が大きくなる頃には、もっと良い世になっているといいな」
その言葉には、半ば諦めが滲んでいた。
だが、私は諦めない。
前世の記憶がある以上、歴史の流れも知っている。
いつか必ず、この理不尽な世界を変える力を手に入れてみせる。
まず、今が大和時代なのかが知りたい。
現実の世界では、外で連れ去られた女たちの泣き声が、まだかすかに聞こえ、家族の大きな叫び声と混じって聞こえていた。
心機一転です。ペースは遅くなりますが、自分らしいものを書いてみます。




